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黒衣の主と七色の従者  作者: キロール
第三話、魔の城よりの刺客
19/21

笑劇か喜劇か

 サヌアは頭を垂れたまま、ウアトが己の命を狩る時を待っていた。


 ウアトは、己の主に頭を垂れて、座して死を待つ様子のサヌアに理解が及ばなかった。


 互いに離れながらも、クィーロを追っていた二組……。一方は業炎のラゾとその部下であるグリウム。もう一方はドールタウンの元指導者イリナと彼女に従う魔導人形達(マジックドールズ)リュンクス(大山猫)ヒュストリクス(ヤマアラシ)。この二組は、その光景をどう見ただろうか。


 明らかに異形の存在が、魔術師の前でまるで死を待つように頭を垂れている。


 そして、その魔術師の従者が死を与えようと腕を振り上げている。


 一体何が起きたのか、一体何が行われているのか。


 そもそも、あの異形は何者なのか。あのような異形の存在など彼らは見た事が無かった。


 普通の生活をする者にとって、魔城の者達は伝承の中の存在でしかない。悪さをすれば魔城に連れ去られるなどと言う脅し文句がしつけに使われるのは、実際にはそんな事が起こらないからだ。


 魔城を求めて、アンダーキャッスルに行きつく様な者達ですら、サヌアが飛び立つまで魔城に住まう者を見た事が無いのだから当然と言えた。魔城に住まう者達は、昔も今も基本的には人間などに興味はなかった。ただ一柱、ウアトを除いては。


 だから、恐るべき存在が姿を見せたとしても、即座に魔城と結び付けられるものは少ない。


 だが、ラゾ達もイリナ達もアレが魔城に住まう存在だと言う考えに至るのに時間は掛からなかった。


 クィーロが、三百年の時を超えて深淵より戻ってきたと言うあの恐るべき魔術師が旧知の顔に――リュンクス(大山猫)に何と言ったか、皆覚えていた。


 魔城に上がる術はないかと聞いたのではなかったか。


 そして、なにより魔城の者が来ると叫んだのはクィーロの従者であるウアトだったではないか。


 あの凄まじい力には魔城が関係しているのではないか、もしそうであるのならば……。


 力など一朝一夕で身に付く物ではない。それが魔術となれば尚更だ。だが、次々に起こる衝撃的な展開に、若い力の求道者達は惑い始めていた。それでも今は細やかな齟齬でしかない。僅かに噛みあわせがずれただけの事。




 さて、そんな彼等から視線を注がれているクィーロは、聊か困って居た。現状を正確に認識できていなかったからだ。だから、固まるウアトを一瞥してから、異形に視線を戻した。


 その際に、気が少し抜けた為か、魔術師『赤い竜(ルーベル・ドラコ)』との戦いで傷ついた体が休息を求め、危機を察して飛び退いた体勢を崩させた。


 がくりと片膝を付きながらも、クィーロは異形を見据え続けて。


「ウアト、こいつがお前の敵か?」

「我が眷属でございます、旦那様。敵とは申しましても先触れとでも言うべきかと」

「何故に戦意を無くしているんだ? 主筋抗えぬ……等と言う感性があるのか、お前達にも?」


 その言葉にウアトは言葉を詰まらせた。実の所彼女にも、何故こんな状況になっているのかが分からない。まさか、自分の昔と今の落差に衝撃を受けてこうなった訳ではあるまいが……。しかし、戦闘中に動きを止めるほどの衝撃を受けていたようなので、全くの否定も出来ず言葉を紡ぐ事が出来なかった。


 そんなウアトに再び視線を投げかけてから、クィーロは一度息を吐き出す。訳が分からない。分らないが、正直そろそろ身を休めたい。この状況に終始されては休める物も休めない。


「ウアトの眷属とやら、何故に座して死を待つ?」

「御身の灰銀の瞳に映る己を見、自身の醜さを突き付けられました。嘗ての主に刃を向けると言うのに、私は現状を守ろうと言う強い意識もなく、ただ諾々と支配者に命じられたことを行うだけ。この在り様が――あまりに情けなく」

「待ちなさいサヌア。何ですか、その人の如き思考は……? 何があったのです? 嘗てはその様な思考……いえ、感情の揺れ動きなど貴方には無かった筈です」


 クィーロの問いかけに答える己の眷属の言葉に、一層の驚きを示しながらウアトは問いただした。魔城に住まう者は、人とは異なる常識を持ち、思考する。だが、サヌアが示した其れは、人が持つ忠義や道義に関する思考によく似ているではないか。混乱しかけながらも、そう問いかけるウアトにサヌアは顔を上げて向き直り告げた。


「なれば、魔王ウアトよ。貴方様のその物言いはなんでしょうか。いえ、嘗ての貴方様とはその思考法すら変わっているように見受けられますが?」


 その言葉にウアトはさらに驚き目を見開いた。そして、振り上げていた右手を下ろして、己の主の瞳を見やった。


「――人間性の貸与?」

「……私がか? 私の内からは大分零れ落ちてしまっているのに」


 ウアトの言葉に、クィーロが首を傾げた。だが、在りえぬ訳でもないのかも知れない。己の力が何を犠牲にして蓄えられて来たのかを思えば。クィーロは一度双眸を閉じて、何かを考え込む。僅かな躊躇いの後に双眸を開き告げた。


「ウアトの眷属、座して死を待つより、私とウアトの力となる気はないか?」

「旦那様!」


 思わぬ問いかけにサヌアは驚きまじまじとクィーロを見やり、ウアトは諌めるような声を上げた。だが、本気で阻止しようと言う心算にはなれなかった。己の眷属が……妹が人間のような思考を身に付けた。もう成長も何もないと思われた自分達と言う種に、変化が生じた。これを断つのが正しいのかと言う煩悶が、阻止を許さなかった。


「私の敵は強大だ。魔城の現支配者に――黄金瞳の男(ゴールデンアイ)

「……黄金瞳の……」


 理外の存在、恐るべき相手。サヌアは一瞬言い淀む。それから真っ直ぐに翡翠の如き双眸をクィーロに向けて頭を垂れて告げた。


「我が姉ウアト様と御身の剣となりましょう」

「姉妹かよ、これは殺さずに済んだことは重畳ちょうじょうだ」


 その辺りの感覚は、未だに嘗てのままのクィーロが安堵の息を吐き出すとウアトは何とも言えぬ表情を浮かべながら告げる。


「安堵の吐息は早いようです、旦那様」


 その言葉に、クィーロも何事かと彼女の視線の先を見れば……見知った連中がこちらを伺っているのが見えた。


 それは、先程から事の成り行きを見守っていたラゾやイリナ達であった。


【続く】

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