それぞれの思惑
魔城より放たれた追跡者が蒼穹より見下ろす人影は、皆一様に自分が求める相手の後を追っていた。それぞれが後悔と焦燥と怒りを持って。
例えば、ドールタウンの指導者であったイリナ。
彼女はまだ十六の娘でしかない。だが、ドールタウンと言う安全で豊かな街の指導者としての役割を十歳の頃より押し付けられていた。
これはイリナには魔術の才があり、魔導人形達の主として振舞う事を要求された為だ。
押しつぶされそうなプレッシャーを感じ続けてきた彼女が、責任を放棄して街の外に逃げ出した事が今回の発端の一つにある。
安全で豊かな反面、住人たちの考えは凝り固まり、豊かで安全である事に驕り、三百年の年月の果てに、ゆっくりと進んだ腐敗は幼い指導者に暴挙を起こさせるには十分な毒に変じていた。
故に街を抜け出したのだが、まさかそれがこんな結果を生むとは考えもしなかった。母の不貞や父の無関心で心が荒んだ彼女が、一瞬でも念じた様に街が瞬く間に滅びてしまった。
実際にそんな光景を目の当たりにすれば、悲しみ、驚き、自身の所為かと煩悶し、自分自身に怒りを抱えるのは当然だった。それが、魔術師『赤い竜』とクィーロ・ルスティアと言う魔術師による戦いの結果だとしても。
クィーロが現れなければ、こんな事にはならなかったかも知れないと、思わぬでも無い。だが、魔導人形達を抱えるドールタウンは、魔術師『赤い竜』との戦いは避けて通れない事をイリナは知っていた。
今の彼女を奮い立たせる物は、『赤い竜』に対する復讐のみである。他に縋る者が無い。殆ど消えてしまったのだ。だから、『赤い竜』にこそ執着したい。伝え聞いていた敵であり、街を滅ぼした元凶。
しかし、イリナに残ったのは二人の魔導人形達のみ。これではとてもではないが、『赤い竜』は倒せない。ならば――彼の魔術師と互角以上の戦いを繰り広げたクィーロとウアトの二人を引き入れるしか道は無かった。
――例え、街の滅びにつながった元凶の片割れなのだとしても。
そう自身を誤魔化して、リュンクスとヒュストリクスの二人の魔導人形達を従えて。
今少し離れた場所にも、やはり二人の人間が魔城の追跡者が追う魔力痕を辿るように、歩いている。砂色の魔甲を纏った未熟な魔術師と、太り頭髪が無い人間の男。追跡者は知らぬが、その名をラゾとグリウムと言う。
ラゾがクィーロを追うのは当然と言えた。多くの手勢――家臣団を犠牲にしてしまったが、家族の仇である魔術師『氷のグレシャ』を殺せるかもしれないのだから。
全てを凍らされたあの日から、ラゾの心は復讐に傾倒している。年若く、元から頑固な性格であったが皆から愛されていた頭領の息子ではすでに無くなっている。
禿頭のグリウムも非道な扱いを受けてきたが、それでもラゾに従うのは忠誠とはそういう物だと心得ているからだ。諌めるべきは諌めるし、普段のラゾであれば多少は聞くのだが、今は駄目だ。
圧倒的な力の攻防を見せつけられた今は。
クィーロも『赤い竜』もいわゆる魔術師と言う存在を隔絶している。あれが真の魔術師ならば、今世に蔓延る魔術師など赤子と同じ。ラゾは炎を操るが、『赤い竜』の炎の術に較べれば、その差は歴然だ。
その『赤い竜』と互角以上に戦ったクィーロにドラゴンすら苦も無く倒したウアトの二人組は、力を求めるラゾには是が非でも必要なのだ。
グリウムにもそれが分かるからこそ、止める事は無かった。ただ、今日のラゾの在り様と、伝え聞くクィーロの在り様は相容れない事もおぼろげに察している。
だからこそ、無事な部下達には街の者も含めた生き残りの救護を行った後は、身を隠すように伝え置いた。そして、自分達が三日経っても戻らなければ、生き残った者達だけで生きて行かねばならないとも。
グリウムは半ば死を覚悟している。ラゾは復讐の炎に身を焦がそうとしているが、焦がしきれていない。こんな状況でクィーロが手を貸すとも思えず、最悪殺されるだろう。その確率は五割を優に超えるとも。
それでも、ラゾが向かうと言う以上は着き従うのみ。それが最後の奉公と言う物だろうし、万が一、自身が盾になればラゾが生き残る目も出てくるだろうと。
人間が三名、魔力で動く人形が二体――いや、更に人間と人形が一体ずつ少し離れた場所に居る事を追跡者は認める。
こいつらはウアトを深淵に戻すと言う任務の障害になり得るだろうか?
今ここで人間たちを討ち滅ぼすのはたやすいが、力を少なからず使う事になる。ウアトならば気付く。それに七色が混じる魔術師は未知数の存在。
不要な事はせぬのが賢明かと状況を判断し、追跡者は高高度に飛翔した。
もうすぐ目当てのウアトと七色混じりの魔術師が見えてくる。高高度より一気に降下して、強襲を掛けるのが得策だろう。未知数の相手がいる以上、何かをさせる暇は与えない。一気に片を付ける。
金色の髪を靡かせて登り切った追跡者は、緑色の双眸を細めて大地を見下ろす。
見えた!
後は一気に降下して――。
そう考えた矢先の事だ。
人の形をとっているウアトが天を見上げた。背後に結わえた金色の髪を風に靡かせながら、青色の右目だけで。
衣服は、嘗てのウアトが着た事も無いようなシンプルな装い。頭部の白い飾りが装飾と言えば装飾か。華美さもなく、濃紺のワンピース朝の服装にに真っ白いエプロンドレス。首元には己の瞳のような翡翠のブローチをあしらった真っ赤なリボンめいたチョーカー。
まさか、それが嘗ての人の世で従者の装いであるなどとは追跡者には考えも及ばない。
当然だ、『彼女』の認識ではあのウアトが誰かの下に喜んで仕えるなどと言う事がある筈がないのだから。ウアトの第一の眷属であり妹である『彼女』には。
そして、それを知らずに居た事は幸いだ。もし知っていたならば驚愕のあまり無防備になっていただろう。そうなれば、この一撃は避けられなかった。
瞬時に宙を飛び、彼女の首を狙ったウアトの七色に輝く手刀を。
【続く】




