追跡者
魔城。天空に浮かぶ奇妙な城。
城と呼ばれてはいるが、ねじくれた尖塔を数多所有する石で作られたと思しき建造物をそう呼ぶ以外に人々は思いつかなかっただけで、その形は地にあるどの城とも趣を異にしていた。
魔城の浮かぶ方角を人々は忌むべき方角として定め、夜間は決して其方を見ない様にと子供の頃から言い含められていた。
その禁忌を破る者は数多いたが、一部の者はその捻じれた建造物に魅せられて、全てを捨てて魔城を求めるのだと言う。
最も魔城に近い町とされるアンダーキャッスルは、ロムグの大地の外れにある。そこには全てを捨てて如何にあの城に上るかのみを求める者達のたまり場となっていた。
その日、アンダーキャッスルの住人達は見た。
魔城より飛び立つ者の姿を。それ以降、アンダーキャッスルは蜂の巣をつついた様な騒ぎとなった。垣間見えた姿が異様であったからだ。
後に落ち着きを取り戻した者達が囁き合ったのは、その異様な存在についてだ。
「生半可に人に近い所がある、それが異様さを際立たせている」
そう告げたのは、魔城の研究に半生を懸けている老ソーザである。五十年近くこの街で生き抜いてきたこの老人をしても、魔城に住まう者どもを垣間見たのは今回が初めての事。
故に、彼らの囁きには過分に熱が籠っている。そして、何か転機が訪れるのではないかと期待と恐れをない交ぜにした視線で、今日も魔城を見上げ続けているのだ。
アンダーキャッスルで騒ぎが起きた日付は、クィーロと『赤い竜』が争った日付と符合する。つまり、ウアトが力を振るった日と。
そう、魔城の者達は、ウアトの力を地上で感知し、そして嘗ての主の帰還を知ったのだ。追い落とした魔王の帰還。なれば人ではあり得ぬ精神性を有する者達でも恐れを抱くのは道理。故に――刺客を放った。
一柱で事足りるはずだ、深淵に堕とされ封じられたウアトであるならば。如何に嘗ての魔城の主とは言え、その力は十全ではない。合議の末そう判断が下されて、刺客は飛び立った。
今、魔城を治める者達の下した判断にある意味で誤りはなかった。確かにウアトの力は嘗てに比べれば弱い。だが、その判断に矛盾を抱えていることに魔城を治める者達は気付いて居ない。
力が弱く一柱で事足りると言うのならば何を恐れると言うのか。ただ、捨て置いても良かったはずである。だが、それは出来なかった。そうするには、ウアトと言う存在があまりにも恐ろしいのだ。
力の強弱ではない。その存在自体が地上にある事が恐ろしいのだ。だから早急に地上よりの退場願い、再び深淵に落とし封じる事は容易と判断した。
確実を期すのならば複数で事に当たれば良い。なのに、放ったのは一柱のみ。ここにも生じる矛盾が示すのは、力弱くとも魔城に潜む者たち誰もが、七色の瞳に射竦められる事を恐れた為だ。そして、今の支配者は自分達であると言う自負が、複数で掛かる事を許さなかった。
嘗てのウアトであれば、或いは然程抵抗は無かったかもしれない。現状のように力が無くば統治者足り得ないと潔く深淵に落とされた事だろう。だが、ウアトはクィーロに出会ってしまった。その執着が生み出す感情の爆発が、如何なる結果をもたらすのかは、今はだれにも分からない事だ。
当然ながら放たれた刺客である『彼女』も、ウアトの性質が変わっている事は知り得なかった。嘗ての主に再び刃を向ける事に対する微かな罪悪感だけが彼女の内にはあった。
音速の壁を越えて、細かく震える様に透明な翼を羽ばたかせて進み、死の荒野と化したロムグの大地を見下ろしながら『彼女』は飛ぶ。
程なくして見えてきたのは破壊の限りが尽くされたドールタウンと、所々が黒ずんだ赤い鱗のドラゴンの死体である。周囲に人影も無ければ、ドラゴンの死体の傍にふわりと『彼女』は降り立って、下半身――スカートの裾から幾重にも伸び揺らめく触腕を操り、ドラゴンの死体を丹念に調べる。
触腕は湿った粘つく様な水音を響かせながら、ドラゴンの死体を這いずり調べる。
間違いない。ドラゴンの背にある片翼が斬り飛ばされているが、その切断面は七色に侵食されていた。それに、雷に打たれた様な焦げ具合。前脚や尻尾の一部など炭化して崩れている様子から、ウアトにより仕留められたものと彼女は結論付けた。
「魔王ウアト――。深淵より再び舞い戻るとは……」
そう呟いた彼女は、周囲を伺うように眺めやる。鋭い視線は周囲に痕跡が無いかを伺うが、ある一点を見つめたかと思うと、長く伸びた左右の耳をピクリと動かした後に沈思した。
消えかけてはいたが魔力のぶつかり合った痕跡を見出したのだ。つまりは魔術師同士の争いがここであったと言う事だ。魔王ウアトがドラゴンと戦ったこの場所で。これは偶然なのか否か。
「それにしても……」
街と呼ばれる人のコミュニティを破壊したのは、その魔力の残滓から黄金瞳の男に属する者と思われた。遥か彼方、宇宙より来た魔城の者達から見ても、理解が及ばぬ理外の存在。
黄金瞳の男。見てくれこそ、脆弱な人と同じ姿ながら、その存在格は、数多の種族を見てきた魔城の者達から見ても、その全てから逸脱していると言えた。むしろ、外宇宙の更に外に広がると言う虚無の領域に潜む怪物を思わせるこの魔術師の一派は、どれも侮りがたい。
「それと戦う事が出来る魔術師など、この星に居るのか?」
分らない。ただ、『彼女』が分かるのは、黄金瞳の男に属する者と戦った魔術師の魔力の痕跡が、血痕の様に転々とある方角に向かっている事だけだ。
その痕跡をより深く確かめるべく、痕跡残る場所までふわりと移動して――驚愕に双眸を見開いた。なんと、その魔力の痕跡に七色が混じっている。ウアトの力たる七色が。
『彼女』は混乱した。明らかにウアトの物では無い魔力の残滓に、ウアトの力が混じって居る事に理解が及ばなかった。ウアトが魔術師を使役している? 或いは使役されている? 答えは出ないままに、暫し『彼女』はそこに佇んでいた。
吹き抜ける乾いた風が『彼女』の髪を揺らす。ウアトの眷属としての証である金色の髪が。双眸を閉じて、思案を巡らせた末に彼女はふわりと飛び立った。
細かく震える様に羽ばたく翼は、微かな振動音だけを残して『彼女』は飛んだ。如何言う事かはこの痕跡を追えばわかる。きっと予想外の出来事が待っているのだろうが、未知に対した時に『彼女』は自分自身がどの様な反応をするのかが、楽しみになっていた。奇妙な事だと胸中で呟き、痕跡を追ったその先に……複数の人間を見つけた。
【続く】




