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黒衣の主と七色の従者  作者: キロール
第二話、人形街の攻防
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赤い竜

 ウアトは濃紺のロングスカートの裾を靡かせながら宙を舞う。対峙するは赤い鱗のドラゴン。魔術師『赤い竜(ルーベル・ドラコ)』の使い魔だ。


 ドラゴン、黄金瞳の男が何かをやらかす前から存在する魔物。いや、魔物などと呼ぶべきではないのかも知れない。ウアト自身が、魔城を支配していた頃より遥か以前から、この地に住まう古き種族だ。


 古き種であれば、言葉を操り魔術を扱うばかりではなく、咆哮で敵対者の心を砕き、炎や雷を纏った吐息で焼き払いもする。気位が高く、ただ己の身を己の主としているこの古い種は、ウアトの全盛時においても手を焼く存在ではあった。


 そのドラゴンを使い魔として使役しているあの赤い魔甲の魔術師は危険だ。確かに今相対しているドラゴンは年若い物ではあるが、それでも使い魔にするなど至難の業。時代が下ってドラゴンと言う種が弱者に成り下がったと言うのであれば分らなくもないが……。


「そういう訳でもなさそうですしね」


 ウアトが嘆息し、再び何もない宙を蹴り宙を進んだ。


 ドラゴンが一声吼えれば、『赤い竜』の魔術で混乱し逃げ惑って居たドールタウンの住人や無法者たちの多くが、一瞬で心砕かれその場に崩れ落ち震えた。逃げるのを止めれば、すぐさま炎が彼らを飲み込む。


 ドールタウンと言ったか、あの街はもうお終いだろう。魔導人形達(マジックドールズ)が何体か生き残ろうとも、守るべき住人が居なければ街は存続できまい。


 間近に迫ったドラゴンの翼を、ウアトは手刀を放ち切り裂かんとする。褐色の宝石の如き美しい真玉手またまでが優美な弧を描き一閃すれば、鋭利な刃物で断ち切ったようにドラゴンの翼は引き裂かれた。


 ドラゴンは背より生えた翼が膜構造でありながら、多くの鳥類とは違い前足も後ろ脚も備えている。飛ぶためだけに進化したと思われる力強い翼は、しかし、今や片翼となりきりもみしながら落ちていく。


 轟く咆哮は断末魔の叫びか? ともあれ、ウアトは素早く主の戦いの行く末を見届けた。互角――。あの光差さぬ深淵でクィーロが構築した魔甲と研鑽した魔力を以てしても互角。


 ウアトに僅かな焦りが生まれた。クィーロの魔甲も、魔力も、強力だが代償が伴う代物だ。極力露払いは己がと心密かに決めていたと言うのに――。


 思案と焦りの中、僅かに眉をしかめたウアトは、自身の危機を不意に悟り思わず力を開放してしまう。展開した七色の防壁が防いだのは炎だった。ドラゴンが吐き出した炎。


 見れば、片翼から血を流しながらも、ドラゴンは再度浮かび、己に鎌首をもたげ炎を吐き出したのだ。


「魔術……。そうでしたね、ドラゴンなれば」


 だが、力を展開した以上は即座に終わらせなければならない。既に感知されただろうか。きっとされただろう。ならば戦いを早急に終わらせてこの場を離れなければ……。


 ウアトが心を決めれば、炎を防ぐ七色の防壁はそのままに、虚空に掌を翳して何かを呟く。途端、空には雲が湧き起り激しい稲光が周囲を照らす。そして、雷がウアト目掛けて落ちてくれば、驚くべきことに彼女はその雷を掴むように握りしめた。そして、七色に染まりだした雷を無慈悲にドラゴンに向けて放ったのだ。


 空を見上げて居た者はその光景を目の当たりにして固まった。宙を浮くメイドが雷に打たれたかと思えば、そのまま雷を放ったのだから。放たれた先のドラゴンは片翼と言う事もあり避ける事も出来ずに、雷に打たれた。七色の染まった雷に。


 一撃、二撃と食らえばドラゴンと言えども耐えられはしなかった。焼け焦げた体に鞭打ち、大きく、主である『赤い竜』に別れを告げるように鳴いた。そして、今度こそ大地へと墜落して行った。


 その様子を見届けたウアトには傷は無いように見えた。その肌は無論のこと、メイド服にも。それがどれだけ恐ろしい事か、この場に居る何人が把握しているのか。そんなウアトが驚愕に目を見開いたのは何故か。


 彼女の視線の先には、炎の剣に貫かれた黒い魔甲の姿があった。



 クィーロ・ルスティアと『赤い竜』ことリュウジ・アカイの戦いに話を戻そう。クィーロの制した魔力の奔流を叩き込まれてもリュウジは立ち上がった。血を吐き出しながらも彼は己の魔術武器を展開したのだ。


 彼の武器は短杖(ワンド)。魔術師が扱う魔術武器は大別して四つある。火の棒、水の杯、風の短剣、地のペンタクル。火の元素に精通するリュウジが取り出したのは無論火の棒。炎の魔力を込めた短杖(ワンド)だ。


 黄金瞳の男は四大元素の魔術武器を用いないが、それは特例である。大よその魔術師は己の扱う元素の武器を用いるのだ。その彼がようやく取り出した炎の短杖(ワンド)。長い年月蓄えた魔力が一瞬で放出されるかもしれない以上は、使用に慎重を期すのが魔術武器。だが、リュウジはそれらをかなぐり捨ててクィーロを討つべく用いる。


 クィーロの飛ばした右腕はリュウジの足元に転がっている。呼び戻したくとも、しっかりとリュウジの片足が腕を抑え込んでいる。


「飛ばすとこれがあるか。想像はしたが、中々対処しきれん」


「……魔甲を分離し飛ばす――並の術者で思いもつかん。世界を捻じ曲げた反動が分離した個所から流れ込み肉体を苛むからな。だが、貴様はそれを可能にした」


 なれば最早毛ほども侮らん。そう言わんばかりに無言の圧力をかけてくるリュウジの真紅の魔甲を見据えて、クィーロは自身が自在に戦える時間を逆算する。あまり長くは持たない。


(焦るなよ、クィーロ。急いては返り討ちが関の山だ……)


 自身にそう言い聞かせながら、最早一本となった左腕に魔力を注ぎ込む。一撃だ。この一打で終わらせる、そう言う意気込みで撃たねばならない。二打目はない。


 一方のリュウジはクィーロの動きを阻害するために、一気に駆けた。その最中、片手に持つワンドの先端から炎が噴き出し、凝固する。正に炎の剣だ。


 その炎の剣を近寄り様に振り下ろすと、クィーロの魔力の籠った左の前腕が迎え撃ち、弾く。クィーロの右腕は未だ大地に転がっているが、自由となった今、ピクリと動き出す。


 弾かれた炎の剣を流れに逆らわず一回転させたリュウジは、自身も素早く回りその先端をクィーロに向ける。そして、さらに一歩踏み込んで突き出した。


 左腕は間に合わない。クィーロの腹に炎の剣は突き立てられ――魔甲を食い破り差し込まれた。


「ぐっ……」


 くぐもった声を上げたのは、意外にもリュウジの方である。炎の剣がクィーロの背まで貫通した事を確認し、内部から焼き払おうと魔力を流し込もうとした矢先だ。悪寒めいた戦慄を感じ、彼はある種の本能に導かれるままに自身の魔術武器を手放し、後方に飛ぼうとした。


 その判断は正しかった。先程、クィーロの拳が打ち抜かれた際に生じたヘルムの亀裂に、クィーロの左腕が叩き込まれた。クィーロは確実に拳が当たる瞬間を待っていたのだ。魔力を流し込むことに固執したり、魔術武器を惜しんでいれば致命の一撃を受けていた。


 後方に半ば飛び、半ば吹き飛ばされながらリュウジは、自身の敗北を悟る。使い魔は殺され、今、正に魔甲が顔を覆うフルフェイスヘルム部分が砕かれた。ここから先魔術を使えば、世界を捻じ曲げた反動が我が身を苛む。


 半分砕けたヘルムの奥から燃えるような黒い瞳でクィーロを見据えながらリュウジは態勢を整えて、大地に着地した。片膝をついて睨み付ける相手も、漆黒の魔甲を纏いながら片膝をついて此方を見据えていた。


「……が出過ぎた。今の俺は『赤い竜(ルーベル・ドラコ)』とは呼べんな。ここは一旦退くとしよう。如何も魔城の方が騒がしいしな!」


 己の背後から迫って来たクィーロの右腕を、拳で打ち払いつつ『赤い竜』は帰還の魔術を用いてこの場を去る。相応の魔術である為、反動がその身を苛む事だろうが、彼はそれに躊躇せず仕切り直すためにこの地を後にしたのだ。


「――冷静な野郎め……次には必ず仕留めんと私が危ない」


 そう呟いたクィーロに上空からウアトが急ぎ飛び降りてきた。そして、告げたのだ。


「旦那様、ご無事ですか? あの様な無茶はお控えください!」


「――そうは言うがな。まだ無茶は続くぞ、ウアト。魔城の連中が来る……」


「我が身命に変えて、奴らには指一本触れさせませんとも、旦那様」


 そう告げながらウアトはクィーロの左腕を取り、肩に担ぎ歩き出す。が、ふと立ち止まり、生き残った者達に告げた。


「逃げなさい。この地に魔城の化け物が放たれました。隠れておれば、あなた方には手を出さないでしょう」


 突如の襲撃により家族や友人と突然の別れを余儀なくされた生き残りに、更なる災禍が迫ると警告を告げると、ウアトは再度歩き出す。せめて、彼等からは離れようと。魔城の者達が狙っているのはこの自分であるのだから、と。


 しかし、その思惑を無視するように数名の影がクィーロとウアトの主従の後を追っていた。


【第三話に続く】

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