来襲する破壊
ドールタウンを巡る一連のこう着状態を打破するためにクィーロは進み始めた。正直に言えば、力で圧倒することは可能だ。
砂色の魔甲を纏う魔術師の力は、クィーロの目から見れば然程脅威でもなかった。頭目が倒れれば無法者は我先にと散るだろう。だが、力付くでこの場を治める気にはなれなかった。
それは口では威勢の良い事を言っているが、人質に対する扱いの甘さが砂色の魔甲を纏った魔術師に垣間見えたからだ。同時に、魔術師を恐れてかは知らないが無法者達はそれを咎めもしない。
(単に抑えつけられている奴等なら、背後から人質を奪うくらいはやりかねないのだがな……。それが無いと言う事は、存外にまともなのかもな)
大抵の者は、きっと自身に較べればまともと言う計算になりそうだがとクィーロは苦く笑った。
一方の砂色の魔甲の魔術師ことラゾからしてみれば、そんな評価を受けているなど分かりはしない。ただ、魔導人形達が恐れる者が笑みを浮かべて近づいてくるのは不気味だった。
「止まれ! あんたには関係が無い事だ!」
「まあ、そうなんだがな。思った以上に貴様らがまともなんでな。何であの街を襲うのか、遺産とは何のことか是非に聞きたいなと。そっちの嬢ちゃんは知ってるか、遺産?」
「言う訳ないだろ――」
「知らないわ、遺産何てあの町にはない物。あそこにあるのは――」
「お、お前! 勝手に喋るんじゃない!」
小娘が若いのは分かっていたが、砂色の魔甲を纏っている魔術師も若い。少なくとも、反応は。単純に内に籠り過ぎて人付き合いが分かっていないだけかもしれないが、そんな奴が無法者を指揮できるのか?
そんな風にクィーロは一連のやり取りから分析した。そして改めて無法者達を見やる。無法者たちは見るからにそう言った風体をしているが……何処か場馴れしていないようにも見えた。露わになっている上半身から推測出来る事は幾つかある。
体は鍛えてあるのか立派だ。傷の多い肌は、過酷な生存競争を生き抜いてきたあかしでもあるだろう。だが、そうであるにしては諸々甘い。
が、これが正規軍としては如何だろうか? 正規軍ともなれば一定の理性が無い奴には勤まらない。少なくとも、クィーロが知る世の常識ではそうだった。軍律で縛られた彼らは、許可なく暴れまわれない。
「そうか、この立場になって日が浅いのか」
クィーロは自身が呟いた言葉に一人合点した。元々は、何処かの国の軍属だった連中かも知れないと考えると、色々と合点がいくのだ。そうなると遺産とは何か? 連中の国の関係か? それとももっと別の……。
「赤い衣の男が教えたんだ。若……いや、うちのボスにな。あそこにはクィーロと言う魔術師の遺産があると」
無法者に視線を向けながら思案していると、無法者の一人が声を上げた。腹が出た中年の禿げ上がった男の物だったが、クィーロはその人物の所作に油断ならぬ者を感じた。その一方で言葉に込められたある種の確信も感じた。だが、その前にひとこと言わねばならない。
「私は遺産なんか残した覚えはない」
「はっ?」
素っ頓狂な声を上げたのはラゾであった。しかし、その言葉こそクィーロが溢したいものである。背後からはウアトの可笑しげな笑い声が響いているが、クィーロは真っ直ぐに先程声を上げた無法者を見ていた。
「あんたは、知っていたのか?」
「力をただで寄越す奴は信用できんし、何よりルスティア将軍と言えばクィーロ・ルスティアしか知らんからな。あの魔法人形がアンタを見て心底驚いていたのは演技じゃあるまい」
「馬鹿を言うな! それじゃ――それじゃあ、今回の襲撃は」
「徒労、ですな」
取り乱すラゾを前にしても、腹の出た禿げ頭は落ち着きを払っていた。腹が出ているが、ただの脂肪の塊ではない事はクィーロには察せられた。見てくれこそ、完全に無法者のボスのような風体だが、その知性や双眸に宿る光は一角の人物を思わせる。
(若と言ったな――。主家の若様に仕えるお付の武官とでも言った風情か。そうは見えないのが何と言うか、なぁ)
しかし、この騒ぎに著しく反応したのが人質の娘、イリナだった。
「何よ、アンタら。勘違いで攻めてきたわけ! そもそも遺産なんてないって何度も言ったじゃない!」
「う、うるさい!」
唐突に始まった人質の口撃にショックを受けていたラゾは防戦一方に追い込まれた。そこで激昂して暴力を振るわない辺り、実は育ちが良さそうだとクィーロは嘆息した。
「旦那様、ワタクシが出ずとも収拾が付かないような……」
不意に真後ろからウアトに声を掛けられたクィーロは天を一つ仰いで……。そして気づいた。
「あれへの忠言か」
「はい、何者かが……やって来ています」
その言葉が言い終わる前に、遠い空の向こうから凄まじい咆哮が響いた。
遠くに、空の彼方に、まだ浮かぶ魔城と同じくらいの大きさにしか見えない黒い点のようなものが見えた。それが見る間に近づいてくると、再度咆哮を上げたのだ。
真っ赤な鱗に覆われたドラゴン、そしてその背中の上に立つ赤い衣を纏った男の存在が。
その姿を皆が確認できる頃に、ドラゴンの背に立っていた男はゆるりとした動作で幾つかの印を結び――魔甲を纏う。真紅の魔甲を。
「あ、あいつ――」
ラゾの驚愕の声に反応するかのように、クィーロもまた印を結ぶ。
右の指先が一度天を指し示し、続いて大地を示す。
すぐさま両の腕をクロスさせて吼える。
「プロフォンドゥム、起動!」
途端にクィーロの全身を艶のない黒い魔甲が身を包んだ。
「ドラゴンは任せるぞ、ウアト!」
「無論でございます、旦那様」
何処までも涼やかで頼もしいウアトの声を聴き、クィーロは大地を蹴って空へと飛ぶ。向かう先には、ドラゴンの背より飛び立ち、真っ直ぐに此方へと進んでくる真紅の魔甲の姿があった。
「やはり、舞い戻ったか! クィーロ・ルスティア!!」
その叫びに込められた歓喜と恐怖を感じて、そして真紅の魔甲の後に幾つも続く流星めいた炎、『赤い竜』の名で呼ばれる魔術師の得意とする炎の大魔術の群れを見据えながら、自身の奥に燃える激情に促されるままにクィーロは吼えた。
「応よ!」
【続く】




