主と従者
クィーロ・ルスティアが一仕事終えてメイドのウアトに所望した物は、焙煎した豆を挽いた粉末から、湯または水で成分を抽出した飲料であるカム。
何人かの愚か者の呻き声が響く中、出されたカップを持ち上げ中身を覗き見ると、いつも通りウアトの淹れたカムは虹色へと変じている。油が浮いている訳じゃない。
焙煎された豆の香りはそのままに、本来の色である漆黒ではなく、虹色に変貌しただけだ。
「腕を上げたな」
「恐れ入ります」
一口飲んだクィーロの感想に、ウアトは右目を細めて喜びを露わにした。
クィーロはその様子を見やり、左目を覆う眼帯を見る。眼帯に覆われた左目が、彼女が淹れたカムと同じ色である事を知るからだ。
メイド服を隙なく着こなしたウアトは美しい。金の髪に褐色の肌、右目は青く左目が前述の通り七色。ぱっと見は美しいメイドでしかないが、よく見れば何処か非人間的で恐ろしくもある。
異様な幾つかの力も人々の恐怖を呼び起こすには十分だ。触れた物を虹色に侵食し、気に入らぬ輩はその体内に取り込み食らう。一度力を振るえば並の魔術師では瞬きの間もなく文字通り瞬殺の憂き目に合う。
地上に戻って来てから振るわれる力の数々を見れば、恐れられるのは道理だ。だが、魔術師であり敗軍の将であるクィーロは、恐れない。彼女に命を救われたからでもあるが、正しく接すれば何も問題が無いと知るからだ。
「それにしても、無駄足だったな」
虹色のカムを飲みながら呟くクィーロに、ウアトは申し訳なさそうに柳眉を下げた。
「いえ、そう判断するのは早いようですよ」
テーブルにポットを置いたウアトは、入り口を見やる。
遅れて響く重々しい足音、金属音めいたその物音にクィーロの口角は釣り上がる。
「魔術師か。知っていると良いんだがな」
「少なくとも、あの子を何処に連れ去ったのかは分かりましょう……」
その言葉にウアトをそっと見やり、クィーロは微かに笑った。
「私よりも人間らしい考えだ。お前が羨ましいよ、ウアト」
クィーロは共に復讐者でありながら、こうも違うかと内心嘆息を零す。人である自分と人ではないウアト。だが、その内面は――? そう思えばこそ、クィーロの飲むカムは苦い。
その苦みに、目の前に現れた魔甲纏いし魔術師を見据えたまま、クィーロはウアトとの出会いを思い返していた。
【続く】