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チンピラ、異世界へ行く。  作者: 磯辺
第1章 旅立つ理由
8/24

晒される心

 ひとしきり悪態をついたツバキは、橋の下で大の字に寝転びながらタバコに火をつけた。


 考えたってわからないことだらけで、考えるだけ無駄だよと、ツバキの頭は考えることを放棄する。

 何も考えず、何もせず、放っておけば野垂れ死ぬ。

 それは火を見るより明らかだが、ツバキの心はそれを許さない。

 ちっぽけな生を手放せず、なんとかせねば、なんとかせねばと急く心がツバキの中で暴れまわる。


 尊大な自尊心はあの夜、終わりにしてしまおうかなどと、大仰なことまでも考えた。

 逃げ続けることよりも、誰にも知られずに、そっと消失を、と。

 そのくせ、誰にも知られずにそうすることのできるこの場所でなお、心はぐずる。


「あっつ!」


 右頰にタバコの灰が降ってくる。

 帰っておいで、そんな風にツバキを呼び戻すような頃合いであった。

 ボーっとしていた自分に、急にバツが悪くなるツバキは、軽く右頰を撫でながら身体を起こす。

 その最中に、ツバキの耳は誰かの足音を捉えた。


 咥えたタバコを少し吸って、心を落ち着かせる。

 ふぅーっと吐き出しながら、自分の左手側、川の上流方面から河原を歩いてくる足音に視線を向けた。

 人数は三人だ。

 立ち上がりながら、ジーンズのお尻辺りを叩きながら、歩いてくる人たちに身体を向ける。


 何かを言われるのだろうか。

 何を言われてもどうせ理解なんて出来ないだろう。

 ただ、言葉が通じないという不都合を、改めて突き付けられるだけだ。

 このまま軽く会釈でもして通り過ぎて言ってはくれないだろうか。

 そんなことを考えていたツバキの甘えは、当然のように叶わない。


 先頭の一人が、何やら短く言葉をかけてくる。

 言葉は理解できないが、両脇に控えている二人の視線からして友好的な雰囲気ではない。


 また、短く言葉をなげかけられる。

 あ?っと短く威圧的に問い掛けられているようだが、当然答えはないし、応える術もない。


 お互いに見つめ合うしか出来ない。

 咥えたタバコの火種が、ポロリと落ちる。

 それを見届け、控えさせていた二人に男が軽く右手を振り合図を送る。

 二人は腰の後ろあたりに手を回す。

 腰の後ろに隠れた手が、ツバキにまた見える時には、40cmほどの金属の棒が握られていたら。

 警棒ほどの太さだか、質量はありそうだ。

 鉄パイプに似ているが、中身が詰まっているそれは、

 殴られるようなことがあれば致命傷になるだろう。


 やはりこうなるか、とツバキは息を呑む。

 薄汚い身形と、覇気のない目。

 決して、柄のいい面々に声をかけられた、などとツバキはハナから思っていなかった。


 先頭の男は、いつのまにかナイフを握っている。

 刃渡りは20cmを超えているだろうか。

 柳刃包丁のような形状のそれを見ながら、ツバキは決断を迫られる。


「そりゃそうだよなぁ。

ホームレスでも、プッシャーでもなんでもそうだ。

てめぇのシマをてめぇで守れねぇやつは、食いっぱぐれて死ぬもんなぁ?」


 ツバキは、踏み出すか、逃げ出すか、まだ踏ん切りのつかない爪先をジリジリと鳴らしながら言葉を投げかける。


 ツバキは対峙する男たちの目を見て悟る。

 なんの躊躇もなく、この男たちは自分を殺すだろう。

 命のやり取りをしよう、そんな場面である今ですらも覇気の宿ることのない目がツバキに教えていた。


 諦めている目だ。

 生きることをでは無く、殺すことをだ。

 自分たちが生きるためなら、生きるために必要なシマを守るためなら誰かを殺すことも仕方がないと、諦めている目だ。


 やるしかない。

 ツバキは、そう思った。

 逃げても追われるだろう。

 殺すまで追ってくる。

 自分たちの生活に立ち入ったツバキを、殺さねば心に平穏が戻ってこないから。




 そう決断した刹那、先頭の男が飛び出してくる。


 ツバキは、咥えていたタバコを男の顔に向かって飛ばした。

 左目の下辺りにタバコが当たると、男は一瞬だが確かに怯んだ。

 その瞬間に、ふらりとナイフを握る右手が空を切るのをツバキは見逃さない。

 その右手を追い、ガッチリと手首を掴むと、身体ごと力任せに引き寄せ、鳩尾目掛けてケンカキックをくれてやる。

 無防備に蹴りを食らわされた男は掴まれた手を振り解こうとするがツバキは離さず、膝から崩れていき自然と高さの下がった男のこめかみを、鳩尾を蹴ったまま彷徨っていた足で再び蹴り抜く。

 男が声にならない呻きを上げて倒れこむ。


 ツバキは倒れ込んだ男の手からナイフをひったくりながら視線をあげた。

 その時、控えていた男が得物を振り下ろされる光景を見る。


 ツバキの左肩辺りに得物が降ってくる。

 下がってはいけない。

 下手に下がって鎖骨や頭に当たれば、もちろんタダでは済まない。

 チンピラと呼ばれたツバキは経験上、それを知っていた。


 躊躇いなく、振り下ろされる得物を一歩踏み出しながら左肩で受け止める。

 踏み出したお陰で幸い骨には当たらなかったが、筋肉に振り下ろされた得物が、激しい鈍痛を産む。


「う゛っ、、、

いってぇなくそが!」


 呻き、叫びながら距離をとるツバキ。

 ナイフを握った右手で左肩をおさえながら、鈍痛に耐える。

 このままでは、人数で押されてジリ貧だろう。

 打開策を探すが、そう都合良くはいかないもので、思案に時間を割く間に、最初に蹴り沈めた男が虚ろな目で立ち上がる。


「あー、やばい。

時間かけすぎたかよ。

あんまり睨んでくれんなよ。

こっちもいてぇんだから、おあいこだぞ。」


 軽口を叩くツバキは、なんとか平静を装うとしているのだろう。

 じわりじわりと、かきはじめた汗が焦りを物語る。

 ぐるり、ぐるり、止めどない考えばかり頭の中を駆け巡る。

 どうすれば打開できるのだろう、、、、、



 その時、



 こつん、こつん。

 

 ツバキの自慢の耳が硬い音を捉える。

 自分の後ろからだ。

 背後を取られたツバキは、焦って身体ごと振り向く。

 そこには、老人が一人立ったていた。


 白髪頭と、それと同じ色の立派なヒゲを蓄えている。

 襤褸のようなグレーのローブを纏っているが、身体が細身なのは窺いしれ、身長も高くない。

 先程の音はこの老人が、手に持っている杖で橋を叩いたのだろう。


 自分の置かれていたつい先程までの荒事とは、絶対に相容れないニコニコとした表情でこちらを眺める

 あまりのよくわからない状況に、ツバキは呆気にとられて動けないでいる。

 そのツバキを挟み、老人と男たちは何か言葉を交わしている。



 そうだ、こんな害のなさそうな老人を眺めている場合ではなかった。

 ツバキはやっと思い出し、振り返る。


「はぁ?」


 あまりに予想外な光景にまた間抜けな声をあげる。


 自分が蹴り倒した男が、二人の男に肩を借り引き上げようとしている。

 老人の方をむけば、うんうん、と、満足げに頷いている。



「なんとか、助かったのか?これ。」


 力無く溢しながら、状況をなんとか理解する。

 無遠慮な殺意に晒されていたツバキは、身体の力が抜けて座り込む。


 座り込むツバキの肩に老人が優しく手をのせる。

 振り向いて老人と目の合ったツバキは、老人の皺くちゃの笑顔につられて、力無く笑う。


 異世界初の窮地を、ツバキはなんとか乗り切ったのだった。

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