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チンピラ、異世界へ行く。  作者: 磯辺
第1章 旅立つ理由
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壊れ切った日常の先に

 ツバキは夢を見ていた。

 微睡みに手を引かれながら、ツバキは夢を見ている自覚もあった。

 それでも起きようとは思わず、ただ、夢の中の自分を、眺めていた。




 そこにいたのは、1人の少年だ。

 まだ愛らしく無垢な割に鋭い三白眼が、ツバキの幼少期であることを物語っている。

 小学生の低学年ぐらいだろうと思われるツバキを、同じ年頃の少年たちが指を指して笑う。


 この年頃の少年たちは無自覚に残酷で、くだらないことで笑い、笑われる者のことなど省みない。


 ツバキはこの年頃を笑われ続け過ごした。

 理由は単純で、ツバキと言う名前だった。


 ツバキは蓮見椿と言う名前を、花の名前が自分の名前なんてと、笑われていた。

 大人になってしまえば、くだらないと笑い飛ばせるそんなことも、幼い心には明らかになにかを残していったらしく今でも、ツバキはツバキと呼ばれるのが嫌いだった。


 そんなこともあったなと、自分を客観的に眺める。

 なぜ今、こんな夢を見るんだろう。

 そんなことをぼんやり考えていたら、ふっと場面が切り替わった。




 息荒く、肩で大きく呼吸をするツバキ。

 ツバキが握った拳からは血が出ていて、何かを見下ろしながら、何かを大声で吠えている。


「これ、小六の時だ。

 初めて人を殴った時だ。」


 ツバキは、ツバキ自身の背中を見ながら呟いていた。


 幼少期のツバキは、名前が女の子みたいだと笑われ続けた。

 そのせいか、少しでも男らしくあろうと常々思っていて、曲がったことを許せなくなっていた。


 今眺めている光景もそうだ。

 クラスメイトの男女が、他愛もない会話からいざこざを起こし、いざこざが衝突に変わった。

 その時、1人の男の子が女の子を突き飛ばし髪を掴んだのだ。


 ツバキはそれを見過ごせなかった。

 自然と体が動いていた。


 2人の間に割って入ったツバキは、男の子を引き剥がし、力任せに殴っていた。

 運悪く相手の歯にあった拳は裂け血を流し、痛々しい有様になっているが、激昂し周りの見えていないツバキはそれに気が付いてもいない。


 騒ぎを聞きつけてやって来た教師たちが仲裁に入り、その後こっ酷く叱られた。

 母親は相手の家まで謝りに行き、酷く悲しげな顔をしていたのをツバキは忘れられないでいる。



 また、ふっと場面が変わる。


 そこにいるツバキは、独りぼっちだった。


 誰よりも真っ直ぐにあろうとしたツバキは、その真っ直ぐさゆえに孤立していった。

 もちろん友達と呼べる者もいたが、ツバキの育んで来たちっぽけな漢気や、在り方を笑う者も多くいた。


 中学に上がる頃には、ツバキはあちらこちらで繰り返した衝突から、喧嘩っ早い悪童だと言われるようになっていた。

 大切なものの守り方を知らなかった幼い正義は、皮肉にも真逆の評価を受けていたのだ。


 そんな中で、数少ない友達と呼べる存在との共通の話題である音楽にツバキはのめり込んで行く。

 ジャンルは問わず、音楽が好きだ。

 音楽と、それを理解してくれる友人がいれば良い。

 周りの評価なんて気にしなくていいんだ。

 自分が自分であれば。

 自分の通すべき想いと、道を間違えなければ。



 ツバキの歩んで来た道を、ツバキは夢で見ていた。


 また、ふっと場面が変わろうとする。










「やめろ!見たくない!

 この先は見たくねぇんだ!」


 夢の中でツバキは叫んだ。







 起きなければ。

 自分の本能がそう叫んでいる。

 見てはいけない、思い出したくない記憶がそこにある気がして。

 でもそれが、どんな記憶なのかわからない。

 とにかく見てはいけないんだと、それだけはわかっている。

 なのに、起きることが出来ない。


「ツバキ、期待しているわよ。」


 声が聞こえた。

 聞いてはいけない。


 耳を塞がなければ。


 心は焦りだし、心拍数が跳ね上がる。


 起きなければ。

 せめて、夢の中だとしてもここではないどこかに行かなければ。

 自分の手を握って離さない微睡みは、微睡みなんかではなく悪魔だ。


 必死に抗おうとするツバキに、何か冷たいものがかかる。



 急速に浮上していく意識。

 夢の世界を遠く足元に置き去りにしていく。

 はっきりと覚醒に向かってツバキの頭が回り出す。

 眠りに落ちる時、缶ビールを持っていたことを思い出す。

 何か冷たい、自分にかかったものは零した缶ビールだろう。



「缶ビール!!」


 ツバキはそう叫んで飛び起きた。

 なんとも間抜けな目覚めだ。


 顔にかかった液体を袖で拭いながら、違和感をツバキは感じる。

 なんだろうか。

 そうだ、馴れ親しんだ香りがしない。

 ビールがかかったはずなのに、ビールの香りがしない。






 やっと顔を拭い目を開けるとそこには、









 バケツを片手に持った見たことのない人と、その人の肩の向こう、見たことのない街と空が見えた。


「は?」


 我ながら思う。


 なんとも間抜け声がでた。

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