壊れていく日常2
自分が何を考えているのか、何を考えていたのか、そんなことがわからなくなってしまった。
混乱してしまったから、心がざわついて落ち着かなくなる。
いや、心がざわついて落ち着かなかったから、混乱してしまったのだろうか?
それもすらも曖昧になってしまったツバキは、カウンターでじっと酒なんて呑んでいられなかった。
帰るよ。また来る。ありがと。
きっとこの三言くらいは声をかけてカウンターを離れたはずだ。
帰り際にミナがなにか声を掛けてきていたと思うが、ツバキはそれには気付かない振りをした。
なにが原因かわからないけれど、間違いなく、心が決壊してしまいそうだ。
こんなに急に、心は追い詰められてしまうのだろうか。
決壊というなら、心の堤防とやらはどうした?
今日、急に薄っぺらくなったのか?
そんな無意味な自問自答を繰り返しながら、ツバキはポケットからタバコを取り出して火をつける。
揺れるライターの火を見て、馴れ親しんだタバコの香りで、少し落ち着いた気がした。
逃げてしまいたいな。
いつものようにさ。
終わりにしてしまおうか。
もう、逃げるのも疲れたし。
ツバキはそんな事を考えながら、いつも通りに両手の親指をジーンズのポケットに入れて、歩道の真ん中で立ち止まった。
すうぅーっとタバコを吸いこんで、チリチリと燃える音がする。
目の高さより少し上あたりに吸い込んだ煙を吐き出しながら、また歩きだした。
「くだらねぇ。」
そう呟いた。
ツバキの口癖だった。
そのツバキの口癖が、今日はなによりもツバキに刺さった。
ズキンっと痛んだ気がした。
どこかは、わからないけれど。
そんな痛みを振りほどくように、
「タバコ買って帰ろ。
あと、ビールも。」
当たり前の日常を呟いて上書きした。
また歩きだしたその姿は、路地裏でのチンピラにもどっていた。
やはり背中は、酷く小さく見えるが、理由は同じなのだろうか。
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有言実行。
上書きした当たり前の日常をこなすべく、コンビニに寄ったツバキは、いつものタバコといつものビールを買って自宅に帰り着いた。
自宅、というよりは、巣といったほうがしっくりくる。
万年床の上に胡座をかいて座り、別に観もしないのにテレビをつける。
適当にチャンネルを変えながら、一回りして元のチャンネルに戻ってきた。
先週も同じ番組を観たな、なんて考えながら、先週の内容なんて覚えていないのに、それらしい理由をつけてこのチャンネルに決める。
買ってきたビールを袋から取り出しながら開ける。
350mlと500mlを一本ずつで、350mlから呑むのがこだわりだ。
開けたビールを、一息で飲めるところまで呑む。
いつも通り少しだけ残って、いつも通りの場所に置きながら、いつも通りのタバコに火をつける。
必要以上にいつも通りを気にするのは、やはりまだ心に焦りがあるからなのだろうか。
終わりにしてしまおうか、なんて大層なことを考えたくせに、きっと自分で終わらせるなんて出来やしない。
くわえていたタバコの灰が膝に落ちて、また考え込んでいたことに気が付いて嫌になる。
残りのビールを飲み干して、500mlの缶を開けて、また一息で呑めるところまで呑む。
ふぅーっと息を吐き出しながら壁にもたれかかる。
ここではないどこかに行けたら。
自分ではない誰かになれたら。
いや、自分なんて結局、ただのチンピラだ。
そんなことを考えていた、いつのまにか微睡みに手を引かれていた。
別に、抗うこともないか。
連れて行ってくれよ、どこかに。
歩きタバコは、やめましょう。