壊れていく日常
ツバキは、1人が好きだった。
そのくせ、寂しいのは嫌いで、誰かと一緒にいる自分を冷めた目で見ていた。
1人でいるのに寂しくない。
誰かといるのに独りぼっち。
そんな矛盾の中に身を置くことで、ちっぽけな自分を守っていた。
ツバキは、音楽が好きだった。
好きなように自分を表現できたから。
けれども、その表現を誰かに期待されるのが嫌いだった。
誰かの期待に添うように表現をしてしまったら、そこに自分はいなかったから。
だからツバキは、誰にも期待さずに表現できる、独りぼっち集まる、この薄暗いクラブが好きだった。
そんな空間で、寂しくない1人を楽しみながら酒瓶を煽り、またカウンターに突っ伏す。
組んだ腕をカウンターに乗せ、その腕に頭を乗せて、ボーっとフロアーを眺める。
いつもと変わらない光景。
いつもと変わらない独りぼっちの群れ。
いつもと変わらない独りぼっちの群れに紛れて、いつもと変わらない本心を隠す。
本当は、誰の期待にも応えられない自分が嫌いで、1人が好きだ、期待されたくない理由があるんだと嘯いて、今日も逃げているだけだった。
コトンっと、カウンターを硬いもので叩く音がして、ツバキははっとしながら顔を上げる。
さっきまで煽っていた空になった自分の酒瓶の横に、琥珀色の満ちたロックグラスが置かれている。
「そろそろ、これのタイミングだろ。」
カウンターの中でバーテンが瓶を戻しながら言う。
ボーっと考え込んでいた自分を隠すように、口元だけで笑いながらグラスに手を伸ばす。
量は、ダブルより少し多め。
ウィスキーを呑むには少し品がないその量を三分の一程流し込んで、自分を落ち着ける。
鼻で二、三回息をする。
自分の吐き出す息にアルコールの臭いが混じるのを感じて、やっと自分の存在をはっきりと認識する。
物思いに耽っていた意識が身体に帰ってきて、確かめるように声を出す。
「23時から何人かステージに上げるって聞いたけど。
バトル?サイファー?」
バーテンが、グラスを磨きながらちらりとツバキを見て答える。
「人数によるけど、バトルじゃないか?
最近のブームのお陰でこの手の商売も多少は賑やかになったからな。
ウチも今のうちにそれに縋っとかなきゃな。
なんだ?ステージ上がる気になったのか?」
ツバキが答えを聞きたくて質問したわけじゃないことを、バーテンはわかっていて意地悪く笑う。
「いや、上がらない。
上がるにはもう呑みすぎてて、呂律回らねぇよ。
なみなみ注いだウィスキー出した張本人がそれ聞くかね。」
「おかしいな、お前は呑んでた方が調子良かったはずだけどな。
お前がステージに上がるの楽しみにしてるやつ、結構いるんだぞ。」
「やめてくれよ、引退したアイドルじゃあるまいし。
別に俺はこれで食ってるわけじゃねぇし、悪いけど、自分のやりたい時に、やりたいようにやるよ。」
お互いに冗談交じりの会話をしながら自然と口元が緩むのに、ツバキの心はまた逃げた自分を責める。
グラスに残っている琥珀色を、口に入るだけ流し込みながら目を瞑る。
口の端から少し溢れたそれが、首元までたれてくる。
その冷たさに目を開けたツバキは、身体の火照りが酔いのせいでない事を自覚していた。
何故だろう。
今日はここにいても逃げ切れない。
自分を責める自分から。
別に誰も俺になんて期待していないはずだ。
ここは独りぼっちの群れ。
期待されるのが怖いなんて、、、
ここでは無縁の話のはずだ。
そんな風に自分に言い聞かせるツバキは、さっきの路地裏でのチンピラじみた男とはほど遠い。
まるで泣き出す寸前の迷子のようだ。