聞きたくなかった声
「そして、それが四百年前のことじゃ。
そこから百年の歳月をかけ、時に降りかかる戦火の火の粉を払い、時に涙を流しながら愛を説き、時に血を流しながら抗い、この国は統一されたのじゃ。
同じ親から産まれた兄弟ですら、死なずして道を別つこともある。
この国でも悲しいことじゃが小さな争いは起きることもある、種族を理由に忌み嫌われ悲しい思いをした者もおった。
それでも統一されてからの三百年、全ての民が願った平和と守り続けた心の安寧を、国王は、壊すと、そう言って出て行ったのじゃ。
この国においてそれが、どういうことかわかったじゃろう。ツバキよ。」
悲痛な叫びにも似て、幼子の泣き声にも似て、それでいて静かに落ち着いたシャトーの声は、微かに震えていた。
「それで、、、この国はどうするつもりなんだ?
今、この状況を、、、どうやって乗り越えるつもりなんだ?」
シャトーに問いかけるツバキの声もまた、震えている。
「世界樹の御神託があった。
国王を探し出し、討て。とな。」
そう言うシャトーの声に、弾かれるようにフリージアが声をあげた。
「待って!それは違うわ、シャトー!
御神託は、刻印の表れし者の手により悪しき野望を挫け。
討てなんて言ってないわ!」
自分の父を討てというシャトーの発言に、フリージアも穏やかではいられなくなる。
「フリージア様、落ち着いてくださいませ。
シャトー様もこの国を憂いておいでなのです。
シャトー様とて、国王を討てなどと言いたくて言っているわけではないのです。
それに、、、」
「それに、なによ!?」
間に入りフリージアを落ち着かせようとするケイントにすら、フリージアは食ってかかるが、
「ツバキ様の頭上を飛び交う言葉を、ツバキ様の理解が追いついておりません。」
ケイントの言に、ハッとし我に返ったフリージアと目が合うと、ツバキは申し訳なさそうに言った。
「あっ、うん、ごめん。
世界樹とか、御神託?っていうの?
よくわかんねぇかな。ぶっちゃけ。」
一触即発といった空気にも、畏まったところでさっきみたいにすぐ崩れるだろうと、自分でいることしかできないと開き直っているツバキは動じなかった。
その姿を見て、フリージアは毒気を抜かれ、シャトー
は破顔する。
「ほっほっほ。そうじゃな、それも説明せねばなるまい。
先ほどの話に出てきた世界樹は覚えておるかね?」
「大陸の中心にあるってやつか?
そこの根元に人が集まってこの国が出来たって言ってたよな?」
「その通りじゃ。
そしてこの王城も、その地に建てられており、城の中心に世界樹があるのじゃ。
この城の中心は即ち大陸の中心で、この国の中心じゃ。」
あご髭を撫でながら、確認するように喋るシャトーにツバキは軽く顎を引いてみせる。
「この世界樹の根は精霊王の在わす世界の中心ににまで届き、精霊王の意志を汲み上げ、この国を左右する節目になると御神託をくれるのじゃよ。」
「なるほどな。
精霊王がわかんねぇわ。」
「この国を作り上げた初代国王が使った不思議な力、それが世界初の魔法じゃと言われておるが、ツバキは魔法の知識はあるかの?」
「ない、つい最近初めて見たばっかだ。」
「よろしい、素直なことは美徳じゃよ。
魔法というのは、身体の中、、、ちょうどヘソの下あたりにあると言われるマナプールと言うところに貯められた生命エネルギーを精霊に与えることで発現する。
この生命エネルギーをマナと呼び、そのマナの波長により、与えることのできる精霊の属性が変わり魔法の内容も変わる。
火、水、土、風、無の五つの属性のマナと、同じ五つの属性の精霊がおると言われておる。」
「マナか、、、なんかガキの頃カードゲームで聞いたことあるな。
なにかを使用するためのコスト的なことで、魔法はそれを精霊に与えて使ってるって事か、、、。
マナプールは丹田と同じ位置だな。
俺が喋れるようになったのも、魔法なのか?」
「魔法のようであって魔法でない、と言うのが正解じゃ。
精霊は属性だけではなく、固有の能力を持つものが多く存在する。
その固有の能力をマナと引き換えに受け取ることを、洗礼と呼ぶのじゃ。
魔法はマナを与え続けねば発現しないのじゃが、洗礼は一度受け取るとその後発現し続ける。
ツバキが受けたのは言霊の精霊の洗礼ということになる。
マナと引き換えに精霊の力を借りる。
魔法と言えば魔法じゃが、魔法とは根本が違うものじゃの。」
「洗礼か、、、。」
なんとか自分の中で、与えられた情報を整理する。
そのツバキの様子を見ながら、シャトーは話を続けた。
「うむ。そしてその精霊たちは、世界のありとあらゆる全ての場所に存在し、世界にあらゆる影響を及ぼす。
いない場所などないと言っても良いほど、どこにでも、膨大な数の精霊がおるのじゃ。
精霊によって力の大きさもまちまちじゃが、その全ての精霊を従え、頂点に君臨するのが精霊王じゃ。」
「なるほど、なんとなくだけどわかった。ありがとうな。
で、なんでその精霊王は御神託をくれるんだよ?」
「それは正直なところ、誰にもわからんのじゃ。
しかし初代国王が世界で初めて魔法を使ったことを考えると、初代国王は精霊王からなんらかの庇護を受けていた可能性が高い。
そしてその初代国王の作り上げたこの国が、その庇護を受けておる可能性も高いじゃろうな。」
大まかに話を整理し終えたツバキは、大きく息を吐いた。
国の成り立ちと、その国の現状だけでも頭はパンクしてしまいそうな情報量と重みがあった。
その上、魔法や精霊の話を聞かされ理解しきった自信はなかった。
そして、頭の中であらゆるピースが嵌まった。
途端に身体が震えだす。
理由はツバキにもわからない。
その震えを必死に抑え込みながら、口を開いた。
「あの村を襲った白い外套の騎士は、、、。
国王の連れて行った近衛騎士なのか?」
じっとシャトーの目を見つめる。
「獣人亜人狩りじゃろうな。
国王が国を出てから、各地で行われておる。
しかしあれは近衛騎士ではなく、近衛騎士の指揮する部隊の者たちじゃ。
もともと自治のために国中にあった部隊が、あちこちで暴れまわっておる。
ツバキの居た村もその被害にあったのじゃろうな。
騎士は拘束しておる。意識が戻り次第尋問を開始させる予定じゃ。」
「生きてやがったか、あのクソ野郎。
でもなんであの村が、、、被害にあった人には、人間も居たはずだ!」
「生きてはおる。爆風で見るも無残に焼け爛れておるが、誰も同情せん行いをした者じゃ。
ツバキの心中は察しよう。
それとあの村の住民は皆、獣人じゃよ。
色んな事情で傷付き、流れてきた者たちの集まりじゃ。」
「、、、色んな事情?」
「そう、色んな事情じゃ。
ツバキの言った通り、村の住民の中には人族に見える者もおるが、皆が獣人じゃ。
その獣人の血が人族の血と混ざり合い薄れると、獣人としての特徴が薄れる。
中にはマナを身体中に循環させ活性することで自在に姿を操る者もおるがなかなかに難しいことじゃ。
それのできない特徴の薄まりきった獣人は、半端者として迫害を受けることも多い。
先の話でもしたが、平和や安寧を願うこの王国においても、悲しいことにそういった差別や迫害があるのじゃ。」
「そんな、、、そんなこと、、、。」
「そう。あってはならんのじゃ。
この王国の平和や安寧は、なんとしても守らねばならん。」
それならば早く、国王の暴走を止め、再び平和と安寧のために動かなければならないだろうと、ツバキは思う。
その刻印とやらがあるものが、国王の野望を挫かなければと。
国王の野望を挫く。
危険で、苦労も多いはずだ。
近衛騎士団まで連れていっているのだから。
しかし一体誰が、、、そう考えるツバキの鼓膜を誰かの声が揺らす。
「だから私がお父様、、、いいえ、国王の野望を挫く。
ツバキ、安心して。
私がもう誰も傷つかないで済む世界を作るから!」
よりによって、ツバキの行って欲しくない人の声が、高らかに宣言していた。




