壊される日常、壊されたくないもの
前日の荒れた天気が嘘のように燦々と日の照る昼前。
晴れやかな天気とは裏腹に、ツバキはとてつもない二日酔いに悩まされていた。
動きたくもない、考えたくもない。
そんな有様で、考えたところでどうやって帰ってきたかも思い出せない。
「ハメ外しすぎたなぁ、こりゃ。」
重い身体をなんとか起こす。
「楽しかったなぁ、昨日は。」
楽しかった昨日に引き換え、この辛い今日だった。
それでも少し、前向きになれた自分が居たのも事実で、期待されることや表現をすることからグズグズと逃げ続けた自分と向き合うことを決められた。
前日の夜は、ツバキにとって大きな節目であり、そのきっかけをくれたこの村の全ての人に感謝をしていた。
ならば、ずっとこの村にいるか?と問われれば当然迷うし、帰りたい気持ちもある。
しかし、帰れるかもわからず、言葉すらわからぬツバキには帰る術を探すことすらできない。
二日酔いの頭で考えることじゃないなと一旦割り切り、着の身着のまま寝てしまっていたツバキは、ポケットからタバコを一本だし火をつけた。
井戸に顔を洗いに行こう。
いや、動いたら吐きそうだ。
スッキリしたいし顔を洗おう。
スッキリしたい原因のせいで、無理なんだっけ。
そんな無益な自問自答を乗り越え、ツバキは顔を洗いにフラフラと井戸に向かった。
顔を洗い、喉を潤して少しスッキリしたツバキの耳が足音を捉える。
とっさに振り向くと、身体に衝撃が走るがなんとか耐え受け止める。
だが、二発目の衝撃が右からツバキの身体を襲うと、二日酔いの足腰では耐え切れずに尻餅をついた。
「このっ、イタズラ娘どもがっ!」
ツバキにそう言われながら、御構い無しで笑っているのは、ララァとルルゥの姉妹だ。
この村の唯一の子供達に気に入られ、前日の酒宴からツバキはこの姉妹に揉みくちゃにされっぱなしだ。
ルルゥは姉のララァに比べるといくらか内向的だが、それでも遊びたい盛りの姉妹はパワフルで、ツバキの
二日酔いなど問題にせず、ツバキの手を取って走り出す。
「勘弁してくれよぉ、、、」
ツバキの嘆きはイタズラ娘たちには届かず、ツバキは引きづられていくのだった。
ツバキの連れていかれた先はツバキの家の裏手、村の北側に当たるそこには、見上げるほどの高さの崖と小さな花畑があった。
引きづられて来たツバキは花畑の隅の木陰に寝転び、はしゃぐ姉妹を眺める。
花を摘みお互いの頭にさしたり、寝転がるツバキの顔に花びらを散らしたりと楽しげに遊んでいる姉妹に頬が緩む。
ツバキは子供が好きな方ではなかったが、こうして懐かれると可愛く思える。
二日酔いで寝転ぶ花畑もなかなかに気持ちがいい。
たまになら、これも悪くないかもしれない。
そんなことを思いながら、うつらうつらと、微睡みに落ちてゆく。
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一時間ほど、そうしていただろうか。
ツバキの心地よい時間は、大きな音によって邪魔をされた。
寝起きのいい方ではないツバキが、カッと目を見開く。
大きな音が聞こえた。
その音のする方へ目を向ける前に、ツバキの身体にしがみついてくる姉妹がいた。
フッと顔を見ると、酷く不安そうな顔をしている
ルルゥなど、その大きな瞳に涙まで浮かべている。
聞き間違いではなかったのだ。
あの大きな音の、姉妹を怯えさせた音の正体は、
「花火、、、いや、明らかに破裂音だっ、、、!」
ツバキは村の方をジッと見つめる。
林の向こう、村のあたりから黒い煙が上がるのが見えた。
村に戻らなければ。
そう考える頃には身体が走り出そうとしていた。
しかし走り出せない。
姉妹が不安を隠せず、ツバキの手を握っている。
何が起こっているのかわからない。
この姉妹は連れていけない。
ツバキは優しく手を解き、姉妹の頭をいつも通りにわしゃわしゃと撫で回す。
「大丈夫だから、ここに居るんだぞ。
様子を見たらすぐに戻ってくる。
いい子に待ってるんだぞ?」
逸る気持ちを押さえつけ、捩伏せ、精一杯に優しく告げながら、手で待つようにジェスチャーを送る。
抱き合いながら頷く姉妹に笑いかけると、ツバキは走り出した。
大人の足で走れば三分とかからずたどり着く。
ツバキは獣道を駆け抜け、自分の家の脇に抜け、村を見た。
目を見開き、息の詰まる光景が広がっていた。
燃える家
踏み荒らされた畑
逃げ惑う人々
そしてその惨状は、たった四人の人物の手によって起こされていた。
真っ白なローブを纏い、フードを被り顔すらもわからない。
そんな正体不明の四人によって起こさないていた。
逃げ惑う女性を、背後から短刀で斬りかかる。
直後、鮮血が吹き出す。
そのすぐ脇で、また破裂音がする。
爆弾だ。
ツバキは何が起きて居るのかわからなかった。
しかし、このままにして置けなかった。
初めて人を殴ったあの時と同じ、ツバキには到底見過ごせない光景だった。
ツバキは走り出していた。
村の中央にある畑まで駆け抜け、農作業に使う1mほどの長さの角材を手に取った。
そこから一番近いローブの男は、今まさに倒れた男性の背中に短刀を突き立てようとしている。
ツバキは全力で駆け出し、一気にローブの男との距離を縮める。
ツバキの接近に気付いたローブの男は、短刀を突き立てる直前でツバキに振り向き手を止めた。
「何し腐らしとんのだごらぁあぁぁ!!」
ツバキを見るローブの男の額に、容赦なく角材を振り下ろす。
倒れ込んだローブの男の腹を蹴り上げ、身体を転がし、短刀を握った手を思い切り踏みつける。
手の甲の骨がひしゃげる音がした。
そのやり取りを見ていた別のローブの男が走ってくる。
ツバキが狙われる。
好都合だった。
他の村人が襲われるのをみるくらいだったら。
「かかって来いや、カスがぁ!!」
自分目掛けて走ってくるローブの男に、ツバキは吼えた。
角材を肩に乗せながら吼えるその様は、まさに漢気溢れるチンピラそのものだ。
ローブの男は懐から何かを取り出しながらなおも向かってくる。
懐から取り出した何かを投げるローブの男。
ツバキはその正体に気付く。
「爆弾か!」
村に到着した時に見た爆弾と同じだ。
そう判断したツバキは三歩ほど右に走り出し、爆心地から離れながら飛び込むように転げて距離を取った。
爆弾自体さほど威力は無いようでツバキはなんとかその脅威から逃れた。
しかし、身体を起こそうとしたところをローブの男に馬乗りになられる。
ローブの男がツバキの首を手で締め上げる。
このままじゃやばい。
そう判断したツバキは、なんの躊躇いもなく男の目を指で突く。
咄嗟にローブの男が仰け反ると、ツバキも上半身だけ起こし、フードを鷲掴みにする。
そのままフードを力任せに引き寄せながら、顔面に頭突きをする。
鼻が潰れる音がして、ローブの男が呻き声をあげる。
そのまま、二発目の頭突き。
バキッと鈍い音がして、ローブの男は前歯を吐き出しながら倒れ込んだ。
「俺の頭ぁ、硬いんだわ。
覚えとけや。」
ツバキは吐き捨てる様に言った。
ローブの男を跳ね除け、ツバキは立ち上がる。
あと二人。
その2人を追って、村の北側へ走る。
その時、悲鳴や鳴き声、叫び声に混じって微かに三連符がツバキの耳を掠める。
聞き覚えのあるこの音は、あの馬の様な生き物の足音だ。
それに気付いたツバキは、村の入り口に目を向ける。
聞き覚えのある足音を立て村に走り込んで来るそれに跨るのは、純白の騎士服を身に纏い剣を握った男だった。
騎士だ。
あれは間違いなく騎士だ。
あれが騎士じゃなきゃ、どれが騎士だ。
助けが来たのだとツバキは安堵する。
駆け抜けてくる騎士。
そのままツバキの横を通り過ぎて、ローブの男達へと向かっていく。
そして、ローブの男達の前に降り立つと、
村人を切り捨てた。
ツバキの壊されたくないものが、また一つ殺されてゆく。




