8.人工恥能
「科学の発達は日進月歩。そんな中で今のトレンドといえばスマートスピーカーさ」
「ああ、あの。CMとかでも見るよ。話しかけるだけで曲をかけてくれたり、天気やニュースを教えてくれるっていう」
「そう。それ。AI搭載のスピーカーな。そも、AIとは人工知能のことだ。学習することを売りにして作り出した。そして本当の『知能』と呼べる物になるまでは多くの研究と遙かな時間がかかる。今のAIは単なる情報集積をプログラミングで取り出しているだけで、とても『知能』と呼べる代物じゃあない」
「うん。ほんで?」
「でもやっぱり憧れるだろ。人の手で作られた知能ってやつは。なので作ってみた」
「は?」
「作ってみた」
取り出しましたるは白くて小さい正方形の箱。その表面はランダムにチカチカと光って・消えてを繰り返していた。
「え? スマートスピーカー作ったの? 自分で?」
「いや、そんなに大層なもんじゃないよ。なんせ個人作業だから。軽い会話が出来る位の簡単なプログラム組んでみたのよ」
「いやぁ、それでもすげぇよ。どうやるんだ? 単に話しかければいい?」
「まず『愛してるよ、笑子』って声がけして、『おはよう!』って話しかけると」
【お・は・よ・う♪】
「って返ってくる」
「笑子ってお前の姉ちゃんじゃねえか。声も」
「オレの周りの女性って言うと姉ちゃんくらいだからな。母ちゃんの方が良かったか?」
「いや、お姉さんを選んだのは英断だった。でも、なんか、声が色っぽすぎるような」
「サービス精神とか言ってなぁ。夜の水商売してる奴はこれだから……」
「居酒屋バイトの夜シフトを風俗嬢みたいに言うな」
だが内心、声だけ聞くと風俗嬢ぽいなと思っていた。
「まあちょっと試してくれよ。これでも学習型だから、会話の内容を覚えて好きな物の情報とか興味のあるニュースとか教えてくれるようになってるんだ」
「何気に凄いな。じゃあ、『愛してるよ、笑子』」
【うっふん♪】
「ちょっと待って。照れる。呼び声の『愛してるよ』もそうだけど、友達の姉ちゃんを呼び捨てって凄い……なんか……困る!」
【大丈夫。わたしがリードしてア・ゲ・ル♪】
「今のは『困る』に反応した返事だな」
「いちいち艶めかしいな……」
「いいから続けて。ほら言って。『愛してる』って言ってあげて! 連呼して!」
「しねえよ。必至だな。何がお前にそうさせる……」
「俺も研究費用を無駄にしたくないんだ。有り体に言えば、かかった費用を回収したい。これを使って一儲けしたい。そして有名になって承認欲求を満たしたい。ただそれだけのことさ」
「強欲だな!
まあ、いいか。あー、『愛してるよ、笑子』」
【わたしもよ♪】
「あー、んー、何を話したらいいものやら」
【何でもいいのよ】
「そうだなぁ。じゃあ、面白い話題がないか調べてくれ」
【いいわよ。でも、まずはあなたの話が聞きたいわ】
「俺の? アカウント登録ってやつかこれ?」
【いくつか質問に答えてもらえるかしら】
「ああ、はい、どうぞ」
【年上が好きなんだって?】
「何仕込んでんだお前!」
「たまたまだよ、たまたま。ランダムトークだから」
「本当かね……まあ、年上好きっす」
「答えるんかい」
【うふふ……かわいい♪ どんなところが好みなのかしら】
「包容力って言うか、うーん、背伸びしてるんじゃなくて、自然と大人びてる……なんだろう。余裕? そういうの、格好良いっていうか」
【そんな風に見えてるんだ。あ・り・が・と♪】
「いやいや、笑子さんにお礼言われるようなことじゃ」
【やんっ。笑子って呼んで♪】
「呼び捨ては、どうも、気恥ずかしい」
「え~、いいじゃない。呼んでみて。はい、え・み・こ♪」
「え、えーみ~……ダメだぁ! 意識すると恥ずかしい!」
「最初は言ってくれたじゃなぁい。『愛してるよ』って。『笑子』って」
「それは起動音だからであって…………ふはぁ、照れる! すげえな、本人と話してるみたいだ。最近の合成音声ってこんなに凄いのか?」
「いや、本人後ろに居るやんけ」
「はぁ? …………はぁーーーーーーっ! 本人居るやんけぇーーーーっ!」
背後からマイクを持ったご本人の登場である。また、髪を掻き上げた右の耳にはイヤホンも付けられている。そして男の隣に座ると、抱き添うようにして身体を寄せ付けた。
「『愛してるよ』、はい」
「いやいやいやいや、むりむりむりむり」
「じゃああとは若い二人に任せて、僕ぁしばらく出かけてきますわ」
「お、おい、置いていくな! ちょっと、こ、困りますぅっ。
これって初めから……おぉい、人工知能はどうしたんだ!」
「そんなもんホイホイ作れるか。まあ、予算は手に入ったんでボチボチやりますがね」
「友達を売ったな――あふん。あっ、やめてっ――――」
「お幸せに。グッドラック!」
科学に犠牲は付きものである。
だがまあ、今回の件は割れ鍋に綴じ蓋。うまい具合に丸く収まることであろう。
めでたし めでたし。