5.おどってみた
居間の方でなにやらどったんばったん音がする。聞き覚えのある曲もかかっていたので踊ってるんだろうなと勘付いてはいたが、案の定であった。テーブルを端に寄せて広さを確保し、セーラー服姿で踊っていた。
母が。
「あー痛たたたたたたー」
妹だと思っていたのに予想外のこの仕打ち。あたしが膝から崩れ落ちるのも無理からぬ話だろう。
「はー、はー。あらお姉ちゃん。どうしたの?」
汗だくで息も絶え絶えの母が訊ねてくるが、聞きたいのはこちらの方だ。何をトチ狂ったらいい歳してコスプレダンスなんかし始めるのだ。
「――なにやってんのお母さん」
「お父さんも長いこと海の上だから暇でしょう? だから、ビデオレターっていうの? 家族の姿を記録して送ってあげようと思って」
「いかれてんのかオカン」
ビデオレターは良いよ。近況報告は大事だよ。でもそれがなんでコスプレダンスになるのよ。
疑問を素直に口にすれば、「こういうのお父さんが好きだからよ」と最も聞きたくない答えが返ってきた。死にたい。親の生々しい性生活の一端を知ってしまった。マジ死にたい。
加えて今時の曲をBGMにダンスって。コレが正気の沙汰ですか。
「そーこーはー――柚子ちゃんプロデュースよ」
「イェーイ」
いたのか妹ぉっ! カメラ回してないで止めろよそこはっ!
「まあまあお姉ちゃん。落ち着いて。こういうのはね、インパクトっていうのが大切なのよ。ほら、動画サイトとかで『踊ってみた』っていうのがあるじゃない。あれなのよ。ただのビデオレターじゃつまらないからさ、こういうサービス精神って必要だと思うの」
などと妹がのたまう。
インパクトね。そりゃあ、あるだろうよ。実の娘が度肝を抜かれるくらいだ。二児の娘を持つ経産婦がセーラー服着てボカロミュージックを背景に踊ってたらそりゃあ衝撃的だわよ。
「大船に乗った気で任せなさいって感じよ。船乗りだけに」
うまくないからな。
「柚子ちゃんに手伝ってもらって、ユーチューブにもアカウント登録したのよ」
「やめろぉぉぉっ!」
近所の人に見られたらどうする気だ! 明日から生きていけなくなるぞ! 少なくとも学校には通えない。世間の嘲笑に晒されながら生きるのは辛すぎる。
「いいからお姉ちゃんも手伝ってよ。お母さんの衣装なんだけどさ、ニーソとパンストとどっちが良いか迷ったんだよねー。白ストはあざとすぎ?」
「ジャージでも着てなさいよ」
「ははは、ワロス」
お前染まってんな! ネットのダメな部分にズブズブじゃねえか!
「ねー、柚子ちゃぁん。このマスク取っちゃダメぇ? お母さん、息苦しくって」
「いいよいらないよ。正直あってもなくても顔バレバレだし」
「ダメだよ! 必須だろうがよぉ。むしろ馬のマスクとか被ろうよ!」
「あー、それな! ははは、あるある。でもこれビデオレターだからねー」
じゃあ動画サイトに上げようとするなよ! 素顔、ダメ、絶対!
「ちなみに次わたしがスク水で踊るんだけど、お姉ちゃんバニーとチアならどっちがいい?」
「脳みそ腐ってんのかお前」
「2バージョン撮る?」
「聞けよ。撮らねえよ」
「その場合、お姉ちゃんのシーンは先日同級生の男子にフられて泣いて帰ったバージョンになります」
「踊るよド畜生がぁっ!!」
学校違うのにどうやって撮ったんだそんなもの! って、再生すんな! うわー、本当に撮ってる! やだー、胸が痛いー、やだー!
「バックアップがカナダのサーバーにあるからね」
先手を打って姉を脅すな。消さないから。もう諦めたから。
くそう、サイバー世代の申し子め。デジタル人間め。人の心が無いのか妹よ。
「動画のシリーズ名は『三姉妹で踊ってみた』かしら」
「図々しい! しれっと姉妹枠に収まろうとする母の神経が図々しい!」
「長女の美和子でーっす。ぶいっ!」
「長女はあたしだよ!」
「えー、しょうがないなぁ。じゃあお母さんは次女?」
「違う。そうじゃない。そういうことじゃないっ!」
「お母さんもお姉ちゃんも、いい加減にしてよね。早く動画撮っちゃおうよ。編集にも時間かかるんだから」
「柚子、あんた動画の編集までやる気なの……どんだけよ」
「編集の担当はおばあちゃんだよ」
「どこまで身内巻き込んでるのよ!」
こうして出来上がった動画は父のもとへメールで送られ、世間の目に触れることだけは阻止することが叶った。
――と安堵したのも束の間。
船員達にも好評だったよと自慢げに報告してきた父のメールに気を良くした母は、『SengokuXX』のアカウント名でネットカフェから動画を投稿、世界に恥を晒すという暴挙に出た。
身内の動画が流出したら自分が疑われると何故思わなかったんだ!
こうしてあたしの戦いは始まった。目的は動画ファイルの根絶。敵はWWW。
ネットの海は広大だわ。それでも、駆逐してやる! 一つ残らず!
姉もアニメオタクの困ったちゃん、と言うオチ。