4.ねこまた
庭先で物音がするなと思って確認に出ると、従妹の花梨が変な格好で地面を転げ回っていた。服こそ白のワンピースだが、頭には黒いネコミミ。ああいうカチューシャなのだろうか。そして腰元には黒い尻尾(?)のような物を付けている。見た感じでは尻尾なのだが、何故か二本あるのだ。
「なにやってんだお前。それにそのー、なんだ。コスプレって言うの? 人の趣味に口出しなんかしたくないけど、田舎でそういう格好してると、目立つぞ。悪い意味で」
「シャー! 出たにゃヤスヒト。ミケの恨みを思い知るにゃ!」
花梨は器用な事に髪を逆立てて怒りを前面に出し、こちらへ襲いかかってきた。しかし悲しいかな、男子高校生と女子小学生の体格差では勝負にならない。避けるまでもなく受けとめて、抱きかかえて無力化する。
「やめるにゃ、離すにゃヤスヒト!」
「康仁『お兄ちゃん』、な。あんまり口が悪いとおばさんに言いつけるぞ」
いつもはこんな風じゃないんだがなー。何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか。
「おのれヤスヒト! ミケの墓石を壊しただけでは飽きたらず自由まで奪う気にゃ!」
上半身を押さえられた花梨は足をばたつかせて必死の抵抗を見せていた。正直なんて事もないのだが、念のため自分の太股で花梨の足を挟み込んで押さえつける。
「墓石ねぇ。うーん。最近何かしらあった石というと、柿の木の下に置いてあった汚ねぇ石のことか?」
「汚ねぇ言うにゃ! ミケはお前らの先祖の代から鈴村家を守護してきた守り神なのにゃ。そのミケの霊験あらたかな墓石に対してなんたる仕打ち! 祟るにゃ! ヤスヒト祟るにゃ!」
「へー。そんなことよく知ってたなぁ。婆ちゃんに聞いたのか?」
素直に偉いと思ったので頭を撫でてやる。わしわし。
「うあー、やめるにゃ! 気安く撫でてんじゃねーのにゃ!」
おや? このネコミミ、継ぎ目がないな。カチューシャではないぞ。ウィッグってやつか? こういうネコミミの付いたウィッグってのがあるのか?
「み、耳をこねくり回すにゃー!」
「おっと、ごめんごめん。つい気になっちゃってな」
そして気になるついでに言わせてもらえば、今現在、毛が逆立ってるこの二本の尻尾はどうなってるんだ。さっきから揺れたりピンと伸びたり、まるで本物の尻尾のようだ。二本あるけど。
「毛並みも良い。本当良くできてるな」
「あっ、ふぅっ、ししし尻尾はいかんにゃ。貴様どこ触ってくれとんのにゃ」
「これどこにくっつけてんの? 服に縫い付けてるわけじゃないよな。んん? あれ、これもしかして」
「おぉほぉぉぉ、き、きさ、どこ触って……」
おかしいなコレ。尾てい骨の辺りから出てないか? ええ? 本当にどうやってくっつけてんのコレ。
まさかパンツ下ろさせて確かめるわけにもいかないので念入りに触って確かめる。押し込んだら取れないかと思ってグリグリしてみたが位置がずれる気配すらない。
「んなぁぁぁぁおぉ……んなぁぁぁぁおぉぅぅっ……」
「すごい声出してるな。マジもんの猫娘みたいだぞ」
「ど、どっからどう見ても猫娘じゃろがい!」
「ははははは」
「なに笑っとんじゃにゃー! フシャーっ!」
こいつはいよいよ本格的だ。この歳でここまでなりきり猫ごっこが出来るなんて。いや、逆に小学生くらいの方が恥じることなくごっこ遊びが出来るんだろうか。
「話にならんにゃ! こいつこんなにアホだったのかにゃ! 祟るにゃ! 祟り殺してやるにゃー!」
花梨が叫ぶと、その頭の先から涙目の猫の霊が逃げ出て行った……気がした。実際に目に見えたわけじゃあないんだが、そう感じた瞬間、頭のネコミミも尻の付け根から生えていた尻尾も、きれいさっぱり消えて無くなったのだ。
「墓石って言ってたか……なんか、悪いことしちまってたんだなぁ」
「えぇ~、なんでぇ? なんでお兄ちゃんに抱きしめられてるのぉ?」
おっと。言われてみればこの体勢、熱烈に抱きしめているようにも見えるかな。実際には羽交い締めなんだが。
この反応はいつもの花梨っぽいな。先程までの花梨は花梨じゃなくて自称守護霊の猫の魂が取り憑いていたということか。そんなことがあるものだろうか。でも実際ネコミミも尻尾もさっきまであって、今は消えているわけであって……うーむ、試してみるか。
元尻尾の付け根辺りに手を伸ばし、再びグリグリする。ちょっと強めに。グリグリ。
「あひゃぁぁぁっ! なんでぇ? なんでぇ?」
うむ、反応に明確な差がある。さっきまでの猫っぽい花梨は本当に猫だったんだ。
ただの小汚い石と思っていたものがまさか墓石であったとは。でもあれはもう砕いてセメントに混ぜちゃったからなぁ。代わりのものを用意して許してもらうことにしよう。
「なんでぇ? グリグリなんでぇ?」
後日。
「祟るにゃ! ヤスヒト祟り殺すにゃ!」
猫娘再び。今度は涙目だ。
おかしいな。立派な大理石の石碑を建てて奉ってやったというのに。サイズか? サイズが小さかったのが不満なのか? でも大理石って高いんだぞ。
「馬鹿が余計なことしてんじゃねーにゃ! 『ミケの墓』にしとけばいいのに、大理石に『屋敷神奉』なんて立派な字で掘るから格上の守護霊に乗っ取られたにゃ!
うおぉー、近づけんのにゃ! 霊的な壁に遮られるにゃ!」
霊媒師の方に助言を頂いたところ、強力な動物霊の怒りを買って何気に命の危機らしいのだが、それにも増して今の守護霊が強いもので全く心配要らないらしい。
「祟るにゃ! ヤスヒト祟り殺すにゃー!」
俺自身は心配要らなくても従妹がこの調子じゃ正直困るのだが。更に何が困るって、この状況がちょっと楽しくなってきている自分に困る。普段の花梨と相まって、この猫娘のぽんこつぶりが可愛くなってきた今日この頃である。
「いやー、まいったまいった。ははははは」
「なにをのんきに笑っとるんにゃ! 祟り殺すにゃーーーっ!!」