31.ビエログリフ
遙かな未来、どことも知れぬ星の地中より、一枚の石版が掘り起こされた。
それは、発見された土地の名にちなんで、ロゼリア・ラピスと呼ばれた。
石板には三種類の文字体系で文章が刻まれていた。しかしそれが何を表しているのか、なぜ三種類に分けて書かれているのか、長く結果が出ることはなかった。
そしてどれだけの時が過ぎたか、遂にそれが記す言葉を解読する者が現れた。
切っ掛けは、遠く離れた銀河の小さな惑星にあった。豊かな緑と豊富な水に恵まれたその惑星には地下に知的生命が残したとしか思えない都市が築かれ、滅びていたのである。
その地下を探索し、残された資料から、石版に書かれたものと同じ文字体系を発見した。
だが解析にはそれなりの時間を要した。何故ならば、石版に刻まれた文字体系は三つではなく、四つだったのだ。そして、その全てが一つの地域で母国語として使用されていた。
ひらがな、カタカナ、漢字、そして英数字と呼ばれる四つの文字体系。それらは総称して『日本語』に分類されていた。
歴史的発見は他にもあった。
石版など使うような文化レベルとは思えない、と考えた調査員が移籍内部をくまなく調べたところ、とある巨大なネットワークの痕跡を発見。その接続先を調査したところ、なんと一部の記録媒体が読み取り可能なレベルで現存していたのだ。
さらに、かつての文明人は数カ所に同じデータのバックアップを残していた。そして、それらバックアップデータの解読可能な箇所を寄せ集めることで、謎の古代文明が残したデータを復元することができたのだ。
遺跡には英数字でこんな文字が書かれていた。
『Am※z※n』そして『Kind※l※』と。
◆
「なんてことだ!」
言語研究員は天を仰いで驚嘆の声を上げた。
文字列データを見つけ、すぐさま復元。データ的な欠陥・損傷などほぼ無いに等しい。
それは文章データだった。
ある個人の視点から語られる体験記。
辞書を片手に読み進めるようなレベルではない。いくつかの書籍から同じ単語を探し出し、前後の文からその意味を考察する。その困難さたるや。それを一冊分、四百ページ近くに渡って繰り返すのだ。
そうして断片的にだが解析できた結果、驚嘆すべき事実が浮かび上がった。
「異世界への次元跳躍だと────」
この星とは違うどこか。それならば納得がいく。自分達もやっていることだ。
大気圏を突破して地道に移動することもできる。着地点を設置できれば空間跳躍だって可能だ。
だが次元の壁を超えることはできない。
だがこの書籍によれば、高次元の生物・または概念である『神』と呼ばれる存在が一度死んだ人間を異世界──別の時空間へと送っている。特殊な能力を備えさせて。
初めは信じることができなかった。
だが別の書籍でも。また違う書籍でも。事例はいくつでも湧き出るように現れる。
その全てが違う世界への転送。
その全てが異なる高次元生物の干渉。
あり得るか。信じられない。だが書かれている。いくつもいくつも。
この話が本当ならば、この星に生きていた知的生命体は自分達を超える能力を備えていたことになる。
だが、滅びた。
そして地下世界に残った技術は自分達より遙かに劣る。
「この星に何があった…………何が起こったというんだ!」
真面目な科学者が真面目に考察してしまったためにトンチンカンな悩みを抱えてしまった。
ライトノベルの項目から解析を始めてしまったが故の不幸であった。
◆
「できたぞ……復元した。見ろ、これを! 画像データだ。
これは…………旧文明人の姿か? これらは文字だよな。石版に刻まれていた」
「解析班に回せ! 同じ単語が多いな。だが姿絵は様々な角度や距離で描かれている……これが一体何を表しているのか」
「風刺画──というものか」
「だったらいいな。解明されれば文化を知る足がかりになる」
「楽しみだな」
「ああ、全くだ」
『こちら解析班。結果が出ました。読み上げます』
「おっと、流石だな。よし、頼む」
『右上の文字列の塊から順に、結果を読み上げます。
【あんっ、あんっ、あっ あっ あっ あっ やん、すごい!】
【うう、すごい。きついよ。それに熱くって──ヌルヌルだ】
【いやぁ……いじわるしないで……】
【うう、ダメだ! もうっ!】
【お願い! 出してぇっ!】
以上です』
「うーん。どういう意味だ。あん、あんってのは食べ物の餡? 住むところの庵?」
「やすらかって意味の安もあるな。だが音字文節の最後の方に『やん』ってのがある。これは否定を表していたはずだ。しかしそのあとすぐに『すごい』。こいつは並外れてるって意味だよな。矛盾してる」
『凄い、にはぞっとする・気味が悪いなどの意味もあるようです。酷い、に近い意味で。矛盾はしていません』
「なるほど。確かに。描かれている女性の姿も苦しそうだ」
「それで男性側が『きつい』『熱い』か。どちらも状態を表す。特に『きつい』はネガティブだ。そして────あー、『ヌルヌル』ってなんだ?」
『これも状態を表す言葉です』
「意味は?」
『ヌルヌルした状態、だそうです』
「────なるほど」
「まあ、その辺のニュアンスはもっとデータを集めて学ぶ他ないだろう。
続けて女性。『いや』『いじわる』。否定的な言葉だな」
「絵的には辛そうに見えないが」
「そうかな。目の上の線が、こう、くしゃっとなっているだろう。これは眉で、この状態は眉を寄せる、という表現で表せるそうだ。不快を意味しているらしいぞ」
「なんてこった。俺もまだまだだな。
で、結局のところ何を表す一枚なんだろうな」
「分からん。裸の──男女が──苦しそうに──最後のこれは、抱き合ってるんだよな? 女性が男性の背中に手を回して、足でもしがみついている」
『だいしゅきホールド、と呼ばれる行為だそうです』
「ホールド。日本語じゃないな。どこの言葉だっけ」
『イングリッシュで、握る・抱く・拘束するなどの意味です』
「だいしゅきは?」
『シチュエーションに一致する言葉が見つかりません。データ不足です』
「だいしゅきホールド、で一単語なのかもな」
『だいしゅきはひらがな、ホールドはカタカナです』
「あのー、ほら、なんて言ったっけ。漢字かな交じり? とかいう奴みたいな」
「なるほど。石版にはなかったパターンか。あるのかもな。
サンプルが必要だ。もっともっと。データの復元を急ごう」
「了解」
『よろしくお願いします』
真面目腐った顔で復元した画像を凝視し、何かを拾おうと目を皿のようにする。
一字一句を取りこぼさぬよう、何度も何度も繰り返し口にして内容を吟味する。
だが内容を知るものにとっては滑稽だろう。
エロ漫画を必死になって解析しているのだから。
◆
解析には十数年を要した。
それまでの苦労や勘違いは教科書に載ることのない笑い話だ。なにせ、よくあることなのだから。
だが彼らが得たものは大きい。
今回の件で民間人は大きな財産を二つ手に入れた。
一つは想像力の産物であるライトノベル。また、それを筆頭とした娯楽小説。
一つは性欲の産物であるアダルト文化。書籍、動画、それに大人のおもちゃ。
だが同時にこれらは爆弾でもある。
過ぎた娯楽は労働や子育ての時間を奪い、文明を停滞させる。
もしかしたら、彼らが見つけた星の衰退は、過剰な娯楽に原因があったのかも知れない。
過ぎたるは尚及ばざるがごとし、である。
ラノベもエロスもほどほどに。
これにてビエログリフ全31話完結です。
ご愛読ありがとうございました。