29.のぞき屋家業
ある日のことである。
とある温泉宿でのぞきが見つかった。
捕まった、ではなく、見つかった。つまりはまんまと逃げおおせたと言うことである。
これは若い女性の裸体をのぞくことに魂を燃やす、一人の男の物語。
◆
のぞき屋平八(仮名)は語る。
女湯は魅惑の園、男の欲望を刺激するパラダイスだ。そんな話は嘘であると。
「あんたまたおっぱい大きくなったんじゃなーい?」
「やだー、やめてよ~」
そんな会話をする女子にはお目にかかったことがない。
大体が愚痴。
彼氏や上司や友達の愚痴。
あと世間話。やばいやばい言ってるのがやばい。
風呂につかったところで、会話の内容に変わりはない。
たとえばスタバで、たとえばマックで、たとえば教室で、たとえば道路を歩きながら。聞き耳を立ててみればよく分かる。話す内容はほぼ一緒。
嘘だと思うやつは、家族に女性がいるなら確かめてみればいい。
女湯に桃色の会話を求めるな。そんなもののためにのぞいているんじゃないんだ。
「では、何故あなたはのぞきを繰り返すのですか?」
平八は答えた。
「そこに裸があるからさ」
◆
のぞきには距離がある。
遠距離。これには電波を使う。つまりは盗撮だ。一昔前はひどいものだったが、今では電波も画像も質がよい。ばれたところでその場にいなければ足も着かない。安全に取れ高が得られる。が、どうにもスリルがない。それだけ満足感も薄い。
中距離。高台に登って双眼鏡なんかでのぞく昔ながらのやり方だ。下手打つとレンズがキラッと光って相手にばれる。でもってすぐさま人が駆けつける。そんなリスクもあるが、見たい位置を狙ってのぞける。だがああいう道具は視野が狭くていけねえ。
近距離。風呂場の付近、もしくは中に忍び込んで直接お目にかかるやり方だ。リスクは高いが得るものは多い。そして間近で見ようと思えば、変装は必須。
言うは易いが行うは難い。
何せ銭湯だ。湯煙の中で若い女性が入ってくるのを待ち、裸体を晒すまで油断させ、身体を洗う時間まで居座る。二つの意味で頭に血が上るし、のぼせ上がるのも仕方がない。
のぞきは一日にして成らず。忍耐力が必要だ。
◆
その日、平八は岩に扮した。
ビニール製だが表面に薄く削った岩を貼り付けることで本物らしさを演出している。ただ、遠目では分からないものの、触るとビニール部分に弾力があるので違和感を感じるし、すぐに偽物だとばれてしまう。そのため一番気を遣うのは設置場所だという。
岩に扮した平八は身動きすることもなくジッと待つ。
熱が籠もるので水道からホースで水を引き身体を濡らすことで長時間の潜伏が可能になるという。
その日はなんと六時間も待った。
熟年層、または年寄りの客が出入りしたものの、若い女性は来なかった。
「そういう日もあるさ」
平八は寂しそうに笑って言った。
◆
またある日、平八はサルに扮した。
野生のサルが入浴すると話題の温泉だったため、場に合わせたチョイスなのだと語る。
そしてサルを見るために遠方から若い女性がやってくるのだ、とも。
先の雪辱戦である。平八はサルのように顔を赤くして待っていた。ウッキーウッキー言いながら心はウキウキだった。
しかしすぐさまばれた。一発だった。
平八痛恨のミス。サルと言い張るには平八のガタイがデカすぎた。
あわや絶体絶命かと思いきや、どこからか取り出した煙玉を投げつけ、現場が混乱している隙に逃走。難なくこの状況を回避。
流石はのぞき屋。伊達じゃない。
なによりその場の誰かが漏らした「あいつ忍者かよ」の一言が忘れられない。
◆
別の日、平八は女装した。
おおよそ女には見えない姿であったが、平八は臆せず女湯へと踏み入った。
傍目にはおっさんにしか見えない。なのに何故そうも堂々と女湯に入れるのか。
「おっさんみたいなおばさんなんてたくさんいるわ。大切なのは見た目じゃないの。ハートと、仕草」
そう語る平八はなんとむだ毛の処理をしていた。女性のような言葉遣い、くねくねとした動き、胸元までタオルで隠す恥じらい。誤解を恐れず言うが、オカマにしか見えなかった。
平八の言う通り、おじさんに見えるおばさんは多い。その日入浴に来た内の何人かは確かにおじさんにしか見えなかった。
平八が粘りに粘った八時間。誰にもばれず、誰からも責められず。
しかし若い女性は来なかった。
◆
のぞき屋にも息抜きは必要だ。
のぞきとは関係なく、純粋に湯船を楽しむ時間が。
そんなとき、平八は男湯に入る。が、取材の都合でこの日は混浴に入ってもらった。
女性の裸が見たいのであれば混浴でも良いのではないか。
しかしそこには平八なりのこだわりがあった。
「混浴だからこそ、マナーが必要だ。湯船に入る男女が、お互いの裸をじろじろ見るなんて、失礼だろう?」
なるほど。マナーか。
のぞき屋に混浴のマナーを語られるとは妙な気分であった。が、その言葉は正しい。
それからしばらくして、若い女の子が入ってきたが、言葉の通り平八は彼女達にヨコシマな視線を向けることはなかった。
まあ、若すぎたせいとも言える。お父さんに連れられたお子様であったのだ。
「まあ、混浴だ。妙齢の女性が来ることはそうはないさ」
そう話す平八は、しかし少しだけ残念そうでもあった。
◆
平八が見つからない。
事前に打ち合わせた温泉宿の湯船に入ったはずだった。しかしそこに平八の姿はない。
今回は何に変装しているのかも聞いていない。
彼は本当にここにいるのだろうか? 探せども探せども見つからないので不安になる。
ひょっとしたら取材に飽きてしまったのか。一緒にいられてはのぞきに身が入らないとでも?
いいや、これは彼からの挑戦状だ。
見つけてみろと、そう言っているのだ。
そう思うことにした。
隅から隅まで、壁も天井も触って確かめたが違和感はない。いつかの岩に変装した時とは違うのか。
お湯の中だろうか。忍者よろしく、水遁の術でも使っているのではないかと。だが見当たらない。
空は? 空には────ないな。雲の他何もない。
まさか近距離でののぞきはやめて中距離・遠距離に宗旨替えか? 彼にはこだわりがあった。それは本物であったように思う。だからこそ彼に取材を申し込んだのだ。まさか、はないと信じたい。
平八が見つからない。
彼はどこへ。本当にここにいるのだろうか。
◆
平八は満足していた。
のぞき屋は好みの裸を見られるとは限らない。無駄足になる日の方が多いくらいだ。
だがここ最近は取材と称して若いお姉ちゃんと一緒に長風呂していられる。
今も、タオル一枚着けた格好で右往左往して自分を探している。身体を伸ばしたり、かがんだり、その拍子に嬉しい光景が見えることもある。
たまらんなぁ。これぞのぞきの喜び。
心の中で快哉を叫ぶ。
平八は居た。確かにその場にいたのだ。
ではどこに?
奇しくも水遁の術は当たっていた。外れていたのは、取材者の彼女が昔の忍者のように竹筒を水中から出して呼吸しているようなイメージを持っていたことだ。それに加えて、そのお湯は濁り湯だった。隅から隅まで確認することは用意ではない。
そして現代の水遁に竹筒は必要ない。潜水技術が発達した今、酸素ボンベが一つあれば事足りる。
平八が用意した酸素ボンベは十リットル。小型のもので、毎分の呼吸量が一リットルであれば十分程度しか保たない。それをわずかに三本。
しかし特殊な呼吸法によりその三十分を二時間にまで延ばして見せた。実に四倍の潜水時間。
その間、平八は彼女の痴態を堪能した。濁り湯から、どのようにして? その回答は内視鏡レンズ。小型にして高性能。レンズを出して周囲を確認、彼女の視線があらぬ方を向いている時に眼の高さまで浮上して肉眼で素肌を堪能していたのだ。
これぞのぞき屋。平八が長年研鑽し続けてきた技術。
◆
こうして私ののぞき屋取材は終わった。
のぞき屋の手口を綴った記事の反響は高く、多くの女性の防犯に役立つことを願っている。
なお、取材中の一切合切を証拠として当局に提出したところ、平八はあっさり逮捕された。私の裸を盗み見た罰だ。彼にはしっかりと反省して欲しいものである。