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28.ヒトミにココロ奪われて

 西暦20XX年、世界は核の炎に包まれた。

 だからって別にどうしたわけでもないが、放射線がアレしてコレして、人類の視力は劇的に下がった。子供の頃から視力は0.7を下回り、必然、メガネをかけるようになった。

 老若男女を問わず、人種に構わず、国境を越えても同じく、全人類がメガネをかけている。

 そうした時代が長く続き、いつしか裸眼は恥ずべきものとして認知されることとなった。

 メガネを外す時、それは洗顔の時、入浴の時、就寝の時。

 誰かの前でメガネを外すことは下着を脱ぐことに等しい。


 この時代、メガネとはセクシャルの象徴であるようだ。


「おい、見たかよC組の折原。レンズがチョー薄くて透明度が(たけ)ぇーのなんのって」

「見た。スゲーよな。虹彩の模様まで見えそうじゃん。あんなの裸眼と一緒だよ」

「あー、たまんねー。あんな瞳で見つめられてぇ~」

 成長と共に酷使された眼から視力は落ちる。高校生ともなれば瓶底のような分厚いメガネを付けているものがほとんどだ。また、裸眼を恥ずかしいと感じるものが多く、レンズに色を付けて瞳を隠すことは当然となっていた。

 つまり、薄くて透明度の高いレンズとは、巨乳が胸元を大きくさらす事に等しい。すなわちセクシーアピールである。同姓や大人達からは破廉恥であるとそしられる一方、異性にとっては強い性を感じさせることとなる。


「それに比べて────見ろよ、星原のあのメガネ」

「なー。あれはねえよ」

「あそこまでいくとわざとらしいって言うかさー。誰もお前の瞳なんか見ないっての」

 同じクラスの男子生徒から陰口をたたかれる少女。星原ヒトミは、これでもかという程分厚いレンズを太い黒縁で囲ったメガネをかけ、さらに長く伸ばした前髪で覆うように隠している。背の低さも相まって、同性からも「ちんちくりん」「トロ子」などとバカにされる根暗な少女だ。

 いつだって伏し目がちで、人の目を見て話そうともしない。その物静かな大人しさも相まって、バカにされても言い返せない彼女は誰からも下に見られていた。そうして長年過ごす内に本人もすっかり内向的な性格になってしまい、気弱な性格にも拍車がかかってしまった。


 学校一の美少女である折原ココロと、最底辺に生きる星原ヒトミ。

 二人が親友同士である事実はあまり知られていない。


 ◆


「ヒトミ。お願いよ、もっとクリアガラスなメガネを付けて!」

「や、やだよ、そんなの恥ずかしいし」

「でも、あたし、もう我慢できない。ヒトミみたいな可愛い子が、あんなバカ男子達に悪く言われてさ。見返してやりたいよ」

「可愛いのはココロちゃんだよ。今日だって、噂されてたよ。スナオちゃんの瞳を覗きたいって。見つめ合いたいって」

 聞かされたココロは眉根を歪めて唾を吐き捨てる。

「気持ち悪い。あんな馬鹿共と見つめ合うなんて、誰がするもんですか」

 この時代、見つめ合うという行為は、親類や同性であれば親愛の証、異性であれば愛の囁きに等しい。

「うん。本当、ココロちゃんは可愛いんだから、自分を安売りしちゃダメだよ? メガネだって、もっと色の入ったレンズか、ミラー式の透けてないのにした方が良いよ」

「やーよ。だって、可愛くないんだもの。折角大きくてつぶらな眼に生まれたのよ? かくして生きるなんてもったいないわ」

 そう言うとココロはヒトミの前髪を上げ、そのメガネを奪い取ってしまった。

「やだ! やめてよココロちゃん」

 顔を隠そうとするヒトミの腕を押さえ付け、自分がかけていた透明のメガネをかけ直してやる。

「ほら、可愛い」

 露わになったその両の眼は、ココロよりも更に大きく、瑞々しく潤んでいた。

 賞賛の言葉は嘘ではない。ヒトミの顔の造詣は控えめに言っても美少女と呼んで差し支えない。

「もぉ~。やめてよ。恥ずかしいってば。ねえ、返してよぉ」

「だーめ。いいじゃない、あたししか見てないんだし」

 そう言うとココロは予備に持っていたフレームの小さなメガネをかけ直す。

「ひゃあ、何そのメガネ! か、隠し切れて無いじゃない!」

「へっへー。セクシー?」

 挑発するようにフレームを揺らしてみせると、ヒトミは見てはいけないものを見てしまったかのように顔を赤らめて眼を覆う。小さなレンズのメガネは相対的にその瞳を大きく見せる効果がある。ただでさえ大きなココロの眼が更に大きく映えて見え、瞳の心を揺さぶる。こんな姿をクラスの男子達に見られてしまったら襲われてしまうのではないかと不安にも感じていた。


 ココロは親友の讃えられるべき容姿をもっと広めたいと思っていた。

 しかし、彼女が美少女であると言うことを自分だけが知っている、そのことに喜びも感じていた。

 二人で並んで歩き、自慢したい。この美少女があたしの親友なのだ、と。

 だがいつまでも自分だけの親友でもいて欲しい。

 ココロの中で、いつも二つの感情が葛藤していた。


 ◆


「旅に出よう」

 家で二人きりの時、ココロが突飛もないことを言い出すのはいつものことであった。だが今回は真剣な雰囲気で、無碍にするのも気が引けるヒトミ。

「…………なんで?」

 一応理由を聞く辺り人が良い。

「ヒトミはオシャレして学校に行くのは嫌なんでしょ? でもあたしはヒトミの可憐さを世に解き放ちたいの。

 なので、知合いのいない遠くでなら良いんじゃないか、っていう、折衷案」

「い、いやですぅ」

「旅の恥はかきすてって言うでしょ」

「サギは立ちての跡を濁さずとも言うよ?」

「玉磨かざれば器を成さず。燻らせるのはもったいない」

「石に灸、犬に論語、馬の耳に念仏だよ。わたしがメガネを替えたからって何にもならないし、恥ずかしいだけなんだから」

 頑なである。筋金入りの根暗女は自分の素顔を信じきれない。どうせ傷付くならやりたくないと消極的である。

 これは一計を講じねばと珍しくウンウン頭を悩ませるココロ。しかしたまにしか使わないのでアイデアは出ない。


「よし。飴をあげよう!」

 ペッカリと輝く阿呆なりの腹案。


「子供じゃないんだから……」

「いや、甘い飴ちゃんじゃなくて、ご褒美・メリット・見返りを用意しましょうという事ですよ」

「旅行は良いけど、オシャレはしないよ?」

「そこは妥協しましょう。ハードルも下げるよ。写真一枚だけ撮らせて」


「……………………」

 ちょっと考える。


「いやいやいや。写真一枚でも十分やだよ!」

 例えるならば、露出の多い格好で旅先を歩くのと、スカートをたくし上げながら写真を撮るのと、どちらが良いか迫るようなものである。

「大丈夫だって。ちょっと匿名で学校の裏掲示版にアップするだけだから」

「それイジメだから!」

 ココロの考えたイメージアッププランはヒトミ基準で許容範囲外であった。地味系女子にちょいエロ画像のアップロードは難易度が高すぎた。

「お礼にあたしの勝負メガネあげるから!」

 取り出したのはレンズの小さなモノクル。今では実用性に乏しい片目用のオシャレメガネだ。

「使う機会が無いから!」

「とっておきだよ! 滅多に買えるもんじゃあないよ! さあ、レッツ・ウェア!」

「着ぅけぇなぁいぃ、からっ!」


 断られて、残念だったのか、ホッとしたのか。

 二律背反の気持ちに悩むココロの挑戦はこれからも続く。

 書き終わってから思ったけど、「メガネ外したら美人」って超ありふれてるなぁ。

 メガネの時代であればドエロい話になってたはず何だがなー。

 残念だなー。

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