3.罰ゲームにはケツバット
幼なじみとは良いものだ。歳が近くて気兼ねなく話せる相手というものは。
一時期、思春期とかいう一過性のなにやらのせいで距離を置いてしまったこともあったが、それも今となっては良い想い出だ。
隣同士の家で生まれ、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学、同じ高校。それからまさか同じ大学にまで進むなんて。一つ違いなので流石にクラスまで同じとはいかなかったが、それくらいで俺達は丁度良かったのだろう。
まあ、流石に通学のため引っ越したアパートで隣同士になった時は驚いたが。知ってて追いかけてきたのかと思った。あれ、こいつ俺のこと好きなんじゃね? みたいな期待もしてしまった。兄妹みたいに育ってきたから「それはない」と分かっているけれど。そういうことを考える度に「男って馬鹿だよなぁ」と思ってしまうのだ。俺のことだけど。
今日も今日とて俺の部屋に押しかけ、一緒にテレビゲームで対戦して遊んでいる。もちろん手加減などしない。わざと負けてやるのはなんか違う。向こうもそんなこと望んでない。だからこそ気兼ねなく遊べるのだ。
しかしだ。やり過ぎは良くない、
勝ちが過ぎたか。俺の隣に座り、不機嫌で、無言。これにはちょっとした凄みすら感じる。有り体に言うと怖い。
でもなぁ。ご機嫌取りのためにわざと負けるのはなんだかなぁ。違うんだよなぁ。
「あー、ダメだ! 勝てない!」
「そりゃそうだ。俺がどれだけやり込んでると思ってるんだ。たまにコントローラー触るだけの奴に負けてたまるかよ」
「調子に乗って! 憤懣やるかたないな! もう少しで勝てそうなんだけどな!」
「いやいや、澄子には無理だって」
「思うに、気合いが足りないんだと思うんだよね。気合いというか、危機感? よし、十回負けたら罰ゲームにしよう」
何故そうやって自分を追い込む。
「何が良いかな。修ちゃんは何されたら嫌?」
「別に何でもいいよ。負けないし」
「余裕だね! だがその態度、いつまで保つかな。くくく。そうだ、罰ゲームといえばアレだな。ちょっと待っててよ」
そう言うと澄子は止める間もなく自分の部屋へと帰り、すぐさま戻ってきた。
「じゃーん!」
「おー、懐かしいもの持ち出してきたな」
わざわざ部屋に戻ってまで持ち出してきたもの。それはプラスチック製のおもちゃのバットだ。子供の頃はこれでよく遊んだものである。
「大学生になってまで引っ越し先にそんなもの持って来るなんて。子供か」
「うるさいな。それより覚悟しなよ。負けたらこれでケツバットだから」
「……プラスチックでも結構痛いぞ?」
「ふはははは、今から負けた時の心配かね!」
勝った時のことを心配してるんだがなぁ。
「さぁ、いざ、勝負!」
気合いと共に再選を申し込んできた澄子であったが、案の定、俺の九連勝である。
隣に座る澄子はと言えば、涙目で息も荒く、全身から後悔を滲ませている。阿呆だ。粋がって自滅する阿呆が隣に座っている。
「……はぁ、はぁ。ケツバットに、リーチ。あと一回で……ぐぬぬぬぬ…………」
リアルで「ぐぬぬ」とか言う奴初めて見たわ。自分で言い出した罰にどんだけ追い詰められてるんだこいつは。
「なぁ、やっぱりケツバットは重すぎるんじゃないか? もうちょっと軽い罰にしたら」
「軽い? 軽いって何? タイキック? タイキックですか?」
プラスチックのバットと成人男性の蹴りと、どちらが軽いのか。いや、どっちでも手加減はするけど。
「蹴るのもちょっとなぁ」
「じゃあ叩きますか? ペンペンですか?」
まあ、そのくらいが妥当か。おしりペンペンって歳でもないけど。
「じゃあ、俺があと一勝したら罰ゲームでおしりペンペンな」
「ほう。修ちゃんが。素手で。叩きますか、わたしの尻を。ペンペンですか」
「ペンペンになりますな」
「ほーう。そうですかそうですか」
と言うわけで始まった最終ラウンド。しかし澄子の操作がこれまでにも増して下手くそだ。わざとかなって位に弱い。まるで素人以下だ。レバガチャするだけでももうちょっとうまいだろうに。
「澄子真面目にやってるか? 勝負投げてやけくそになってないだろうな」
「なんですかー。まるでわたしがわざと負けてるみたいじゃないですかー。ヤダー、勝者の余裕がヤダー。
あ、負けた。あー、ちくしょー、負けたー。頑張ったけど負けたー」
何故か知らんが妙に棒読み臭いな。あとすげーこっちをチラ見してくる。澄子め、何を企んでいる。
まあ、いいか。早く終わらせてしまおう。
「ほら、罰だ。こっちにケツを向けろ」
「ひゃっ!」
キョどりながらも立ち上がりこちらの目の前に尻を向けてくる澄子。うーむ、なんだろう、これ。なんか、うーん、なんだろうなー。すごくいけないことをしている気分になってきたなー。いかんな。これだから男は。俺のことだけど。
ダメだダメだ。邪念は捨てろ。無心で放て。変に意識してしまうからなんかこうなんだかなーって気持ちになってしまうのだ。
「いざ!」
「お、おねがいしまーっしゅ!」
スパーン!
軽く振り抜いたつもりだったが、思いのほか良い音を立ててヒットした。その勢いで澄子は腰が砕けたようにへたり込む。
「は、はへぇっ」
「お、おい、大丈夫か。すまん」
慌てて体を支えようとする俺の耳元で、澄子が何事かを呟いていた。しかしよく聞こえない。仕方がないので耳を近付けてみる。すると「あと九回、あと九回」と念仏のように繰り返していた。
「しっかりしろよ。無理するな、一回で十分だよ」
「そんな馬鹿な! いや、十回負けたんだから、負けた分だけだから、あと九回あるから!」
なにやら鬼気迫る必死さでこうも訴えかけられては、こちらも引き下がりにくい。これ程までに覚悟して臨んでいたとは。俺は澄子のことを侮っていたらしい。
「分かった。あと九回だな。覚悟しろ!」
「あ、はぁっ! ひゃんっ! ひゃん~~っ!!」
甲高い声を聞いて変な気分になりながら、雑念を振り払い残りの回数だけ尻を打った。スパンキングを終えて――あ、間違った――罰ゲームを終えて、仰向けに伏した澄子を見下ろす。
なんだろうこの気分。なんか、鼻血出そう。
そのあとは、尻が痛いという澄子の臀部を撫でてやり、いつものように一緒に風呂に入って飯を食べてお互いの部屋で寝た。その夜はちょっと悶々として寝付けなかった。いかんな、妹のようなものだというのに、俺の心には邪なものがあるのだろうか。
いかんなぁ。これだから男って奴は。俺のことだけど。