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25.聞き違え症候群

 童貞のまま三十を過ぎると魔法使いになるのだ、とまことしやかに噂されていたのも過去の話。

 流行廃りのまま消えゆく頃に三十路を迎えた。

 もちろんシモの純潔が魔法の代わりになるはずもなく。


 代わりになんか病気になった。


 別に性病的なアレではない。被害妄想的な心のアレである。

 近くで誰かが笑っていると「自分が嗤われているように感じる」みたいな。

 小声で話されると「悪口を言われてるんじゃないか」みたいな。

 普通の会話をしているだけで「皮肉を言われた」みたいな。

 そんなかんじの心の病。


 オイラの場合はもうちょいこじらせ気味で。「周りの会話が隠語っぽく聞こえる」のだ。

 それではその辺の大学生っぽいやからを例に説明しよう。


「聞いてくれよ。やっと童貞取れたわ」

「マジで。早かったんじゃん?」

「いやー、苦労したって。筆記はともかく実技がさー」

「わかるわ。お前、知識先行だもんな」

「や、だって、学校じゃなくて教習所だったからさ。あんまり丁寧に教えてくれないじゃん? 習うより慣れろ、みたいな。乗って覚えろ、みたいな。そんなんじゃ分かんねーって」

「実際それしかないだろ。お前がケチって一日一回しかヤんないのが悪い」

「へへ。まーそーなんだけどさあ。でもホッとしたわ-、童貞取れて。金無いし軽も買えないけど、身分証明で使うしさぁ」

「お前はあれだな。ペーパーからのゴールド童貞一直線だな」

「お前もだろ」

 楽しそうに笑いあう二人。何がそんなに楽しいのか。これが若さか。ねたましい。

 んで、話してる内容はきっと『免許』のことだな。分かりやすいことだ。

『免許』という単語が『童貞』に変換されて聞こえたらしい。

 こんなかんじの困った病気だ。


 ◆


 さて、それを踏まえての今。

「性癖に関するアンケートのご協力お願いします」

 美人のお姉さんにどえらい調査をされている自分。

 この病気の悪いところが出た。他人の話を聞く分にはちょっと面白いのだが、それが自分に向けられた会話で発症すると、意味が通じず会話にならないのだ。

 単語を推測しようにも、一言二言で予測立てることは難しい。

 無理だ。

 折角の美人と会話する機会だが、致し方なし。ここは無難に断ろう。


「すいません、ちょっと…………」

「お時間は取らせませんから。

 わたし、お兄さんのこと見かけた時から、なんだか素人童貞っぽいなって。そういう人の意見を聞きたいんです。どうかお願いします」

「あ、はい」


「あ、はい」じゃないがな。何をやっとるんだ。

 そして美人に『素人童貞』呼ばわりされてなんだか昂ぶってきた。悲しいかなダメ人間。不慣れな言葉責めが歯痒く嬉しい。

 そして断るタイミングは失われた。最早覚悟を決めるしかない。


「お兄さんはタチ派ですか? ネコ派ですか?」

 ネコ? ペットの話? 動物が好きそうな人に、ペットに関するアンケートって事か?

「どちらかと言えば、猫かな…………」

「あー、やっぱり! お兄さん、ネコっぽいなって思ってたんです!」

「ぇあ、そ、そうですかね」

 いかん。キョドってしまった。だって笑いかけてくるんだもの。かわいいやん。照れるやん。

「オラネコっぽいなって思ったんですけど、うふふ、実はベアとか求めてます? 筋肉質が好きだ、みたいな」

 え、クマのこと? ペットの話じゃないの?

「流石にクマみたいなのはちょっと……」

「えー、好きそうなのに。一度ハまると凄いらしいですよ? それにベアの人って、包容力があるし優しい方が多いじゃないですか」

「あ、へー、そうなんです?」

 ベアの人ってなんだ!? あれ、なんか勘違いしてるかな?

「熊系じゃないなら、シュッとしたタイプの方が好みですか?」

 シュッとしたやせ型の猫。スフィンクスみたいな?

「えーと、そういう細身のタイプよりは、こう、丸みがあって撫で甲斐があるみたいなのが」

「ははぁ、丸っこいのを撫でるのがお好きと。いわゆるDS(デブ専のスリム)ですね。ひょっとしてミケ専(三桁、百キロ越え専門)だったりします?」

 DSってなんだろう。ペット用語か?

「ミケはかわいいですよね」

「ねー。良いと思いますよ。素敵です。お似合いですね。うふふふふ」

 美人さんが嬉しそうで何よりですわ。

「今はそういった特定の相手はいらっしゃるんですか?」

 特定の相手? まるで人間みたいな表現だな。今猫飼ってるかってことだよな?

「今は──別に。昔は家で飼ってたんですけど、田舎から出てきてからはまったくです」

「か、飼われてたんですか。わたしの想像を超えて経験豊富なんですね。でも、それならなおさら、さみしいですよね」

 経験豊富?

「そうですね。だから、近所で野良が歩いてるの見ると、つい目で追っちゃって」

「おぉー。なるほどなるほど。では良い出会いがあればやぶさかではない、と」

「いやぁ、無理です無理です。今の部屋じゃ壁も薄いし、世間の目もあるので」

 とてもじゃないがペットなんて飼える状況じゃない。

 そりゃあね。独り身でさみしいのは本当だし、猫とは言わずともペットがいればなぁ、と思わなくもないんだけど。

「そんな。初対面のわたしにもこうして話してくれているのに、やっぱり世間体は気になりますか」

「そりゃあそうでしょう。いくら好きだからって世の中のルールには逆らえませんよ」

「でも、お好きなんですよね?」

「はい。好きです」

 真剣に問われたので、目を見て返した。


 …………これ、告白したみたいな感じになってない?

 なんか、照れる。


「あ、あはは、すいません、へんな感じになっちゃって」

「いえ、素敵だと思います。わたしは応援しています。頑張ってください。

 同じ想いの人はたくさんいますから。お兄さんも、どうか、負けないで!」

 なんて熱い情熱を持った女性《ひと》なのだろうか。それくらい動物が好きなんだな。


 美人さんは「アンケートにご協力ありがとうございました」と言って去っていった。お礼に、と小さな紙包みを手渡して。

 果たして彼女の助けになったのやら。

 なんだか少しだけずれた話をしていたような気がするが。

 うーん。まあ、いいか。乗り切った。それが全てだ。


 ◆


 その日、家に帰った後、美人さんにもらった紙包みを開けてみた。

 コンドームが一箱入っていた。


 その夜、なんか、すごく悶々とした。

 答え合わせ。


 美人のお姉さんの会話で変換されてたのは『素人童貞』のみ。元は『LGBT(一般的でない性癖の人の総称)』でした。

 お兄さんは終始ペットの話をしています。

 お姉さんは終始ホモネタで盛り上がっています。

 ホモネタの専門用語についてはお父さんかお母さんに聞いて下さい。

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