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24.カーミラを飼い慣らす

 吸血鬼は存在しないが、血を飲む病は存在する。

 吸血病と呼ばれるその病は、症状に程度の差はあれど、五百人に一人は発症する心の病だそうだ。人口の0.2%を多いと見るか少ないと見るかはその人の主観に寄るだろうが、75億人いる内の1500万人がそれだとすると、珍しくもないような気もする。


 ならば我が妹が血を好むことも単なる偶然。確率の問題でしかない。ごくごくありふれたことなのだろう。


 妹ができたのはほんの四年前。自分がまだ中学生の頃。

 父がどこかから連れてきて、戸籍を整え、「今日から家族だ」と言って紹介してきた。

 色白で、明らかに東洋人離れした顔つきの、白銀の髪を持つ美しい少女。

 彼女の姿を一目見た時、心臓が凍るような思いがした。


『事案発生』。


 その一言が頭の中を埋め尽くす。

 今日から俺は犯罪者の息子。人生オワタ。


 父が言うには、記憶喪失で行き場がない可愛そうな娘らしい。

 だから養女にして引き取り、連れてきたと。

 俺からの汚物を見るような目に耐えかねて早口で捲し立てる父。だが聞けば聞くほど言い逃れができないくらい犯罪臭が漂う。第三者から見れば異国少女の誘拐犯と間違われても仕方がない。少なくとも俺は納得する。


 更に父は続ける。

 病弱な彼女はあまり外に出してはいけない。少なくとも日が出ている内は。


『拉致監禁』。


 どう見ても変態親父です。さようなら日常。

 俺は涙ながらに自首を勧めた。

 あの日見た、父の狼狽える姿は一生忘れることができないだろう。


 ◆


 結局押し切られる形で同居を余儀なくされた。扶養家族の悲しい定めか。

 妹は記憶が戻るまでの仮の名として『みゆ』と名付けられた。父曰く、「ウチが山野だから」と意味不明なことを言っていた。昔の漫画からとったという。

 結局何言ってんだか分からなかったので調べてみると、吸血鬼を題材にした少女漫画があり、その主人公の名前をもじったらしい。

 そこで何故吸血鬼なんてものを選ぶのか、縁起でもない。

 父の厨二病溢れるネームセンスには呆れてしまった。


 が、程なくして納得も出来た。


 毎日とは言わないが、夜毎みゆは血を求めた。

 お猪口のような小さな器に少量だが、それは確かに人間の血であった。

 初めは薬かと思った。赤い液状の咳止めシロップかと。だが何を飲んでいるのか訊ねると、父は隠すでもなく「病院から貰ってきた血液だよ」と答えた。吸血病のことを知ったのは、この時の説明が初めてであった。


 あとになって思ったのだが、人の血を飲むと聞けば普通は不気味に感じたりするのだろう。だが、この時はストンと腑に落ちたのだ。

 それから風呂に入っている最中、ふと、「みゆは吸血鬼なのかな?」と考えた。父譲りの厨二病が開花した瞬間であった。


 吸血鬼の特徴。


・血を飲む

・鏡に映らない

・日光で灰になる

・ニンニクを嫌う

・十字架を嫌う


 確かにみゆは血を飲むし、ニンニクの臭いを嫌う。だが、浴室の姿見を横目に見れば、その姿はしっかりと映っている。強い日差しは苦手のようだが、日中外に出ても灰になることはなかった。十字架はウチには無いので分からない。ああ、そういえば『力が強い』というのもあったか。こうして身体を洗われる間も為されるがままなのでよく分からないが。


 風呂上がりにスマホで調べてみた。吸血鬼は人を魅了すると書いてある。だがみゆは見たまんま可愛いので参考にならない。

 縄の結び目を解こうとする、と言うのは初めて知った。試しにその長い髪を三つ編みにしてやると、気に入ったようで解きはしなかった。

 種を見ると集めたくなる? それって種族的な特徴なのだろうか。ヒマワリの種は好んで食べるようだが。ああ、ケシの種じゃないといけないのか。それでは、とテーブルに七味唐辛子を撒いてみた。ここからケシの実だけを集めるようであれば説立証だ。まあ、普通に全部捨てられたが。


 ◆


 そんな生活も、四年も過ごせば違和感がなくなる。

 今ではみゆともすっかり仲良し兄妹だ。むしろ可愛い妹に懐かれて嬉しいとすら思う。


 みゆはその体質からみだりに外へは出られない。学校だって行かずに通信教育だ。食が細いおかげか、運動不足で太るということはないが、身長が伸びていないようで成長の遅れが気になる。

 そんな妹のことをなんとかしてやりたくて、俺は医学の道へ進んだ。医学生という立場のおかげで医者との伝手もでき、血液も入手しやすくなって一石二鳥だ。

 大学生活は忙しいが、それでも妹のわがままは受け入れてあげたい。みゆは普段無口無表情で気持ちを表さない質だが、血をおねだりする時だけは年相応の甘え方をしてくる。


「ねえ、お兄様。お願いできないかしら」


 などと上目遣いで催促されたら断る術はない。

 身体を預けてくる妹を腕の中に迎え入れ、近寄る口元に首筋を晒す。そして感じる少しの痛みと幸福感。恥ずかしい話だが、興奮して勃ちそうになる時がある。血の繋がりはないが妹だ。そこは理性を総動員して抑えている。

 が、当のみゆにはお見通しのようで、「我慢なさらなくてもいいのよ」などと挑発的な言葉で耳朶をくすぐってくる。兄をからかうとは困った妹だ。面白がって日に日に妖艶な仕草になるものだから、お兄ちゃんは大変なのだ。身体は育たないのにこういうことばかり大人もマネをして。

 いつかその魅力に堕ちてしまいそうで怖いな。

 吸血病の罹患者数ははっきりとしていませんが、1990年代アメリカの人口2億5千万の時代に5万人程居たらしいので0.2%としています。

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