23.アイドルとプロデューサーと職場結婚
「プロデューサーがお見合いですって! 何故!」
「何故って、そろそろ結婚したいって言うから」
だから紹介してあげたんよ、とのんきにのたまう社長に対し、必要以上に激昂する事務員。
「社長! ご自分が何をしでかしたか、ご理解されてないんですか! あーわわわ、えらいこっちゃー。ウチのアイドル達がこのことを知ったら…………」
この事務所のプロデューサー・天童幸三は三十路手前だが既に実力を世に知らしめており、弱小事務所所属にも関わらず業界内ではそれなりに顔が利き、経済的にも豊かである。
正に優良物件!
故に狙われている! 流行廃りの激しい業界に身を置く女性アイドル達に。水物商売の中にあって輝く安定した未来、プロデューサーのお嫁さんという立場。
だがそれは許されない。教師が生徒に手を出してはいけないように。医者が患者に懸想してはいけないように。
プロデューサーはアイドルと結婚してはいけないのだ!
なので事務員は「自分にもワンチャンある」と信じていたが、最早それどころではないのっぴきならない事態が発生。
今は布石の時間。アイドル達は互いに互いを牽制しあい、しかし仲良く過ごしてきた。出る杭は打たれる。焦りは禁物。胸の内で闘争心を燻らせつつ、爪を研いでいた。
しかし。もしもそんな彼女たちにお見合いのことが知られてしまえば。
解き放たれる。女の本能が。友情よりも恋愛を優先する苛烈な生き物たちが。
社長にはこの件について誰にも洩らさないように釘を刺した。次はプロデューサー本人だ。あいつは頭がいいくせに馬鹿だから、空気を読まずに爆弾投下しかねない。
「たのむ間に合ってくれ!!!」
事務員は走った。事務所はすぐそこだけどなんとなく走った。ドアノブに手をかけ、扉を開く。
だがその時、扉の先で事務員が見たものとは!
事務イスに座るプロデューサーに対面座位で跨がるJKアイドルの姿であった。
「間に合わなかった……ち、ちくしょー!」
変な感じのスイッチが入った事務員はオーバーリアクションで後悔し、拳を床にたたきつける。
「うわぁっ! ビックリした。どうしたんですか山女さん(事務員の名前)」
「いつにも増して落ち着きがないわね」
「これが落ち着いていられるか! プロデューサーさん、お見合いすることアイドル達にばらしちゃったんでしょう! だからそんなアブノーマルな姿勢で迫られてるんだぁっ! うあぁぁぁ、雑誌にすっぱ抜かれてスキャンダルになるぅぅぅっ!」
「……お見合いってどういうこと?」
底冷えするような声を聞き、事務員は「おや?」と困惑。まるで今知ったかのようなリアクション。
「知らなかったの?」
「今知った」
「じゃ、じゃあその体勢は?」
「CMの撮影で、こういうポーズ撮るんだって。その練習させて貰ってた」
「断らんかいプロデューサー」
「さーせん。押し切られてしまって…………」
この野郎、ヘラヘラしやがって。事務員は激怒した。
だが、しかし、つまりは誤解? お見合いの件をばらしたのは…………つまり、誰が悪いかと言えば。
「ほーん、なるほどねぇ。と、いうことは。ああ、そういう。へぇ~」
すっとぼけながら立ち上がり、扉を閉めて出て行った。
とどのつまり、事務員は逃げ出した。
「ねえプロデューサー。お見合いって、何?」
取り残された男女一人ずつ。事務所の中に発生する一つの修羅場。腐れ事務員が投下した爆弾は、今、ここで、爆発した。
「んん? いや、社長がね。もうそろそろ身を固めるのもいいかもねって。でも俺の周りアイドルとか業界人の人しか居ないッスよ、仕事に差し障りがありません? って言ったら、それじゃあお見合いしようか、みたいな話になってね」
「したいの? ……結婚」
胸を相手に寄せて近づき、上目遣いで見上げるJKアイドル・アサヒ(芸名)。
「えっ!? えーと、俺ももうすぐ三十だし、子供は欲しいよね。でもそういう相手はいないし、忙しいから夫婦の時間を作れるか分かんないし。だからまあ、できたらしたいけどできなくてもまあいいかな、くらいの感じで」
「子供が欲しいんだ」
顔が近い。
「できれば! できればね!」
「子供を作るなら、母親は若い方がいいよね」
「うん? そう? そういうのちょっと分かんないな。とりあえず一回離れよう。ね?」
だがアサヒはむしろ密着してくる。
「よすんだアサヒ! うっお、ちっから強ぇな!」
引っぺがそうとするもまさかの抵抗力でビクともしない。
アサヒは作ろうとしている。既成事実を! アイドル事務所で! 真っ昼間から!
島耕作も真っ青のオフィスラブをやらかすつもりなのだ!
「ちょっと待ったー!」
しかしそこに現れた乱入者。
「…………鍵ちゃん」
アサヒはいいところで邪魔に入った先輩アイドル・心乃鍵(芸名)を睨み付ける。いつもは仲良し同年代アイドルでも、今この時に限ってはライバル。敵意を以て相対することに、両者とも違和感を覚えはしない。
「話は廊下で立ち聞きさせて貰った! アサヒちゃん、君は間違っている!」
タイミングを狙っていた鍵。この辺余裕があるとも言えるし、出番を見計らうところが目立ちたがりのアイドルらしいとも言える。
「わたしの何が間違っていると言うの」
何もかも間違っているはずだが、それはさておき。
「プロデューサーは結婚したいって言ってるんだよ(言ってない)! つまり、高校一年生で誕生日の来ていないアサヒちゃんは、結婚できない。十五歳は保護者の同意があっても結婚できないんだ!」
ちなみに十六歳以上でも、未成年の内は親の同意無しでの結婚はできません(2018年現在)。そして法改正により2021年からは女性も十八歳以上でないと結婚できなくなる予定です。
「法律…………っ!? 何の権利があって国が私達の結婚を邪魔できるというの!?」
基本的人権です。
鍵のド正論を受け、さしものアサヒも引かざるを得ない。アイドルといえども法の遵守は国民の義務であるからしてこれ。
「アサヒちゃんは結婚できる年齢ではない。だがプロデューサーは結婚がしたい! そこでこの鍵ちゃんですよ!」
「えっ!?」プロデューサーはビックリした。
「えっ!?」アサヒもビックリした。
終わりと思っていた話が何故だか続けられている。
「心乃鍵は十六歳。両親の同意さえ得られれば結婚できる年齢なのです。それは高橋ジョージと結婚した三船美佳のように。ヒロミと結婚した松本伊代のように!」
「やめろ鍵! せめて『さん』をつけるんだ! あと松本伊代さんが結婚したのは二六歳の時だ。『伊予はまだ十六だから』の頃に結婚した訳じゃない」
「プロデューサー。お見合いなんてユー断っちゃいなよ。君のアイドル、十六歳の鍵ちゃんが結婚してあげるから。やったね、合法だよ!」
「異議あり!」
アサヒは吠えた。
「学生の身の上で、しかもアイドルという職業に就いた女性が、結婚するというのですか。それは裏切りですよ鍵ちゃん。ファンの想いを蔑ろにしている!」
アサヒは自分のことを棚に上げまくった。正に正しくお前が言うな状態。
「もちろんそれは許されないことだよ。アイドルは皆の恋人。誰か特定の一人を作ってしまった時に、全ては崩壊してしまうんだ」
「分かってるんじゃない、鍵ちゃん」
「でもね」
鍵はニヤリと嗤った。
「それが、ママドルとしてならどうだろう」
「ああっ!!」
その手があったか! アサヒは敗北感で膝を屈した。
ママドルとは母親になってもアイドル活動をする芸能人。逆説的に言えば、母親にならなければママドルにはなれない。そしてプロデューサーは子供を望んでいる。
「何という完璧な論理!」
「落ち着け二人とも。その理屈は穴だらけだ。まず前提として、俺はアイドルとは結婚しない。というか、自分がプロデュースしているアイドルに手を出す奴がどこにいるんだ」
割と居ると思う。アサヒと鍵の心はシンクロした。
「待って。分かった。とりあえず事務所は移籍するから」
「やめて」
「鍵ちゃんアイドル辞めて女優目指すから」
「出来ると思うけどやめて」
「いい加減にして! じゃあプロデューサーはどっちと結婚したいの!?」
「なんで二択!?」
「プロデューサーがなんと言おうと、鍵ちゃん、この子のこと産むから!」
「できてもいないのに何産むのさ!」
「――――やれやれ。お子様達が騒がしいわね」
その時、第三のライバルが。
凪富潮騒(本名)。下積みが長くテレビデビューは二十台後半からであったが、その後はドラマに映画に、主演作を軒並み成功させた女優である。
ただの歩き方、髪を掻き上げる仕草、立ち止まった姿勢、その一つ一つが発する大人の魅力にJK二人は圧倒されている。
「結婚。出産。そんな言葉で大人をからかうものじゃあないわ。いずれにせよ、あなたたち二人にはまだ早い。そうでしょう?」
若さが取り柄のアイドルに、酸いも甘いも経験した女優を言い負かす術はない。悔しそうな顔はできても、反論などできようもなかった。
「やれやれね。さて、プロデューサーが付いていながらどういうことなのかしら」
「面目ない。じつは今度お見合いすることになったんだけど、それ聞いた二人がちょっとばかりはしゃいじゃってね」
「お見合い? …………お見合いって、お見合い? 後は若い二人でチュッチュってするお見合い?」
「チュッチュはしないと思うけど、そのお見合い」
「え? え、え、え? え、ちょ…………え?」
潮騒は混乱している。大人の魅力もどこへやら。
一方で、脳内の冷静な部分が「これってドッキリかしら?」と疑っていた。思えば部屋に入った時からわざとらしく騒いでいた気がする。十代の女の子が結婚だ妊娠だと騒ぐのもおかしい。なので、慌てふためく振りをして隠しカメラを探す。
「おっはよーございまーす!」
更に増えるアイドル。歌のお姉さん志望の梓希。何を血迷ったのか、彼女の来ているTシャツには『わたしがお見合い相手です』と書かれている。
「あ、なんだ。やっぱりドッキリなのね」
ほっと胸を撫で下ろす潮騒。
「ドッキリって?」
「またまた。プロデューサーがお見合いするって、ドッキリなんでしょ? カメラは? スタッフさんはどこ?」
「ええー! プロデューサーさん、お見合いするんですかー! うわー、大変だー!」
こいつはビッグニュースだ! と叫びながら走り去る希。置いていかれた女優の顔には戸惑いしかない。
「あれ? ドッキリは?」
「凪姉さん。これ、ドッキリじゃないから」
「嘘でしょ。じゃああのTシャツは?」
「単にセンスが悪いだけだと思うよー」
「何よそれ紛らわしい。あんなくっそださい服、素面で着ていられる!?」
くっそださいけど本人は面白いと思って着ちゃうのだ。
「じゃあ、ドッキリじゃなかったら…………プロデューサー! お見合いってどういうこと!?」
「そうよプロデューサー。誰とも知れない馬の骨よりわたしと結婚しましょう」
「鍵ちゃん今晩空いてるんですけどー。ねー、プロデューサー」
更に希があちらこちらで言いふらすものだから事務所所属のアイドル達が次から次へと押しかけてきて、仕事にもならない大パニック。
果たしてプロデューサーが結婚できる日は来るのだろうか。
それとも我慢できずに所属アイドルに手を出してしまうのか。
はたまた、まさかのハーレムルート突入か。
いずれにしても、先のことは神のみぞ知ることである。
ちゃんちゃん♪