21.過剰設定 ― オーバード―ス ―
どことも知れぬ世界にキダチルリなる国有り。
彼の国に王子が生まれ、祝福を受けた。
その後すくすくと育つ王子。成長するにつれ人目を引く見目麗しき美貌を備える。
名をネメシアと言った。
その細身の身体故に武芸を不得手とするものの、学門や政治的な手腕において頭角を現し、次代の王として国中の期待を一身に受けていた。
一路順風に思えた王国の治定。しかしその安寧は他ならぬ王子により崩される。
幼少の折、王子は自分が『バリバリのキャリアウーマンであった』過去生を思い出してしまったのだ。齢一桁の身に宿る数十年の人生。そして人には相談できない『転生者である』と言う身の上。
体つきや振る舞いを『まるで女のようだ』と影ながら揶揄されていたことは知っていた。その理由は過去生の記憶にあったのだと納得する王子。また同時に過去から逃れられぬ事に苦悩し、多大なストレスも感じていた。
王子は過去を考えすぎないように勉学に没頭する。その成果が優秀な政治力として発揮されたのは不幸中の幸いと言えよう。しかし、それでもふとした拍子に不安に襲われることがあった。そしてそのはけ口は――性欲となって昇華された。
具体的にはハーレムだ。
しかもただのハーレムではない。男色のハーレムだ。
王子の悩み、その原因の一つに、前世から引き継いだ『美少年好き』という性癖があった。
父であるストルモサ王はネメシア王子の他に子を授かることが出来なかった。それ故に王子の婚礼とお世継ぎの問題は深刻であった。万が一があってはいけない。早期に解決されるべき最重要事項だ。
それ故に王子の精通が始まる前からたくさんのお見合いが行われたし、本人同士の与り知らぬところで婚姻も結ばれた。
しかし当の王子は、お見合い相手よりも付き添いの兄弟と仲良く庭を駆け回る始末。それも幼さ故の行動だろうとしばらくは見過ごされてきたが、長く続けば周囲も違和感を覚え出す。
王国滅亡の危機、発覚である。
他国へこの醜聞が漏れ出る危険を憂慮した国の重鎮は、問題の打開に動き出す。
まず、王子がハーレムを作ることは必須であると国中に知らしめた。王族が側室の四・五人持つことは当然であるが、それとは比べものにならない大ハーレムを国策として推し進めたのだ。
しかし王子の好みは美少年。女性のハーレムなど食指が動かない。だがそれを承知の上で推し進められた計画である。当然対策は取っている。
集められたのは大勢の美少女達。しかしその全てが全て、股間に一物持つ者達である。女装を施すことで対外的には『子作りのために美少女を揃えましたよ』とアピールしているのだ。別段屋敷にこもる際や閨での逢瀬は普段通りに振る舞って貰っても良い。ここで重要なのは他国に『世継ぎ無く、滅び行く国』という弱みを見せないことだからだ。
そして意外にも王子には好評であった。美少年が女装して可愛い姿になることが思いのほか琴線に触れたらしい。『じゃあもう本物の美少女でいいじゃねえか』とは思うが、それとこれとはなんか違うらしいのだ。誰にも言わないので伝わらないが、本人としては根っこの部分は男の子であって欲しいのだった。
このとびきりぶっ飛んだ計画を提案し推し進めたのは、王子よりも年若い一人の少年であった。大臣の息子・エリヌス。神童との呼び声高き聡明な令息である。もちろん表向きは大臣である父・アズーロの功績となっているが、計画を知る者達にはもはや周知の事実だ。
そして、そのエリヌスには一つの目的があった。この計画はそのための目くらましでしかない。大臣の子として生まれ、若くして成果も出し、将来を約束された身の上。しかしその野望は果てしなく、大臣位では満足できなかった。
彼が目指すのは、王子との間に子を儲け、その子を王に据え、自身は皇太后として裏から国を統べること。
そう、エリヌスは少年然として男装をしてはいるが、その実女の子であったのだ。
幼い頃からその頭角を現したエリヌス。父はそんな優秀な子が娘であったことを大層嘆いた。女性蔑視の残るこの国で、娘を跡継ぎに選ぶことは不可能だ。それ故、父はエリヌスを『男』として育てることに決めた。
そのことに対してエリヌスは感謝している。おかげで此度の『裏の計画』を推し進めることが出来るのだから。
エリヌスは自身も王子のハーレムの一員として参加することを表明した。
男装の令嬢であるエリヌスが女性の格好をして王子のハーレムに参加する。国には世継ぎが生まれるし、エリヌスは将来国の最高位を手に入れる。一周回って健全な形に納まっているこの不思議。
しかし何事にも想定外は存在する。
それは内部に存在する、王国を滅ぼさんと企む存在。
幼少の頃より王子の乳母姉弟としてその傍にいたメイド・モナルダ。
何故彼女は王国を滅ぼそうと企むのか。
それは幼稚な感情によるものだった。
モナルダの母・ベルガモットは王子の乳母に選ばれたことを誇りに思い、その職責を全うした。しかしそれが故に、実子であるモナルダにはあまり構ってやることが出来ず、寂しい想いをさせてきた。それ故にモナルダは愛を求めていた。そしてその元凶となった王子を、王国を恨み、『亡くなってしまえばいい』と思うほどに恨みを募らせていた。
もちろん表に出すような愚は起こさない。だが、幼い王子の面倒を見る傍ら、その枕元で『王子は転生者。前世は女だから男の子を愛するのは正しいこと』と繰り返し、人知れず洗脳し、その性癖を歪めて見せた。
そう、転生者は王子ではなく、モナルダであったのだ。
前世で勤勉と勤労に努めた彼女は恋愛どころか親子や家族の情愛にも疎い寂しい生き方をしていた。それ故に、転生した直後は母の愛に満たされていたのだ。しかし、それは王子の誕生と共に奪われた。ベルガモットは、『母』から『王子の乳母』になってしまった。
求めていた愛を得られたこと、そしてその愛をすぐに取り上げられたことが、転生直後の幼い彼女には耐えられなかった。
そして、国を滅ぼす怪物が生まれてしまった。
洗脳されて美少年しか愛せなくなった王子。
立身出世を狙う男装の令嬢。
愛を求めて国を滅ぼす転生者の少女。
三者三様の思惑は交差し、国を大きく揺るがすこととなる。
果たして物語の結末は――――
続かない