19-2.(社会的に)デスゲーム・その2
思ったより長くなったので分割投稿しています。
未読の方は19-1からご覧ください。
「罰ゲーム執行の前に質問したい」
寡黙なヤマジが自発的に声を出した。そのことに一同は驚く。
【ご質問をどうぞ】
「俺がここで個人名を挙げると、相手が困ると思うんだ。ネット配信で、不特定多数に知られるわけだから。先に言っておくと、その相手は学生時代の同級生なんでね。同窓会なんかで――いや、地元にいるだけで後ろ指を指されるかも知れないだろう」
【ご安心ください。ヤマジ様のお相手についてはご本人から了承を頂きました。また、今回の映像はリアルタイム配信(ノーカット二時間放送)ですが、生放送ではありませんので、もし違う人物の名前を挙げられた場合はいわゆるピー音を被せて処理致します】
「――どうやって納得させたんだ?」
【現金の力でございます】
金の力で黒を白にする。業界の闇を垣間見た気がした一同であった。
「本人が納得してるならいいけどな。俺の初体験の相手は、中高の同級生で、『南条ひざし』、だ」
[ジャッジ! 『秋』の罰ゲーム終了]
【続けて『冬』は罰ゲームボックスからボールを引いてください】
「まった。その前に――」
「『秋』の持っている禁止行為を指摘するわ!」
みかんの「待った」をさえぎる形でさなえが宣言する。
「ちょっと! 今からわたしが!」
「あー惜しかったね-。これ絶対あたしの方が早かったし。いやー、残念でした。
で、どうなのよ運営」
【『夏』からの指摘が当っていた場合、ゲームはリセットされます。ですので、その前に『冬』の罰ゲームを済ませてしまいましょう】
「わたしの指摘は!?」
【『冬』はまだ禁止行為の指摘を宣言しておりません。『冬』はどなたかの禁止行為を指摘なさいますか?】
「もちろんよ!」
【それでは、『冬』の罰ゲームを執行後、『夏』『冬』の順で禁止行為を指摘して頂きます。ただし、『夏』の指摘が当っていた場合、『冬』の指摘宣言は無効となります】
「ふふん」
「……くっ!」
勝者の笑みを浮かべるさなえ。悔しがるみかん。
順番は決まってしまった。仕方がないのでみかんは大人しくボールを引く。
「『初めて性行した相手の名前は?』。ふん、お生憎様。わたしはそういう経験無いの」
この罰ゲームはみかんにとって罰ゲームたり得ない――と、思っていたのだが。
「ぷーくすくすくす。涼しい顔して『まだ処女です』だって! お嬢ちゃん、未使用がステータスだと思ってるのは処女と童貞と一部のモテない変態だけなのよ!」
割とモテない方のヤマジは「そんなことない」と内心否定した。
割とモテる方のセイメイも「そんなことない」と内心否定した。
そして正真正銘清い身体のみかんは馬鹿にされたことに顔を赤くする。
「言ってくれるじゃないの。あんたがそれ程モテるタイプには見えないんだけど」
反論しつつも他の三人を見回すみかん。ヤマジは先程、初体験の相手を答えた。ではセイメイは? 目線を合わせるとすぐさまそらされた。
――え、まさか。
みかんの中に焦りが生まれる。四人いて二人が経験済み。マイノリティーは自分の方であるのかも、と疑う。それでも、一縷の望みをかけて、さなえの顔を見る。
その顔は格下を嘲笑うものであった。
「あたしだって経験人数が多い訳じゃないわよ。でーも、おたくと違ってラブい夜過ごしてるのよ」
まさかの敗北。「自分はこの地味な女に劣るのか」と、愕然とするみかん。一方でセイメイは慌てた様子で姉の発言を止めようとしている。
「姉さん。やめて。ネットに身内の恥部を晒さないで」
「昨日もしました!」
「やめて。姉さん。本当やめて」
勝ち誇るさなえ。
必至でたしなめるセイメイ。
屈辱に耐えるみかん。
[デンデデーン♪ 『秋』が禁止行為を行いました。『春』に一ポイント]
「さっきからちょいちょいおっ勃ててんじゃねぇぞ! 中坊か貴様!」
さなえの暴言に「濡れ衣なのに……」と内心涙するヤマジ。
ゲームがリセットされては罰ゲームが執り行えないため、ここでもまたヤマジの罰ゲームが割り込みされる。
その内容は――
「『その場で下着を脱ぐ』」
「これ、誰得なんだよ」
とさなえが言う。その後に、同じ想いのみかんが続く。
「目に毒だな。腐る。というか、あいつこの状況でパンツ履いてないって。変態の上塗りじゃないのこれ。腐れ変態じゃないのこれ」
ヤマジは泣いた。普通に泣いた。
濡れ衣に続く濡れ衣、投げかけられる心ない誹謗中傷。彼の心の堤防は砕けて割れた。
それを見ていたもう一人の男性・セイメイは「女はおっかねえな」とおののいていた。
なにわともあれ、禁止事項の指摘へと進む。
「さあ、待たせたな! ここからはあたしのターン!
指摘する禁止事項はヤマジ――『秋』の手札。内容は『あくびをする』だ!」
[ジャッジ! 『秋』の手札が言い当てられました。『夏』に三ポイント。言い当てられた『秋』は罰ゲームを執り行ってください]
見事ポイント大量ゲットのさなえ。その後ろで臍を噛むみかん。
「じゃあ、罰ゲームからリセットの流れに移る前に、|お互いの札を見せ合いませんか《・・・・・・・・・・・・・・》?」
セイメイの提案に皆が素直に従う。
さなえとヤマジは、セイメイの持つ札を見て納得した。ヤマジを標的とした禁止行為は『五分間沈黙』。勃起ではなかったのだ。濡れ衣が張れたことに安堵の涙を流すヤマジ。
一方でより一層悔しさを増したみかん。指摘しようとしていたのはさなえの持ち札。内容は『「なるほど」と言う』。指摘できていれば当たっていたのだ。口惜しさに歯ぎしりを鳴らす。
ヤマジが『セクシーポーズを披露する』というどうでもいい罰を受けている中、セイメイは頭の中で考えをまとめる。
運営は手札の開示を否定しなかった。だが運営から開示を促されたわけではない。動画の視聴者には予め知らせていることだろうから、運営としてはこれは『どちらでもいい』ことなのだろう。ただ、手札を見せ合うことは想定していたはずだ。禁止行為による罰ゲームが、禁止行為の指摘に先んじるという順番がその証拠だ。禁止行為を知った後では『罰ゲーム中に誰かが禁止行為を行う』機会を無くしてしまう。
セイメイにとってこの情報は大きい。つまりルールには『明示されていないものがある』ということだ。と、いうことは。拡大解釈することで『ルールの幅を広げる』余地があるのかも知れない。
ここまでのポイントは
ヤマジ :1ポイント
みかん :1ポイント
さなえ :6ポイント
セイメイ:3ポイント
秋桜姉弟に圧倒的有利な展開である。
そしてゲームはリセットされ、各々の手札は一新された。
その内容は次の通り。
ヤマジ :標的は『春』(セイメイ) 禁止行為は『5秒間目をつむる』
みかん :標的は『春』(セイメイ) 禁止行為は『手を打つ』
さなえ :標的は『春』(セイメイ) 禁止行為は『深呼吸』
セイメイ:標的は『夏』(さなえ) 禁止行為は『笑う』
「あーら、ラッキーは二度続かなかったみたいね。あんたは弟君のピンチにどう対処するのかしら」
と楽しげな様子のみかん。セイメイをネタにしてこれまでの意趣返しをする腹積もりのようだ。
標的がサイコロで決められる以上、偏りが出る事は当然ある。しかしセイメイにとってこの状況はむしろ都合が良かった。
「はい」
どこにいるとも知れない運営に対して挙手。
なんのつもりかと疑念を抱く一同。
「禁止行為を指摘します」
「…………は?」
「やけくそになってる訳じゃないわよね。大丈夫なの? 間違えたらマイナス一ポイントで、更に罰ゲームよ」
「心配ないよ姉さん。絶対に当たるから」
飄々とした態度。外れるなど微塵も考えていない様子。勝つつもりで勝つ、そんな当たり前の態度に見える。当たるはずがない、と高を括るみかんだが、言いしれぬ不安を感じていた。
【それでは、禁止行為の指摘をどうぞ】
「指摘するのは『春』、僕の持ち札です。内容は『笑う』」
[ジャッジ! 『春』の手札が言い当てられました。『春』に三ポイント。言い当てられた『春』は罰ゲームを執り行ってください]
「おかしいでしょ!」
みかんは激怒した。
「そんなの認められないわよ! だって、それがOKなら、罰ゲームを覚悟して延々自分の手札を言い当てるだけで勝てるじゃない!」
「僕もそう思います。でも|ルールでは禁止されてない《・・・・・・・・・・・・》。それにほら、『ジャッジ!』って、承認されたでしょう?」
「運営!」
【…………申し訳ありません。審議させてください。しばらくお時間を頂きます】
「――――っ! 早くしなさいよね!」
してやられた、とみかんの顔に書いてある。苛つきながら爪を噛む様子を見ても、相当にお冠だ。
一方で感心した様子のヤマジと、弟を誇りに思う姉の姿。
「油断したわ。油断した! あんた、罰ゲーム受けたくなさそうだったのに」
「そうカリカリしないでくださいよ。あの状況じゃどのみちすぐに禁止行為に触れてしまいますよ。だったら、自分から一回。その一回こっきりで四面楚歌を抜け出せるなら被害は最小限でしょう?」
「その上三ポイントももらえて、お姉ちゃんと同点優勝だね。ところでみかんちゃん、今何点だったかしら。えーと、一…………あれ、一ポイントだけ?」
「うっさい…………うっさいのよ、あんた!」
煽る姉を抑える弟。その傍らで「俺も一ポイント……おそろいなんだぜ…………」と内心で独りごちるヤマジ。
それからさほど間を置かず、運営からの解答が降りた。
【私共の不手際によりご迷惑をおかけして申し訳ございません。
禁止行為を公表されたこともあり、今回に限り指摘を認めます。判定通り、『春』に三ポイント、及び罰ゲームを一回執り行って頂きます。
ただし、二回目はありません。次に自分の手札の禁止行為を指摘された場合、マイナス三ポイントと罰ゲーム一回を受けて頂きます】
「分かりました」
己の行為が認められたセイメイであったが、その表情は浮かばれない。本音を言えば罰ゲームは受けたくなかった。彼の理想の展開は『禁止行為を公表したため、無効試合。ポイントも罰ゲームも無しで仕切り直し』であった。
我を押し通し過ぎて運営の反感を買う事を恐れ、大人しく審議の沙汰を待っていたのが誤りであった。無理をしてでも意見を言っておくべきだったかも知れない。が、全ては後の祭りである。
セイメイは粛々とボールを引く。そこに書かれた内容は――
「『初めて性行した相手の名前は?』」
苦虫を噛み潰したような顔。これだけは引きたくなかった。だからこそセイメイはリスクを背負ってまで己の手札を指摘したのだ。
結果、失敗した。
「ちなみに質問なんですが、僕の場合は相手の許可って取ってないんですよね?」
【もちろんです。ただしご安心ください。代わりにご家族の許可を頂いております】
天の声を聞いたセイメイは意識を失いそうな程ショックを受けた。何故よりにもよって、という思いで。
しかし、踏みとどまる。ここで答えなければ、強制執行。最悪、行為を映した映像まで流されかねない。まさかそんなものがあるはずもないが、これまでの運営の本気度と金のかけ方を見るに、万が一を否定しきれない。
「待った。それはないんじゃないか? いくら身内の許可があったって、本人が嫌がるだろう」
ヤマジからの思いがけない支援に、疲れた笑顔で返すセイメイ。
「いいんです。聞けなかったでしょうから。
――――亡くなっているんです。だから、もう…………」
悪いことを聞いてしまった。後悔した様子が見て取れた。
これまで散々騒ぎ立てていたみかんも、流石に口をつぐむ。
だが、姉は。さなえは。「おや?」と不思議そうな顔を浮かべる。
「僕の初めての相手は、『秋桜みぞれ』。下の姉です」
「ケダモノッ!!!」
みかんは叫び、飛び下がってしこたま背中を打った。
さなえはショックで顔面から倒れた。
そして性欲の権化、小春ヤマジは完全に勃っていた。
続きます。