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16.春はすれちがい

 春。新緑と若葉の芽吹く頃。

 大学のキャンパスにも新入生が訪れ、様々なサークルが勧誘活動に明け暮れる。

 しかし、その中に、勧誘などする素振りもないサークルが一つあった。


 その名は――『AV研』!


 一切媚びることのないサークル。しかし毎年数名の猛者が集まる廃れ知らずの研究会。人の絶えた(ためし)がない沈まぬ太陽。それを趣味とする者達が、どこからか噂を聞きつけ辿り着く理想郷(ユートピア)

 メンバーがサークルに賭ける情熱は凄まじい。強制するものは居なくとも、誰となく自腹を切って最高の機器を買い集め、究極の映像美と至高の音響を求め続ける。地方大学の一サークルでありながら、その設備は日本屈指にして最先端。


 正式名称は言わずと知れた『オーディオビジュアル研究会』!

 アダルトな方を想像した奴は腹筋な。


 ◆


 そして今年も、初々しい一年生が所属の許可を求めて訪れる。

「……ええと、君がAV研(ウチ)への参加希望者?」

「はい!」

 如何にも野暮ったいくたびれた青年が思わず確認してしまうのも無理はない。相手は大学一年生どころか、ヘタをすれば中学生でも通じるような、純朴を通り越して無垢とも呼べる出で立ちの少女であった。敷地外でこんなに近づいたら犯罪者扱いされそうなほどに二人は対照的である。

 青年にとって、想定外過ぎた出来事。この状況に心の中で「アニメかよ!」とセルフ突っ込みを入れ平静さを保とうとするも上手くいかない。モッサい大学生と美少女中学生(見た目)の出会いが彼の心を掻き乱す。

 その沈黙は少女を不安にさせたようだ。

「あの……ダメ、ですか?」

 落ち込む少女の落胆顔を見て更に慌てる青年。

「あ、え、いやいやいや。大丈夫。全然大丈夫だから。

 まあ、その、男所帯のむさ苦しいサークルだけど、良かったら中に入って」

「はい! お邪魔します!」

 招き入れた直後に青年は部屋の惨状を思い出し、すぐさま後悔した。

 確かに設備は最高の環境が揃っている。しかし長机の上には食い散らかした菓子袋や空のペットボトルが散乱しているし、床には謎のちぢれ毛や塵・埃が落ちているし、半分住み着いてるようなサークルメンバーの下着が干してあったりもする。とてもじゃないが女性客を招き入れるような準備は出来ていなかった。

 足を踏み入れた少女も、そこらに放置されている丸めたティッシュを目の当たりにして絶句した様子。口元を手で隠し驚いていた。

「あわぉあぇっ! ごごご、ごめん。人が来るとは思ってなかったから片付けてなくて」

「――!? いえ、こちらこそ、驚いてしまって。すみません。えっと、でも、『らしい』って感じがします! 父の部屋もこんな感じでした」

「そ、そう?」

 少女の言葉に少しホッとし、気を遣わせてしまったことに落胆し、そして『らしい』と言われたことにちょっとだけショックを受けた。むさい(なり)をしてはいるが、汚い部屋がイメージ通りと思われているとは。せめて自分達のイメージが悪いだけで、AV業界全体のイメージではないと思いたい。


 ――と、一通り気落ちしたところで、少女の目線が一点に注がれていることに気付いた。部屋の奥に敷かれたままの煎餅布団だ。

「ああ、あはは、恥ずかしいもの見られちゃったな。ってのも、もう今更か。見ての通り、自分の家より設備が整ってるもんだからさ、帰らないで泊まり込む連中も多くて。僕もその一人なんだけど。

 君も寝泊まりするんなら、新しいの用意しないとね」

「!!? わ、わたしも泊まり込みでっ!?」

「いや! いや、無理にとは。無神経だったよ、ごめんごめん」

「あ、や、ごめんなさい。急だったのでビックリしちゃって。あの、だ、大丈夫です! むしろ、こちらからお願いしたいくらいです!」

「そう――なの? いやーははは、やる気あるね。嬉しいなぁ。

 おっと、座って座って。入会届を書いてもらわなきゃいけないんで――――それとも、試用期間みたいなの、いる?」

「いえ、書きます。わたし、ちゃんと自分で決めてここに来たんです。このサークルに入ろうって!」


 美少女が鼻息荒く捲し立てるのを見て、微笑ましく思う青年。用紙を渡して項目を埋めてもらう。その様を見ながら、「やっぱり珍しいよなぁ」と思い耽る。


「あの……自分でも場違いだなとは思ってたんですけど、やっぱり女性がこのサークルに入ろうとするのは珍しいんでしょうか」

「おっ!? あ、声、出てた?」

「いえ。でも視線を感じたので、そうかなって」

「あ、あはは……そうだね、あんまりいない、かな。女性はこういうの苦手だって言う人、多いから。

 ええと、保科(ほしな)さん――下の名前は、あかり?」

「はい。保科灯です」

「僕は大原(だいはら)正吾です。大きい原っぱで、『だいはら』。珍しい読み方でしょう?」

 彼にとっては自己紹介の持ちネタなのだが、灯は「本当ですね」と愛想笑いしてスルー。少し寂しい正吾であった。

 しかし興味がないと言うよりも、周りのAV機器が気になって仕方がないという様子。

「確かに珍しくはあるんだけど、去年までは女性も一人いたんだよ。卒業しちゃったけど」

「本当ですか!?」

「本当、本当。手先の器用な先輩でね。お父さんの影響でって言ってたな」

「わたしもです! 子供の頃から、父の手ほどきを受けて、その、だんだん楽しくなってきたというか……」

「そうなんだ。じゃあ保科さんも半田ゴテの扱いとか慣れてるのかな?」

「半田ゴテ!? あの、先っぽが熱くなる奴ですよね。鉄とか溶かしちゃう…………つ、使うんですか!? どんな風に……? お、押し付けちゃったりするんですか?」


 興奮した様子でゴクリと唾を飲み込む灯の様子に、「工作は苦手なのかな?」と思う正吾。しかしその割には興奮した様子で、頬も紅潮している。


「鉄を溶かすほど熱くはならないよ。それでも何百度かはあるけど。使う時は押し付けるんじゃなくて、先っぽの熱気だけ上手く利用するみたいな――うーん。言葉にすると難しいな。慣れると簡単なんだけど」

「勉強になります。

 実はわたし、道具はあんまり……父もそういったものには触らせてくれなかったので……」

「まあ、危ないからね」

「あ、でもロウなら使ったことあります!」

「そっちの方が凄くない!? いや、僕らもロウは使うけどさ」


 世間的には鉛とスズの合金を使った半田付けの方が一般的だろう。ロウ付けでの接着は歴史のある手法とも言えるし強度は強いので良い点もあるが、融点は高いので半田付けほどお手軽でもない。


「半田ゴテの方が一般的なんですか!? し、知らなかった……」

「お父さんのこだわりだったのかな。いや、でもロウに慣れてるならむしろ頼もしいよ。

 他にもお父さん譲りのこだわりがあったりするのかな?」

「こだわり――というか、そうですね。わたしではどう頑張っても買えなかったので、父におねだりすることになって、あまり好き勝手は出来ませんでしたからね。やっぱりお金を出す方の趣味が優先されちゃうので」

「あー、分かる分かる。結構高いしね。バイトでもしないと、欲しいものも買えないよね」

「はい。最近は安くて質の良いものも多いので誤魔化しも利くんですけど、やっぱり高い方が良いものが多いですから」

「逆に奮発して高い買い物しても『あれ、なんか違うな?』ってこともあるけどね~」

「そうなんです。結局一周回って昔からのお気に入りが一番だなってなったり」

「逆に安売りしてた古いのが案外良かったりね」

「そうなんですよ。専門のお店よりもリサイクルショップの方が意外と狙い目ですよね。どれがプレミア付いてるか分からないみたいで」

「あはは。保科さんは歩き回って探すタイプなんだ」

「ええ……えへへ。買う時は父にお願いするので、買う前に売れちゃったりして悔しい思いをする時もありましたけど、もう大学生ですからね。おサイフに余裕があれば買い漁りますよ!」

「程々にしなきゃダメだよー。はまると食費まで使い込んじゃう奴もいるから」

「うふふ。気をつけます」

「僕はどちらかと言えばハード(機材)寄りなんだけど、保科さんはソフト(映像・音声)寄りだったのかな。でも、そうやって足を使って探し回るくらいだから、ハードにも興味あるんだよね?」

「あ、え、そ……そうですね、はい。ハード(過激)なのも興味あります。大学生ですから。はい」

「だったら少しは手ほどきできるよ。この辺の店なら詳しいし」

「手ほどきですか!? は、ハードなお店の…………流石ですね、先輩は、お、大人です!

 わたし、大学のサークルはもっと大人しめなんだと思ってました。ここはわたしが思ってたよりもずっと凄い所みたいです。

 …………期待しても、いいんでしょうか?」

「もちろんさ! ウチは映研に助っ人頼まれるくらい撮影の得意な奴もいるし、画像の加工とか、音の調整とかを専門にしてる奴だっているんだ。君だってすぐ一人前の戦力になれるように、ビシバシ鍛えていくからね!」

「っ!!!? さ、撮影ですか! 撮られちゃうんですかわたし!?」

「撮るよ-。どんどん撮るよー。なんなら編集してネットに上げても良いし」

「ひゃー! ひゃーっ!」

「撮られるだけじゃダメだよ。保科さんにも撮影してもらうからね。きれいな映像の撮り方を覚えてもらうよ」

「わたしがカメラを! え、でも今ってわたし以外は皆さん男性で――えっ!? そ、そういうことですか!?」

「そっちは趣味じゃない? でも一通りは覚えてもらうよ」

「いえ、大丈夫です。バッチ大丈夫です! こればっかりは父に頼むわけにもいかないので! 先輩方の雄姿(オス的な意味で)はわたしがしっかりと記録に残します!」


 正吾は「なんて頼もしい後輩だろう」と感動していた。

 一方で灯は「素敵な交配(セッ○ス)になりそうだ」と期待していた。


 そしてお互いのすれ違いに気付かぬまま初日の顔合わせは終了した。双方が満足した答えを得られた、充実した一日だったと感じていた。

 春が始まっていた。

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