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15.人生は希望に満ちている

 会社が不祥事を起こし、不渡りまで出して、助けてくれる金融機関はなく、倒産することとなった。要領の良い奴はすぐに次の勤め先を見つけたが、自分は今もハローワーク通いである。

 幸いなことに貯蓄はまだあるが、先行き不安な中、出費は抑えておきたい。


 衣食住で最も金のかかるものは何かと言えば、住居。すなわち毎月のお家賃である。

 田舎でもお高いコレが、都会だと目も飛び出るくらいに高い。安定した給料があるからとそれなりの物件に住まわせて貰っていたが、無収入の今は厳しい支出だ。

 だが一度広い家に住んでしまうと――分かっちゃいるけどなかなかランクは下げられない。

 俺は迷った。迷いに迷って、足繁く不動産屋を訪ね歩いて、やがて足も棒になり精も根も尽き果てようかという時に――――つい、うっかり、手を出してしまった。


 THE・事故物件!


 正確に言うと数年前に不幸があり、いくらかの住人入れ替わりもあったため、定義上では事故物件と呼ばないらしい。

 だが、出る。

 何が、と野暮は言ってくれるな。出る。出るのだ。それ故に何人もの先住者が来ては去り来ては去り。長く住み着く者はおらず、そのため下がる家賃。飛びつく俺。喜ぶ財布。


 でも冷静になると怖い!


 なんでこんな部屋借りてしまったんだと、転居初日に後悔していしまうのが今の俺ナウ。

 片付けもそこそこに寝具だけ用意し暗くなった途端に布団に潜り込んだ。なんだか空気がひんやりしている。初日から出てきてくれるなよ。出てきてもいいけど俺の知らない内に居なくなってくれ。早よ来い睡魔、ウェルカム熟睡。気付いたら朝でした、が考え得る限りのベストチョイス。

 …………消したはずの灯りがチカチカと明滅している。ラップ音も聞こえるし。なんか凄い力で布団引っぺがされかけてる。ちくしょう、負けないぞ。俺は眠るんだ。意地でも平穏無事に過ごしてやる。


 もう引っ越しし直す余裕はないからな!


 あー、でも霊障には勝てなかったー。抵抗虚しく寝床から引きずり出され肌寒い空気にさらされてしまう。

「くすくすくす。ざまーみろってね。ここはあたしの部屋よ。出てって! すぐにここから出てって!」


 ――お? 意外とハッキリ見えるもんだな。どんなに恐ろしいものかと怯えていたが、見た目は普通の女性だ。さらに割と美人。こいつは嬉しい誤算じゃないか。


「なぁに? 怯えて声も出ないのかしら」

「いやぁ、姿が見えちゃうと別に怖くないなぁ。君、本当に幽霊なの? くっきりはっきり見えるんだけど。

 お? 触れない」

「躊躇無く手を出してくるな! なんだこの野郎。調子狂うな」

「これ本当に幽霊かな。モテない俺の妄想が具現化したのと違うよね。それとも実は夢の中?」

「ホ・ン・モ・ノ・で! ゲ・ン・ジ・ツ・だ!」

 触れようと差し出した手が謎の力で押し戻される。おお、大の男の腕力を上回るとは。ポルターガイスト恐るべし。

 …………いや、ちょっと待てよ。んん? これはひょっとして。

「うっ、強! ちょっと、なんで急に押し返せなくなって……わわわ!」

 霊の彼女がやおら慌てふためきだす。だが俺は構うことなく全身に力を入れて腕を伸ばす。指先に力を込めて、目指す地点はたわわな双丘。女性特有の二つの膨らみ。男のロマンと脂肪の詰まった魅惑のおぱーい目指していざ行かん。

「ふんぎぎぎぎ…………ちょ、ちょっとタンマ…………うぉぉ、こ、この変態ぃぃぃっ!」

「好きに言え。なんとでも言え。いや、むしろ罵って! 罵声を浴びせて。心が傷付くような一言を! さあ! いざ!」

「ひぃぃ、とんでもない奴が越してきた!」

 やがて俺の両の手は彼女の胸元へと辿り着いた。そしてその曲線をなぞるように手を動かす。

 すると、どうだろうか。

 擬似的にではあるが、おっぱい触ってるような気分になるではないか!

「これが女性の乳房の感触なのかっ!」

「違うよバーカ! バッカ、バカバカ! 童貞こじらせてるんじゃないわよ!」

 感無量の一時になぜか水刺す女幽霊。だがその言葉は俺にの心に響かない。

「我思う。故にこれがおっぱいの感触」

「違うから! 実際触るともっとやわっこいのよ! こんなガッチガチの抵抗力ないっつーの。ぐあぁぁぁ、頬ずりしてくるな! あー、くそ、くっそ強いな。なんだこのチェリー野郎は!」

「幽霊ってことは、合法シチュエーション。このおっぱいは俺が好きにして良いおっぱいなんだ。マジかよ。毎晩π乙フルコース。これで家賃がこのお値段。あああああ、嬉しい。会社倒産して泣きそうな毎日だったけど、不安で押し潰されそうな今日この頃だったけど、こんなに嬉しいご褒美が待っていたなんて。ありがとう。神様ありがとう!」

「怖い! 生きてる人間が怖い! こんなのやってられるかー!」

 不意に抵抗がなくなり勢い余って転がる俺。振り返ると女幽霊は段々薄くなり消えていくところだった。

「待て。待ってくれおっぱい! 明日も、明日も出るんだろう!?」

「出るか! あとおっぱいって呼ぶな!」

「そんな……そんなことってあるかよ! 俺の幸せな一時がこんなに早く失われて良いはずがない! 戻ってきてくれ。カムバック。カムバーーーーック!」

 そんな心からの願いは聞き届けられず、女幽霊は影も形もなく消え去ってしまった。失ってしまったものは大きい(おっぱい)。でも去り際の虫を見るような目は良かった。


 なんだかんだ言ってたけど、あのタイプはツンデレだと思うんだ。

 だからきっと明日も出てきてくれる。俺にπモミの喜びを教えてくれる。

 そう信じて一日が経ち、二日が経ち――――半年を過ぎた頃、再就職先の仕事にも慣れ始めた俺は、新たな希望を見つけていた。

 幽霊のおっぱいを触ることが出来たのだ。ならば自分が幽霊になったあとも、誰かのおっぱいを揉むことが出来るはず。逆も真なり。それが道理。それこそが摂理。

 それに気付いた時、もはや死は恐怖ではなく、何事にも当たって砕けろの精神で思い切りよく取り組めるようになった。


 今は全てが充実している。そう、望む物(おっぱい)が未来で待っていてくれるから。

 この想いを、悩み苦しむ世界中の皆に伝えたい。


「おっぱいを揉むんだ!」と。

 でもこいつは揉んでない。

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