13.人間の証明
遠野サユキはロボットか宇宙人のようだと噂されている。
彼女はいつも一人だ。誰とも迎合しようとしない、する気がない。見かけた時はいつでも一人。座って本を読んでいる。
言い争いも拒否もしない。言われたことには諾々と従い、不平や不満は洩らした例がない。
喜ばない。怒らない。悲しまない。笑わない。
しかしその端正な顔つきは作り物であるかのように美人で。
故に、ロボット。感情のない、作られた存在だと噂されている。
でも私はこれ厨二病なんじゃないかなーと内心疑っているのだ。
何故ならば私にもそういう時期があったから。
中学に上がりたての頃、有料動画配信サイトで視聴した『涼宮ハルヒの憂鬱』。アニメから入り原作小説でズブズブに嵌った私は公式の二次創作や同人誌を集め、まとめサイトのSSを読み漁り、コスプレにまで手を出して染まりに染まったオタク生活。あの頃は楽しかった。めちゃんこ楽しかった。
当時の私はハルヒよりもみくるちゃんよりも『長門有希』になりたかった!
その後こじらせて学校でも成りきって暮らしてたら学年全体から総スカン喰らって親兄姉からもブチ切れられて終焉を迎えてしまったわけだが。今も私の胸の内に鈍くどす黒く燻り続ける真っ黒黒歴史。思い出す度叫びたくなる。あ、死にたい。今死にたい。
ともかく。
比べるのも失礼だとは思うけれど、彼女の静謐な佇まいがかつての私と被って見えるのだ。ただ一つ、私の時と違うのは、彼女が『認められている』ということか。人生を棒に振るような勢いだった私とは違い、受け入れられているのだ。
いいな。うらやましいな。あのポジションに私も納まりたいな。
でもまあムリなんで、せめてお近づきになりたい。お友達になりたい。
そんな想いを胸に抱いてやってきました文芸部。
扉を開くとその先には、窓から差し込む夕日に照らされながら本を読む文学少女が一人。
ピロリロリン♪
「……だれ?」
――――はっ! しまった、無意識に写メってしまった。
くぅ~、絵になる。金になるレベルで。なんて素敵なんだ! ……じゃなかった。
「怪しい者ではありません! 私は須崎美也子。入部希望者です」
「…………そう。
文芸部はもう無いわ。わたし一人しかいないから。ここももう部室ではないけど、空いてるから使わせてもらってるだけ。本が好きなら図書委員になった方が良い」
話を聞きつつもゆるりと動き遠野さんの背後に付く。セットポジションOKだ。
「……なに?」
「ちょっと、こう、バンザイしてもらえますか?」
「こう?」
「そう。イエス。それでは失礼します」
パイターッチ!
「ぴあぁぁぁぁぁぁっ!!」
遠野さんは小鳥のような甲高い叫び声と共に私の手を振り払う。
「……なんのまね?」
しかしそれも一瞬のこと。すぐさまいつもの淡々とした感じに戻ってしまった。
「貧乳は感度高いって本当なんですね」
「まず質問に答えて」
「でもごめんなさい。狙ってたのは乳首なんです。だからブラジャー外してもらえませんか?」
「……理解できない」
「おかしいな。頼み事は断らないって聞いてたのに」
「身の危険を感じれば断る。普通に」
普通。普通か。遠野さんからは程遠い言葉だ。
でもそう。そうなんだよ。いくら美人でも、神秘的でも、普通の人間。普通の女子高生なんだ。
「入部希望は嘘でした! ごめんなさい! 私は――私は、貴女がロボットじゃないって証明しに来たんです!」
「証明しなくてもロボットじゃない」
「分かってます。分かってますとも。それを広く世に知らしめていきましょう」
「しなくていい。わたしはここで静かに本を読んでいたいの。帰って」
パイターッチ!
「ぴあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガードの下から潜り込むように差し入れた指は強固な囲いを潜り抜けることは叶わず。残念無念。ていうか、固ぇなこのブラ。何の素材で出来てるんだ。普通もっと弾力あるでしょ。
「なぜわたしの胸を触ろうとするの」
「胸でなく、乳首です。乳頭、ニップル、バストトップ。ご理解頂けましたでしょうか」
「理解出来ない」
「遠野さんがロボットでないことを証明するためです!」
遠野さんは眉を潜めてこちらの様子を覗っている。なるほど、意図するところが伝わっていないとよく分かる。
「えー、順序立てて説明します」
「もう帰って」
「まず遠野さんロボット説や宇宙人説といったトンデモな噂が流布されているのです。ですがそんな根も葉もない噂のせいで遠野さんが孤立するのは見過ごせない! そこで私は遠野さんが普通の女子高生であることを証明してやろうとここに来たところまでが経緯。
そして遠野さんが人間であると証明するために、私は貴女の乳首を触るのです。こねくり回して、気持ちよくなってもらおうとしているのです」
「あなたは論理的思考が出来ていない」
「違うんです。聞いて下さい。
おっばいが性感帯になってるのは人間だけなんです。特にその先端が。つまり私が遠野さんの乳首を弄ぶことで気持ちよくなれれば、それが人間の証明となるのです!」
「帰ってください」
いけない。このままでは遠野さんの心が閉ざされてしまう。なぜだ、一体どうしてここまで頑なに――くそう、これが日本社会の歪さというやつなのか。
「安心して遠野さん。私はあなたを孤独にはさせない!」
「一人で静かに本を読みたいだけなのに……。
もういい。あなたが人の話を聞かないのなら、わたしも相手をしない」
隔絶の言葉を宣言したのち、遠野さんはいつもの無表情でまた本を読み始めた。まるでそこに誰も居ないかのような態度。つまりはノーガード。何という無防備な姿だろう。
現在のポジションは、イスに座り本を読む遠野さん、の真後ろに立つ私。腋こそ閉じられているものの上からでも下からでも攻め放題である。
ここまで隙だらけだと逆に戸惑ってしまう。いいのかしら。これって直につまめちゃうんじゃないかしら。
「んっ……ふっ……」
上着の裾から手を差し入れる。くすぐったいのを我慢してか、遠野さんの口から吐息が漏れるものの、抵抗する素振りはない。よし、まずはブラを外そう。背中は背もたれに預けられているためホックを外せない。――いや、ひょっとしたらフロントホックかも知れないぞ。一縷の望みをかけて胸元をまさぐる。
「――――っ――――ふぅっ…………」
ああ、違うな。やはりノーマルホックか。しかしこれは――肩紐のないタイプだ。肩だしの服でもないのにストラップレス。おしゃれか? おしゃれさんなのか? でもこれなら…………ずらせるな。
「~~~っ~~~っ! ――はっ…………ぅっ!」
なかなかずらせない。何か引っかかってる感じだ。触った感じ、伸びる素材だと思ったけど、意外としっかり締まってるんだなぁ。
だが――これで――――終わりだ!
「あぁーーーーーッ!」
一気にズリ降ろした瞬間、遠野さんは嬌声にも似た声を上げ私の手を振りほどいた。そして今までの大人しさが嘘のように脱兎の如く駆けていく。
「助けてー! 誰か助けてー!」
大声を上げ部屋を飛び出し逃げる遠野さん。あと一歩のところで獲物をつまみ損ねた私。
ぽつねんと取り残された私は一抹の寂しさを胸に夕日を眺めていた。
そんなアンニュイな私の心境をさておき、段々と大きくなる喧噪。あー、なんか大事になってる騒ぎ声がする。
◆
このあと、私は学校一の美少女に襲いかかったプロのズーレーの人として一躍有名になるのであった。あと親が泣いてた。死にたい。
まあ、その辺の波瀾万丈はまたの機会にということで。