10.女性も立ちションするという話
女性用小便器というものがある。
いわゆる『立ちション』、すなわち立って放尿するという目的で作られた『女性用の』小便器である。
1900年代初頭から存在した男女兼用の小便器から派生する形で生まれたそれは、1930年頃には既にアメリカに存在していた。
「……先生。なんでそんなナレーター風の語り口なんですか」
昭和初期に日本でも製造され、東京オリンピックの際には国立競技場にも設置されたことで有名なその便器の名は、『サニスタンド』。
「いや、有名じゃないですし。知ってるのが当然みたいな切り口で語られても」
一時期は女学校に設置されたこともあり、女性のトイレ渋滞解消に尽力した名脇役であったが、世間の風評に打ち勝つことは叶わず、1971年、惜しまれつつも生産中止となってしまった。
「惜しまれてたんですか。本当でしょうね。順当な結果に思えるんですけれども」
しかし時を経て2018年……
「先生? どこ行くんですか先生? せんせ――何持ってきてるんですか先生!」
ここ、晴ヶ浜女子中等部に復活を果たした!
「ポリス! ポリスメーン! いや、教育委員会!」
では早速実演して頂こう。
「するか!」
男性用と違って正面を向くのではなく、壁に背を向ける形で跨がって立ち――
「いや、違います。やり方が分からないからとかじゃなくて。
嫌なんです! 普通に!」
今回メーカーのご厚意で5万を切ったこの小便器。しかしその購入資金の出所は経費。昨今経営難に悩まされる私立の学校が無駄にして良い金額ではない。つまり――やるしかない!
「バカー! 一介の教師がなんてものに大金はたいてるんですか! 本当ばか! 本当ばか!
ちょっと……そのカメラは…………」
なお、今回の記録は資料映像として全国の女子校に配布されることが決定している。
「だからナレーター口調で!?」
男性用と違って正面を向くのではなく、壁に背を向ける形で跨がって立ち――
「だからやりませんってば! なんでわたしがこんなこと!」
「やるんだよぉぉぉっ!」
「きゃあっ!」
男性用と違って正面を向くのではなく、壁に背を向ける形で跨がって立ち。
「うう……な、なんでわたしがこんな目に……」
下着を降ろし、スカートを手でたくり上げ、中腰になる。
「……え? や、下着まではちょっと。ポーズだけ。これでも十分恥ずかしいんですから! ポーズだけでいいでしょ」
「――ッ!」
「ひぃっ! 鬼のような形相で……あぅあぁぁ……うあぁぁぁ…………」
そして便器の枠を越えないように狙いを付け、小便を放つ。
「むりむりむりむりむり。これは本気じゃないでしょう。だってこれ下水に繋がってないし。ここで出したら床に垂れ流しになるだけだし。
分かりました、CG! 妥協します。コンピューターグラフィックで再現しましょう。これが精一杯です。ギリギリです。アウト側のギリギリです!
――――なんですかこれは? シート?
…………ペット用のトイレシートじゃねぇか! 溢れるわ! もう一回言うぞ。溢れるわ!」
「いい加減にしろ陽子! わがままばっかり言いやがって」
「わがまま!? 乙女のプライドをわがままの一言で片づけるか!? やりませんよ。ぜーーーーったいやりませんよ!」
「パンツ降ろしたまんまで言っても説得力ねぇんだよ!」
「ぶっ殺すぞクソ教師」
「なんだよ。だったらお前5万払えるのかよ! 送料と消費税込みで払ってくれんのかよ!」
「わたしが買ったわけじゃないでしょうが! もう知らない。お父さん、教師のくせにダメ親父過ぎる!」
「陽子ぉ。頼むよぉ。助けると思って!」
「いやよ! 地獄に堕ちて! お母さんと離婚して! 養育費要らないから子供と面会しないって約束して! そして逮捕されて!」
これが実の親に対する仕打ちだろうか。
女性用小便器『サニスタンド』。廃れて消えた理由の一つはPTAによる『年頃の娘に変なことさせんな』という風評被害だったという。
「納得の理由だわ!」