第7話 ~灼嵐、駆ける~
~~城塞王国ガーンバルド、城外「ミエアル平原」~~
「グギャアア!!」
甲高い威嚇の声を挙げながら、ワイバーンがごうごう風を切り疾駆する。
標的はひょろ長い人影。身長は明らかに2メートルを超えている。
ワイバーンの強さは速度にある。
成人男性よりも大きな体を、魔力を駆使して目で追えない速度で自由自在に動かし、敵を翻弄する。
ワイバーンの怖さは攻撃手段の多彩さにある。
鋭い鉤爪、尖った尻尾、口から魔法攻撃。全てに瞬時に反応するのは至難の技だ。
ワイバーンは標的の周囲を不規則に飛び回り、完全に死角に入った、と確信した。
背後から鉤爪で狙う。無論先ほどの威嚇と違って、叫んで位置を晒すような真似はしない。
標的は微動だにしない。仁王立ちだ。
堂々としたその佇まいに、ワイバーンは瞬間、違和感を覚えた。
何故恐れない?
「はぁっ!!」
鉤爪が弾き上げられた。
耳障りな金属音。
ワイバーンはバランスを崩し、速度を削られた。
標的の姿勢が変わっている。
ワイバーンは知る由もないが、後ろ回し蹴り直後のような姿勢だ。
極端に長い脚で放たれたそれが、ワイバーンの鉤爪を弾いたのだ。
否、正確には、長い脚ではない、足に装着された長い武具。
魔導拡張義足_灼嵐_八一丙型。
標的──ヤイ・ゴックスのために特別に造られた、近接戦闘・高速機動に特化した兵装だ。
「三倍速で、出直してきなさいっ!!」
ヤイが駆け出した。
ワイバーンは目を疑う。人にしては、どころか馬を越える超速。
一歩一歩が大きく、荒々しくも洗練されている。
ワイバーンは思わず故郷の仲良しの虎を思い出し、少しほっこりした。
「ギャゥウウ!」
ワイバーンはすぐにキリッとした表情に戻り、ヤイを低空から全力で追いかける。
草原を切り裂く二対の烈風。
速度はさすがにワイバーンが勝る。
ヤイのまさに頭上に、ワイバーンが到達せんとす、その刹那。
「どぉっ…せいぃっ!!」
ヤイが消失した。
ように、ワイバーンには見えた。
実際は唐突な跳躍であり、速度をそのまま威力に変換したムーンサルトキックであった。
「グゥウウッ!!?」
眼前に突然現れた凶悪な両足に、ワイバーンは正面衝突した。
激しい衝撃。
双方落下。
数秒経って、立ち上がったのはヤイだけだった。
~~~~~~~~~
「ま、こんな風にワイバーンには勝てるのよ。でも強い龍種、ましてや古龍種となるとこうはいかないわ」
先ほどの戦闘がなかったかのように涼しげに、ヤイは言った。
「いや今のも全然ヤバかったと思うけどな!?」
ザウは冷や汗を流しながら、ヤイから少し距離を取った。
「そう? 大型獣課じゃ準備運動にもならないけど……少しは強くなったってことかしらね」
ヤイはうんうん、と誇らしげに頷いた。
二人は、件のベルダドラゴンの襲撃に、人間の思惑が絡んでいるのではないかという疑いを持った。
そのため、ドラゴンを従える人間、すなわちにドラゴンライダーのところに話を聞きに来たところ、話の流れでヤイとワイバーンが戦うことになったのだった。
「あのーッスね。ワイバーンって普通、パーティで戦うもんッスからね?」
二人に少し遠くから声をかけてきたのは、ドラゴンライダーのパミックだ。
ワイバーンを簡易治癒魔法で治療している。
「そうなの? 大型獣課ってほら、基本単独行動だから」
「さあなぁ。俺もぼっちだぜ」
二人は共感に頷き合う。
「倒せるのもマジッスか? ッスけど、手加減、いや足加減してるのがマジヤバっすね……」
「安心しなさい。峰打ちよ」
「足に峰とかあるのか?」
「ほらここ」
ヤイは義足のつるっとした所を指さす。逆に言うと、他の場所は兵装らしく痛そうな形状だ。
ザウは「ほへえ~……」と眺めていたが、義足に繋がるヤイの白く瑞々しい生足にドキッとして目を逸らした。
「……怖がらなくても、蹴ったりしないわよ」
ヤイは不満げに言った。
「いや、そんなんじゃねえよ!?」
ザウは否定したが、本当の理由を言うわけにもいかないので困ってしまった。
「あー、こほん。んで、パミックさん。ワイバーンに乗るのは、ワイバーンに認められなくちゃいけない。そのために一番手っ取り早いのは戦って勝つこと。ってことなんだな?」
「そうッスねー。この子たちちゃんと知能があるッスから、一応戦う以外でも可能性はあるッスけど。普通に基本好きみたいッスよ、力比べ」
動物はみんなそうッス、とワイバーンを撫でながらパミックは笑う。
「じゃあさ、古龍ってのも戦って倒せば、言うことを聞いてくれるのか?」
「はぁ?」
パミックは鼻で笑ってから、おっと、と口を手で隠した。それから畏まって、
「あのッスね。ドラゴンライダーもあくまで、お願いして乗せてもらってる立場ッス。この子たちのしたくないことはさせられないッス。第一その古龍、ってか噂のベルダドラゴン種ッスよね? に勝とうと思ったら、勇者を万単位で用意しないと可能性も出ないッスよ?」
「そうなのか? じゃあ無理か……」
「……まぁ~でも逆に、ヤバヤバの試練をクリアすれば一回ぐらいはお願い聞いてくれるかもしれないッスね~。百年とか平気でかかるやつ」
「死ぬじゃん」
「まぁ龍感覚ッスから」
パミックは肩を竦めた。
「何世代かで協力すれば可能性あるかもね。だとしても、願いが『王国をちょっと破壊すること』じゃ意味がわからない。まだ途中だと考えたほうがいいかしら……」
ヤイは深く考え込む。
「とりあえず、人間の尺度で考えんほうがいいッスよ。古龍種なら人間より当たり前に頭いいッスけど、そういうレベルじゃなくて。見えてるもんが違い過ぎるッス」
パミックはどこか憧れを帯びた視線を空に向けた。
「どゆこと?」
「存在としての格が違う、ってことッス。神様に命令するヤツはいないし、愚かなお願いをされてイラつく神様もいないでしょ? ッス」
「それは……」
ヤイは何か反論しようとしたが、パミックの目が幸せそうにガン決まっていたのでふ、と諦めて口を閉じた。