第5話 ~機密文書の違和感~
機密レベルEの書類には、龍接近の発覚経緯や、報告の流れが記述されていた。
文書によれば、当日に龍を発見したのは、その方角を城壁で監視していた監視兵二名だ。
監視兵二名の証言は概ね一致しているが、龍の大きさや細部は微妙に異なっている。
これは、片方が即座に"第四種戦争配置"を要請するために、連絡手段のある守衛室に向かったためのようだ。
実際は、"第四種戦争配置"は発令されなかった。その前に龍が撤退したからである。
「っていうか、やっぱちゃんと龍じゃんよー。これがあるなら、聞き込みの必要あったか?」
ザウは長文を読むのが嫌いなので、机に寝転びながら文句を垂れている。
「裏取りよ裏取り。なかったことをあったことにするのなんて、よくあるんだから」
ヤイは書類を読み進める。
機密レベルDの書類には、被害について書かれている。
被害内容については、大雑把に被害を受けたエリアや、推定被災者数について書かれているだけだ。「死亡者〇」がやけに誇らしげだ。
建物の被害の種類については、「龍の炎」「龍の風」「龍の体当たり」の三種類だ。
しかしこれは、裏を返せば──
「……応戦らしい応戦はしてないってこと?」
龍に傷を与えようと思えば、大規模な魔法の行使が必要になる。
それで周囲の建物に被害を与えないことは実質不可能だ。
「……いや、被害があっても、龍による被害に混ぜるに決まってるか」
防衛省管轄の軍が具体的にどう対応したかは、機密レベルDの書類には、通報を受けたところまでしか書かれていなかった。軍の即応力に関する部分なので、機密レベルが上がるのは当然ではある。
「……へぇ。内部の動きまで獲ってきたんだ。やるじゃない、あんたのとこの大臣」
機密レベルCを飛ばしてBの書類には、軍の動きの詳細が記されていた。
「そうなのか~? なんかとぼけたねーちゃんって感じだけど」
ザウはのんきに構えている。堅苦しい文言が多いので、すでに書類から興味を失いかけていた。
「普段じゃあたしでも見れないレベルよ。どれどれ……」
ヤイは唇を舐めてから、目をギラつかせて書類を睨む。このレベルの書類には一定以上の階級の人間しか解除できない隠匿魔法がかかっているが、この書類のものはすでに解除されていた。
書類によれば。
まず城壁外での戦闘が検討され、却下されている。
即応できる常駐軍の戦力では、出すだけ無駄だと判断されたようだ。
当時、東方への遠征軍、北方への防衛軍に相当の戦力が割かれていたことも、戦力不足の理由に挙げられるだろう。なおこれらの軍の多くは、龍襲撃を受けて現在は王国に帰還済み、あるいは帰還中である、とある。
次に、"世界樹の息吹"なるものの起動も提案されたが、これも起動時間の長さを理由に却下されている。
「"世界樹の息吹"ってなんだ?」
「さぁ……世界樹が魔法シールド張ってるのはいつもだし。世界樹の魔力を利用した大魔術かしらね」
結局、主に動いたのは第一部隊(エリート兵団)、第三部隊(魔術師団)のようだ。
それも迎撃ではなく、威嚇攻撃や炎への防御に留まっている。
他の師団は、住民への避難誘導を行っている。国外ではなく、国内の指定避難施設への誘導だ。
「まあ、国外に出たら安全ってレベルじゃないものね」
ヤイはページをめくる。機密書類Bの書類の最後に、分析班による考察が記されている。
『龍の気まぐれは解し難いが、龍が目的を果たさずに諦めたくなるほどの自衛力を我が国はまだ発揮していない。また、この小規模な破壊が目的であるほど龍は矮小ではない。祈るより、再襲撃を警戒するべきである』
「…………」
ヤイは少し緊張しながら、さらにページをめくる。
そこには、隠匿魔法の解かれていない、機密レベルAの書類があった。
「あれ? なんだこれ、読めねーじゃん」
「……"読むな"、ってことと、"ある"、ってことね。ふぅ……」
ヤイは息を吐き、椅子の背に深くもたれかかった。
「なんか、そんなに新情報! って感じのはなかったな。軍もふつーに動いて対応してたみたいだし」
「ん~~……どうしようかしらね……」
ヤイは悩んでいた。
どこまでザウに言うべきかを、悩んでいた。
しかしどう考えても、この先起こることにザウを巻き込まないことは不可能であるし、隠して動くのも面倒だ、とすぐに結論付けた。
「あのね。色々疑問はあるけど、一番ヤバそうなのは──発見が遅すぎるのよ」