第43話 ~こちら龍災対策室~
アザレアの消滅と共に、"腕"も嘘のように消え去った。
ただし大地に、"腕"の禍々しい足跡は残った。また、王国の受けた建物の被害も、エンヘルのダメージも癒える様子はない。
それはすなわち、"腕"に奪われた生も死も、元通りにはならないであろうことを意味していた。
出自の不明な異形体だ。またいつ不意に、扉の向こうから、夢の奥から、部屋の隅の黒ずみから、友人の口の中から、現れてもおかしくない。
次はあなた。
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「父はオレが連れて行く。我々はドラゴンだ、長い時間をかけて治せばいいだろう」
デレムは、3mあるエンヘルを軽々と背負い、徒歩で北の山──エンヘルの家へと去って行った。
ここでエンヘルにトドメを、とは誰も言わなかった。
ノットの亡骸に対するエンヘルのふるまいを見れば、"試練"があの時点で終わったことはみなわかっていた。最後に妙な邪魔が入ったが。
第一、デレムにその意思がない以上、エンヘルを仕留めるのは不可能だった。
"試練"は終わった。
しかしザウとヤイの仕事は全く終わっていなかった。
"創生光"と"腕"による直接的な被害、"世界樹の息吹"発射による高魔力汚染被害、戦場の負傷者、また蘇生者の救護。死体の搬送。
本国に控えていた戦力があるため、人手は足りていた。しかし戦場の様子を正確に把握していて、なおかつ比較的無事な人間は限られており、ザウとヤイはひぃひぃ言いながら対応に当たった。
実際のところ、ザウは長時間の戦闘で相当疲労していたが、ヤイのダメージはさらに深刻だった。戦闘時の急始動、急停止を繰り返す動きは、人間の限界を超えていた。治癒魔術でも治療しきれず、しばらく戦闘は厳禁、力むような行動もしないように、と治癒魔術士から厳命を受けた。
そんなこんなで、ひと段落ついたのは、翌日の夜明けごろのことだった。
「つっ……かれたー!」
「あー……シャワー浴びたいわ」
ふたりは綺麗に片づけられた環境省塔の頂上にいた。
空は澄み切った濃い紺色。
昇りかけの朝日が、鮮やかなオレンジ色の帯を描いている。ブルーアワーだ。
「……これから平和になればいいなぁ」
ザウは呟くように言った。
ガーンバルド城塞王国の朝は早い。特に今朝は、夜からの喧騒が続いており、今も王国を行きかう人々のざわめきや、建物を直すトンカチの音が聞こえている。その合間に、伸びやかな鳥の鳴き声も響いてくる。
「……」
ヤイは何も言わず、隣に立つザウの肩をぐい、と引き寄せ、お互い横向きのまま頭をこつん、と合わせた。
きっと、平和にはならない。
今回のことで、ガーンバルド城塞王国の戦力・国力は大幅に低下した。周辺諸国の動きは慌ただしくなるだろう。
治癒術士・蘇生術士が多く配備されていたため、直接的な国民の死者はそう多くない。それでも0ではないし、住居を失った住民は少なくない。しばらく避難所での生活となるだろう。
部隊の再編制も必要だ。環境省のトップも変わることになる。内部での権力争いも起こるだろう。
だからと言って、今回の戦いが無駄だということは決してない。
「あー、おふたりさん。お邪魔してすまないが」
「ひゃうっ!?」
「あっ、ゴットーさん」
突然、後ろからゴットーに声かけられ、ヤイはビクッと背筋を伸ばした。ザウはふつうだった。
「ザウくん。君は環境省龍災対策室長だ。"龍災"の終わりを、正式に発表する責務がある」
「え? いやでも、まだ困ってる人はたくさん……」
「『あらゆる面倒が終わったよ』、じゃない。『もうこれ以上龍に襲われることはない』、という発表だ。必要なことだろ?」
「……なるほど。それはそっすね。やりますかー!」
ザウはほんの少し迷ってから、すぐに動き出した。ヤイはやや複雑な気分になりながら後に続く。
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ガーンバルド城塞王国・環境大臣執務室。
「音声は、国中に届くようにしてある。原稿はいるか?」
「やー……自分で、やるす」
ゴットーは頷き、ザウに魔導通信機のマイクを渡した。ザウは神妙に受け取ると、しばらくそれを見て固まった。
「胸張って。見てるから」
ヤイはザウの耳元に囁き、ザウの空いているほうの手を、生身の左手と義手の右手、両方でしっかり握った。
ザウは少し驚いてから、ヤイの微笑みをしっかり見て、満面の笑顔になった。
『あー、あー。こちら龍災対策室。環境省龍災対策室長、ザウ……』
ザウはそこで言葉に詰まった。
ヤイはザウの肩を叩き、ヤイのほうを向かせる。
ヤイは音が入らないよう口パクで、4文字を伝えた。
一瞬、ザウの顔がくしゃりと歪む。
ヤイは頷き、ザウも強く頷き返した。もう、頼もしい顔になっていた。
『……ザウ・アースイです。現時刻をもって──"龍災"の終息を、宣言します』




