第42話 ~決戦当日.13──龍災、決着~
~ガーンバルド城塞王国南側 戦場 王国付近~
殴打。殴打。殴打。淘汰。
巨大な"腕"が劣悪な拳を握り、癇癪のようにベルダドラゴン──エンヘルを虐待する。
「グ、ォオオッ!?」
エンヘルは成す術なく地面に埋め込まれていく。
肉体的なダメージらしいダメージはない。物理的な威力としては、普通の大砲程度の威力しかなかった。
人間相手ならともかく、ドラゴンに対してはさほどの脅威ではない。
だが、"腕"に触れられるたび、エンヘルがおかしくなっていく。
翼がずれ、腕がひしゃげ、牙がさかさまになり、内臓がまろび出る。
子供の描いた絵のように、独自の整合性に沿って整えられていく。
つまり"腕"の攻撃、否、干渉は、泥を捏ねて好きな動物を形作ろうとする子供の創意に近かった。
エンヘルを容易く無力化した"腕"は、王国への進撃を再開した。もう幾ばくも無い距離。
「攻撃が無理ならっ……!」
デレムは王国と"腕"の間に割って入り、魔力で防壁を展開した。
"腕"は構わず歩みを続ける。
デレムの防壁にぶつかると、"腕"は少し困ったようにうろついてから、7つの指を使って器用に防壁を登り始めた。
「なっ……」
防壁を登りきった"腕"は、ぴょん、と飛んだ。
飛んだ先には、防御機能も迎撃機能も喪失した、無防備なガーンバルド城塞王国がある。
「あぁああああああぶつかりますわーーーー!!」
その"腕"に。
人間が弾丸のように突き刺さった。
クローズの大砲から発射された、王女の影武者こと"フィオナ"だった。
「はっ……?」
"腕"は押し戻され、王国の南門と城壁をガラガラと崩しながら、王国の外側に着地した。
デレムは驚いたが、驚きポイントが多すぎて混乱した。
「おい! 今攻撃できてたよな?」
「あ、ああ。何か策があるのか……? というか無事か……?」
ザウに声をかけられ、デレムはなんとか我を取り戻した。
「俺が聞いてくる! お前は国を頼む!」
ザウが影になり、"フィオナ"の落下地点まで急行する。
「あ、ああ! 任せろ!」
デレムは再び王国と"腕"の間に割って入り、防壁を展開する。今度は登れない高さ、形状。解除と形成を繰り返せば、多少の時間は稼げるかもしれない──時間稼ぎに過ぎないが。
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空から王女が降ってきた。
「うそっ、えっ、なんでっ!?」
ヤイは咄嗟にアオイの死体を手放してから、弾丸のように降ってきた王女を、なんとかキャッチした。
威力を受け止め切れず、砂埃を上げながら平原にゴロゴロと転がる。
「はぁはぁ……死んだらどうしますの!」
空から落ちてきた王女、"フィオナ"が叫んだ。
髪はアフロ、服はボロボロ、体も汚れている。
ただし胸元の宝石だけが、生命の鼓動のような、白く高貴な輝きを放っていた。
「王女……ですか?」
「ええ、今は。時間がマジでねーですの、誰かしら……」
"フィオナ"は戦場をキョロキョロと見渡し、ヤイの近くに倒れているアオイに目をつけた。
「その民。信頼できまして?」
"フィオナ"がアオイのことを言っていることは、ヤイにはすぐわかった。迷わず頷く。
「よろしい。はぁ……一応はじめてなんですのよね……」
"フィオナ"は天を仰ぎながら、動かないアオイに近づき、跪いた。
それから胸の宝石に両手を重ね、祈るように詠唱した。
その宝石は、王家に伝わる秘宝中の秘宝。
瞬きの間のみ死者を動かし、成すべきを成させる蘇りの石。
「"命は還らずとも、残影はぬくもりの岸辺に。
今ひととき宝石は記章となり、あなたを湛える。
──行いこそが名となる。我が写し火、あなたの刀に託す"」
"フィオナ"は厳かに、アオイに口づけた。
"フィオナ"を動かしていた命の輝きのほとんど全てが、口を通じてアオイに移る。
"フィオナ"はゆっくりと、その場に倒れ込み──アオイがわずかに咳き込んだ。
「アオイさんっ!」
ヤイが駆け寄る。
アオイは虚ろに目を開けて、うわごとのように呟いた。
「一太刀だ……場所を……」
「っ! はいっ!」
それだけで全てを察し、ヤイはザウ目掛けて駆け出した。
「ぜぇぜぇ……ほら、立ちやがってくださいませ……あぁ、しんどーですわ……」
今にも死にそうな"フィオナ"は、気合でアオイに刀を握らせ、アオイを背負って立ち上がり、歩き出した。
アオイの背のほうが高いため、引きずるように、ゆっくりゆっくり移動することになる。
「すまないね……ん、姫様……?」
「ふふ、構いませんわ。──民を支えることこそ、王女の本懐ですもの!」
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「ザウっ!」
「ヤイっ!」
ヤイとザウは合流し、ザウはヤイの装備の中に潜んだ。
「どうっ……よっ!」
ヤイの蹴撃。
"腕"にぶつかると、"腕"はわずかに衝撃を受けて後ろにしなった。
「効いてなくはない、けどっ……」
ヤイの装備も、部分的に溶けてしまった。
"影の国のもの"であるザウを纏ったヤイの攻撃は、どうやら部分的には通るらしかった。
しかし決定打には明らかに足りない。
「心臓とか、ないのかしら……こっち!?」
ヤイはアザレアに狙いをつける。
アザレアは白目を剥いて"腕"に引きずられるようにふらふらしており、まるで生きているようには見えない。
"腕"はあからさまにアザレアを庇い、ヤイを地面に叩き付けようとする。
ヤイは華麗にかわしながら、アザレアの心臓に足を突き立てた。
ぐずり、と不気味な感触。
「なんかっ……あるわ! でも届かない……!」
上空から振り下ろされた手を避けるため、ヤイは一時距離を取る。
突き立てた右義足の装備が、見事に腐り落ちていた。
つまり、アザレアは"腕"と同じように生者の攻撃を拒む性質があるが──アザレアの心臓は、"腕"の心臓でもあるかもしれない。
「アオイさん!」
「えっ?」
ヤイは叫び、ザウは驚いた声を上げた。
「ヤイくん、足止めを。5秒でいい。ザウ──おいで」
ヤイは振り返らなかったが。
ヤイの後ろに、アオイがしっかりと立つ姿を感じられた。
満身創痍、どころか今にも消えそうな灯でありながら。
「はいっ!」「あぁっ!」
ザウはアオイの影に入る。
その瞬間、ザウはアオイの状態を全て察した。
ヤイは装備を溶かされながら、最後の全力を振り絞って"腕"をかく乱する。
暴れる腕が、城壁を抉り、城壁に近い民家や建物を破壊し、徐々に王国中心へと迫っていく。
だが、それもここまでだ。
「未来に──行っておいで」
その一太刀の鋭さに似合わぬ、あまりにも優しい声。
ザウの力を借りて放たれた一斬は、アザレアの胴体を、心臓を、見事に両断した。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アザレアの口から、この世のものとは思えない絶叫が響く。
だが、"腕"は止まらない。
「なっ……いや、まだ心臓が……!」
アオイは狙いを外さなかった。だが、両断された心臓が、辛うじて動いている。
アオイは既に、再びこと切れていた。刀を振り切った状態で、立ったまま俯いている。
「これでぇえええっっ!!」
その、腐りかけた刀を。
空中から飛んできたヤイが、両足でしっかり支え、心臓部に蹴り戻した。
「「おわりだぁあああああっ!!!」」
ザウとヤイとアオイ。
3人の想いと力。
そしてアオイが託された、王国で生き、死んだ全ての人類の想いと力。
それらが混じり合い、真実の白光となって炸裂し、アザレアの体を完全に破壊した。




