第41話 ~決戦当日.12──あなたの助けが必要です。~
~ガーンバルド城塞王国南側 戦場~
蘇生術は一刻を争う。
救命作業と同じように、一秒ごとに成功率が如実に下がっていく。
そのことは、その場にいる全員が理解していた。
「ザウ──でも──その人は──!」
ヤイは感情を隠せない。
ヤイは、状況は理解できた。
ザウは魔力の塊に近い生物のため、アザレアの体内で起きていることがよくわかる。デレムも似たような力があるのだろう。
アザレアの内にいるモノを、育ててはならない。
ヤイの想像より深刻で、致命的なことが起こるのだろう。
それはわかる。
しかし、そこで死んでいるのは、彼の、彼らの"母"だ。
先に口を開いたのはデレムだ。
「母は"試練"を課し、その中で斃れた。龍の感性で言えば、それは"摂理"であり、"相伝"だ。……悔いはない。だろう?」
デレムはベルダドラゴンに向けて言った。ベルダドラゴンは、ほんのわずか頷いたようにも見えた。
「でも──ザウ!」
「わかってるよ!!」
ザウの悲痛な叫びに、ヤイは胸の奥がぎゅっと握り潰されるような想いがした。
「いや……俺は、家族とか……今もわかんねぇけど。真似てるだけだけど! わかるのはさ……アオイさんは、蘇生させたら、たぶん、そこそこ怒られて──でも結局、許してくれるんだよ。それだけは、わかるんだ……」
ザウの目から、黒が落ちる。
人間の涙のような雨粒が、アオイの体にしたたる。
「だから……オレがしっかり、決めるんだ。こいつにはもう、食わせちゃいけない」
ザウはアザレアを睨んだ。
アザレアは不思議そうに小首をかしげている。
「ふたつ、分かりかねますわね……。ひとつ、どうして我が主の誕生を歓ばれないのか。ふたつ、どうして──貴方がたに決定権があると思っていらっしゃるのか」
アザレアはふたつの死の前に跪いて、祈る。
「──"私は祝福されし生にまつろわぬ者。私は別ち得ぬ死を掠め奪う者"」
「やめろっ!」
「このっ……!」
デレムとザウが同時に、アザレアを攻撃する。
ドラゴンにさえ通用したデレムの斬撃が、ぬるりと消えた。
ザウはアザレアを飲み込もうとその体に触れて、常軌を逸した嫌悪感に吐き気を催し、離れた。
「そっちじゃないわ!!」
ヤイはアオイの死体を背負うと、高速で距離を取った。
ベルダドラゴン──エンヘルは、ノットの体を魔力に変換し、その身に取り込んだ。
それでも、詠唱は止まらない。
「"贄は此処に。主よ、この身を犯し給え"」
アオイとノット以外にも転がっている、戦場の死という死。
それら全てではない。たまたま運が良かった、あるいは悪かった死だけが、アザレアの体内に取り込まれていく。
死体から浮かび、アザレアに吸い込まれるのは魂ではない。
色が汚泥のように黒い。魂は白く美しいはずだ。
匂いが、輝きが、動きが、形が、顔を背けたくなるほどに禍々しい。
では何か。
それは誰にもわからなかった。あなたにも。
「あぁ……!」
アザレアは苦痛と恍惚、そして歓喜の声を上げる。
アザレアの全身をはい回る、無数の闇色の手が目を持ち、死体を、それから生体を眺める。品定めしている。
アザレアの肉が、皮膚が破れる音がする。
鮮血と共に背中から顕現する──巨大な腕。
ソレは、戦場の死を掠め取り、ついに肉体を得るに至った。
死は足りなかった。
アオイの、特にノットの死を食べたなら、完全な復活を果たせただろう。
不完全な復活。
それでも、"腕"は生まれた。
無数の目を持ち、深宇宙的な模様を持ち、赤々と、紫々と、黒々と輝いている。
震えるような形を揺らし、触手のようなゆらめきを踊り、手近な死から焦るように掴み、食んでいく。
「オォオオオオッ!!」
エンヘルの咆哮。
無色の波動が"腕"に向かって放たれ、すり抜けた。
「これ、はっ……!」
デレムは追撃する。魔力ではなく、直接での剣撃。
聖剣は”腕"に触れた瞬間溶け、滅びた。
「固いんじゃない。強いんじゃない。攻撃自体を……生あるものの意思を拒んでいる……のか!?」
人間としての感性、龍としての魔力に対する洞察力を発揮し、デレムはそう推測した。
「確かに……なら俺がっ!」
ザウは"腕"に取り付く。拒絶されることはなかったが、しかし単純に力負けして弾き飛ばされた。
"影の国のもの"は、ほぼ魔力の塊でありながら、"生あるもの"には分類されないらしかった。
だが、ザウに肉弾戦の力はない。飲み込むにしては、アザレアは醜すぎるし、"腕"は大きすぎる。
「つーか、呑んだらオレ自身がああなっちまいそうだな……」
「父よ! そもそもこれはなんなのだ!?」
デレムはエンヘルと並び、尋ねた。デレムはエンヘルの言葉が多少わかる。
「グゥウ……」
エンヘルは困惑らしい声を漏らした。
実際のところ、エンヘルは本当に、アザレアの内に棲まうモノの正体がわかっていなかった。
アザレアは、エンヘルの"試練"をすり抜けて、最後の2つの扉の内1つに入って、何かを得た。
その話をエンヘルは、しばらく経ってからノットから聞いて、首を傾げた。
彼が知る限り、最後の扉は、1つしかなかったのだから。
誰も用意していない、誰も知ることのない扉に入り、出てきたモノ。
故に正体は、誰にもわかるはずがなかった。
「っつっても、なんとかしねーと! 王国に向かってるぞ!!」
周囲の死を一通り食べ尽くした"腕"は、アザレアを引きずるようにして動き出す。
七指を四足歩行動物のようにくねらせ、大地を汚染しながら真っすぐ王国へと走り始めた。
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~ガーンバルド城塞王国南側 本陣~
「おいおいおいおい! なんだこりゃ!!」
"腕"の出現からの一部始終を、プロジェクターで視聴していたクローズは盛大に悪態をついた。
一応本部には、第二部隊をはじめとした戦力が残っている。
ただし"腕"を倒す条件を満たすような戦力は存在しなかった。"影の国のもの"のような存在はごく稀だ。
「くそっ! ここまでかっ…!?」
何もできない苛立ちに、クローズは机を叩く。拳から血が滲む。
そこで不意に、本部のテント入口が颯爽とめくられ、何者かが現れた。
「諦めるのは──まだはえーですわ!!!」
それは。
アフロのような髪型になった、煤だらけの王女だった。
「なっ……あなたは……死んだはずじゃ!?」
クローズは驚愕した。
"創生光"に直撃を受けた、"世界樹の息吹"砲台周囲にいた人間は、跡形もなく消滅した。
指揮を執っていた王女──の影武者、"フィオナ"も当然含まれている、と誰もが考え、諦めていた。
「あれくらいじゃまだまだ死ねねーですわ! それよりクローズ! さっさと私を送りなさい!」
「いやしかし……あなた一人でどうなるもんでも……」
「いいから早く! 王国の力、舐めんじゃねーですわ!!!」
「はっ……手荒になりますが!」
「構わねーですわ! どうせすぐ死にますもんですから!!」
数十秒後。
クローズの大砲から、決死の"フィオナ"が発射された。




