第37話 ~決戦当日.8──人の情~
~ガーンバルド城塞王国南側 戦場~
ノットは華麗に着地した。
「よっ、と。ま、タイマンは勝ちってことでいいのかなー?」
"決闘結界"の突然の消失により、ノットの"創生光"の狙いはわずかに外れた。
それは、テレーゼが意図したものではなかった。"創生光"を見た瞬間敗北を確信したため、結果として勝負がついたとみなされ、結界が解けただけだった。
ただそれが幸いして、テレーゼは"創生光"の直撃だけは避けられていた。
「さすがにもう起き上がって来ない……よね?」
ノットは少し遠くから、おそるおそるテレーゼの様子をうかがう。
直撃でなくとも、"創生光"の狂的な魔力は人間を昏倒させるのに充分な濃度がある。しかも"決闘結界"は空中にあったため、気絶してから地面に叩きつけられたことになる。ダメージは充分あるはずだった。
そもそも、少しかすった気もした。
近づかずしばし待ったが、テレーゼが不意打ちを仕掛けてくる様子はない。罠ではないようだった。
「よしよし。はー、人間こわー。……って、あれ?」
ふと頭上を見上げたノットは、空が晴れ渡っていることに気付いた。
氷雲が晴らされている。
氷龍結晶体自体はまだそれなりに残っているが、晴らされてしまったので、もう再生成されることはない。
再び氷雲を作ることはできるが、さすがのノットも"創生光"を放った直後で少しくたびれていた。
「えーん、ちょっと休みたいよー。えっと……」
ノットが探すと、ベルダドラゴンことエンヘルは、少し遠いところでデレムと他何名かと戦闘を行っていた。転送魔術で合流すると出たところを狙われるかもしれないので、徒歩で合流することにした。
歩いている最中、ガーンバルド軍のゴーレムや魔力の兵隊がノットを襲ってきたが、もう数も少なく動きも鈍かったので簡単に倒せた。いくら魔力がある限り無限に作れると言っても、術士の魔力や精神力に限界はある。
「じゃあまあ……国でも滅ぼすかー」
魔力が安定してきたので、ノットは再び"創生光"を作り始める。
本来は街や国を滅ぼす威力があるものだ。人間ひとり相手に使うのは全く無駄な使い方だった。
「まぁでも、あと2回はいけるし……足りるでしょ……」
1,2,3,4。
"宇宙の雨粒"が、破滅へのカウントダウンのように増えていく。
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~ガーンバルド城塞王国・環境大臣執務室~
「"世界樹の息吹"発射申請。ああ、直ちに。できれば先に撃ってノットを撃滅、さもなくば相殺してくれ。でないと国が滅ぶ。ノットの周りにいる人に、誰でもいいから時間を稼がせてくれ。よろしく、クローズ」
「さてと」と、アオイは椅子から立ち上がる。しっかり帯刀している。
「テレーゼくんは敗れたようだが、役目は充分に果たしたようだ。わたしの番だね」
「ご武運を~」
ビッグフェアリーのファニンはひらひら手を振っている。メルリは緊張した面持ちでアオイを見つめている。
「ではメルリくん、あとを頼むよ」
アオイはそこで、少し迷ってから口を開いた。
「……実のところザウに合うのは、きみだと思っていた。なんならわたしの後釜も任せようかなんて考えていたんだけど……どうなるかなんて、わからないものだね」
裏表のない微笑み。
「あ……あの!」
それを見てか、メルリは反射的に声を上げた。
「なんだい?」
「言おうかどうか、迷ってたんですけど……ドラゴンを見て、気付いたことがあるんです」
「ふむ、推測的な話かな? いいよ、言ってみたまえ」
「はい。……いえ。役に立つ情報ではないんです。でも……あの龍の体のウロコ、どこから見ても、凄く綺麗だったんです」
大事なことのように言うメルリに、アオイは頷いてから、少し首を傾げた。
「うん。……うん? 健康状態がいい、みたいな話かい?」
「違います。野生の生き物ですから、汚れていて当然なんです。……あのウロコの様子はまるで。ドラゴンより小さな誰かが、丁寧に丁寧に、ワックスで磨いたように見えました」
「……ああ……」
アオイは天井を見上げ、その意味を考えた。
こんな時の、国の滅亡がかかっているこの場面でさえ、考える価値がある言葉に、アオイには思えた。
「……この黒いスーツ、パリッとしてるだろう? 新品みたいに」
唐突なアオイの自慢に、メルリは「は、はい」と肯定した。
「……ザウが喜ぶんだよ。入りやすいって。だから、一緒に住まなくなってからも、ちゃんとする癖がついてしまった。まぁ悪い癖ではないよね」
「……そうですね」
「返答としては、そんなところだ。教えてくれてありがとう」
アオイは下手なウインクをすると、執務室を後にした。
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~ガーンバルド城塞王国 環境省塔頂上~
無数の棺が、整然と並んでいる。
その場所に、ゴットーはひとりで佇み、タバコをくゆらせていた。
「やあゴットー。おまたせ」
アオイが声をかけると、ゴットーは表情を変えずに軽く一礼した。
なかなか感情を出すことがないゴットーも、さすがに何年も老けたようにくたびれている様子だった。
「まぁ……頃合いでしょうねぇ」
アオイが来た目的を、ゴットーはすぐに察した。元々、テレーゼがノットに勝てる見込みは薄かったので、予定通りではあった。
「ああ、頼む。……ところでザウとヤイくんって、お似合いだと思う?」
虚を突かれたのか、ゴットーは目を点にしてから、呆れたように答えた。
「そりゃあまあ。ヤイ、あなたとそっくりですよねぇ、芯の強いところ」




