第36話 ~決戦当日.7──合理的キャットファイト~
~ガーンバルド城塞王国南側 戦場 "決闘結界内"~
"決闘結界"は空中に浮かんでいるが、しっかり踏みしめられる足場があった。
装飾らしい装飾のない、蒼く広いだけの空間。
5mほど離れて、ノットとテレーゼが向かい合っている。
「ん~……」
ノットは頭をぽりぽり掻いて、困惑と苛立ちの中間のようなリアクションを取った。それから続けて言う。
「3つぐらい、わかんないんだよねー。テレちゃん、説明してくれる?」
ノットの言葉に、テレーゼは頷いた。
『結論、これは"決闘結界"。補足、教本通り、"内部決闘者2名がタイマンを望んでいる限り、外部からは極めて破られにくい"結界だが、トノエの結界はその中でも極めて外部からの干渉に強い』
「いや、それは見ればわかるよー。じゃなくて、なんで? って話。わたしが拒否ったら終わりじゃん」
『結論、そうしないと推定した』
「あーね? いやわかるよ? ちゃんとタイマン張ろうって人なら考えてあげるけど……でもさ。テレちゃん、攻撃手段ないじゃん」
テレーゼの魔術は、魔力の分解・吸収に特化している。
テレーゼの周囲を旋回する小さな水晶玉、及び正面の大きな水晶玉が、あらゆる魔術を解析して分解し、その魔術に使用された魔力を吸収する仕組みだ。属性ごと分解するので炎や氷にも対処できる。
ただし、それだけだ。
一応、物体は原則全て魔力を持つため、時間をかければ物体も分解できるが、相手に長時間じっとしてもらわなければならない。それならナイフで刺したほうがまだ早い。
「ってことは、ただの時間稼ぎでしょ? そんなのには付き合えないよー。他の人いなかったの?」
『結論、私が最適。理由1、私以外、"宇宙の雨粒"を長時間処理できない』
「ふぅん?」
ノットはスッとテレーゼを指さし、その指から直ちに炎属性の光線が発射される。
人の目で追うには、どころか発射された認識すら困難な速度の一撃。
それはテレーゼの胸元の大水晶玉に引き寄せられ、たちまち吸収された。
『感想、感心した。質問、もう"宇宙の雨粒"無しで、撃ちたい放題?』
「うん。じゃ、5本いくね」
テレーゼは5本の指を向け、全ての指から属性の異なる光線を発射した。
前後左右から向かってくる。大水晶玉ひとつでは対処できない角度だ。
『結論、同じこと』
大水晶玉で吸えない光線を、小水晶玉がカバーして吸収し、それを大水晶玉に転送した。
ノットは下手な口笛で賞賛した。
小水晶玉は明らかに光線に反応したが、光線は見てから対応できる速度ではない。
つまり、自動制御だ。テレーゼを中心に漂うそれらは、宇宙の運行のように、幾何学的で天体的な美しさを湛えている。
「やるねー。まぁさ、確かに凄いけどさ。前回1発だったし。成長してるよねー。破ってあげてもいいんだけど……1人に使うのはちょっともったいないしなー」
『ノット』
テレーゼが短く呼びかける。
テレーゼは、お腹の前あたりあった大水晶玉を、背中側に移動させた。
「ん……?」
空気感の変化を、ノットは敏感に感じ取る。しかしその意味は理解できない。
テレーゼは軽く深呼吸をしてから、両の拳をしっかり握り、構えた。
『繰り返す。結論、私が最適。理由2、あなたを一番殴りたい』
テレーゼの体が、瞬時にノットの目の前に移動した。
「な──ごぶぅっ!?」
顔面に痛快な右ストレート。
完全に予想外だったノットは、まともにくらって数m転がった。
『はっ!』
テレーゼは即座に追撃する。
まだ倒れているノットに接近し、顔面を踏みつける。
「ちょっちょっちょっ!」
ノットは両腕で顔面をカバーする。テレーゼは構わず乱暴に踏みつける。
先程の右ストレートも含め、なんらかの流派に属する技ではない。ただの力任せだ。
『忠告、借りた金は、返すこと!』
怒りのこもった足蹴り。
ノットの腹部に命中し、ノットの体が軽く浮き上がった。
「ぐぶぅっ! んぷっ……ええ~? ええ~? 何? こっわ~」
勢いのままに立ち上がったノットは、口から血だまりを吐きながら困惑する。
テレーゼが突然肉弾戦を始めたこともそうだが、拳のダメージがまともに通ったこともだ。
ノットの体を流れる"龍の血"は、高い魔力濃度を持つことでほとんどの物理・魔術攻撃を軽減する。
だというのに、物理的には大したことのないテレーゼの拳は防げなかった。
ただ、その理由はすぐに理解できた。テレーゼの、"魔力の分解"という性質を応用して、"龍の血"の物理的な防御部分を瞬間的に解除したのだ。
「っつ~。そういう感じね。なら遊んであげてもいいかな。言っとくけど……ダテに半獣人の子供、育ててないよ?」
ノットは拳をボキボキ鳴らす。
その堂に入った仕草に、テレーゼは思わず苦笑した。それから、それらしいポーズをビシッと決めて、自信満々に宣言した。
『忠告。この1週間、私はケンカ必勝法を謳う本を読み漁った』
「知らないよっ!」
ノットから突撃し、絡み合うようにぶつかり合う2人。
そこから先は、技も駆け引きもない混沌とした打撃戦になった。
殴る蹴る締める、髪を引っ張る噛みつく目潰し。
罵倒も混じっている。
"決闘結界"は、互いに決着つける意思がなければ続かない。時間稼ぎや、「外界からの干渉を受け付けない」という機能を目当てにするだけでは機能しない。
つまりこれは、正真正銘、本気のキャットファイトだった。
「いったぁっ! 急に! 原始的すぎでしょっ! 文明はどうした文明はぁあっ!」
『回答、文明の進歩は原始的な闘争を根絶するものではないっ! あいたっ』
しばらく絡み合った後、少し距離を置いて双方立ち上がった。
お互い髪も服も乱れ、ぜーぜー肩で息をしている。
多少のダメージは、お互い体内の魔力が強いため、そう時間がかからずに回復してしまう。
ただし、テレーゼは魔力吸収ができるため、ノットの魔力で回復しながら、ノットの魔力量を徐々に削っていた。
「ぜぇぜぇ……くっそー、なんなのさこれー! てっきり自爆して相打ち狙いかと思ったら、ひどいってもんじゃないよ!」
『ふぅ、ふぅ……回答、これが最も合理的な選択。追記、この戦闘、なかなか愉快』
無邪気にほほ笑むテレーゼ。
「テレちゃんが笑ったの見たの、はじめてなんだけど! ここで~!? あぁもう、やってられるかっ!」
ノットは指をテレーゼに向け、指先に"宇宙の雨粒"を出す。
『!』
テレーゼは大水晶体を正面に移動させ、未知の攻撃を警戒する。いまさら"宇宙の雨粒"そのものを出すからには、何か意味がある。
「1234567891011121314!」
即座に生成される14粒の"宇宙の雨粒"。それらが円を描いて回転を始めると、その中心に虹色の輝きが生まれ、強まり出した。
中心の虹色に、全ての"宇宙の雨粒"が繋がっており、その線1本1本の属性が異なるように見える。
つまり、最低でも14属性の複雑性と、"宇宙の雨粒"14発分の威力がある。
そんなものを防御できる手段は、現代の魔術士には存在しない。
「全部おしまいっ! "創生光"──ってうわっ!?」
ノットがそれをテレーゼに向けて発射する瞬間、"決闘結界"が消失し。
地上に落下しながら薙ぐように放たれた、幻想的な音を響かせる虹色の光が、遠くの山を瞬時に消却した。




