第27話 ~最後の1週間.5──断章."不死"の王女~
「"龍災"……は~、ったく、ロクなもんじゃねえですわね」
ガーンバルド城塞王国の、"当代王女"、"フィオナ・スン・ガーンバルド"はそう吐き捨てた。
フィオナは今、戦没者墓地にいた。
無数の墓が、整然と並んでいる。それぞれ名前はあるが、墓に何も入っていない者も多い。
フィオナがいるのは、先のノースランドドラゴン戦によって増えた墓のエリアだ。
たくさんの者が亡くなった。ノースランドドラゴンの凍息によって亡くなった者の遺体は、皮肉にも非常に保存状態が良かった。
フィオナは目を閉じ、長い黙祷を捧げた。
夏にしては涼しく、静謐で冷厳な空気が流れている。
フィオナは、"龍災"を天命と受け入れ、果敢に立ち向かう覚悟が決まっていた。
何故なら、人と龍の半獣人、デレムが第一部隊に所属した時点で、デレムの正体を把握していたためだ。デレムは隠せているつもりだったが、専門家が見れば一目瞭然だった。
そのため、遅かれ早かれこうなるだろうとわかっていた。デレムの意向に合わせて部外秘にしておいたたため、第一部隊の中にも知る者は少ないが。
無論、"龍災"によって兵士や国民が無暗に傷つくことは看過できない。
しかし、一度"龍災"を収めれば向こう200百年程度は次の"龍災"が訪れないと、歴史的に観測されていた。それが龍同士の駆け引きなのか、縄張り争いによるものなのかはわからないが、とにかく、一度凌いでしまえばしばらく訪れない災害なのであれば、今挑む価値は充分にある。
「アオイ。周辺敵軍の動きはどうですわ?」
フィオナの護衛は、現在2人。環境省・環境大臣のアオイ、同じく環境省・自然災害対策課長のゴットーだ。
そもそもこの国が省庁と軍隊に別れ、それぞれが武力を持っているのは、武力の一点集中を防ぐ意味があった。この中で、省庁は王女側、軍隊はその監視勢力と言われている。
「は。全て鈍化しております」
アオイは軽く頭を下げ、さらりと答える。
「よろしい。詳しくは?」
「西方軍は軍幹部の急死により。東方軍は突然の内政の乱れにより。北方軍は……」
アオイは一度言葉を切る。
「どうしました?」
フィオナが怪訝な顔つきで先を促す。
アオイは聞こえない程度に息を吐いてから、続きを述べた。
「件のベルダドラゴンにより、壊滅させられました」
「あら。サービスがよろしいですわね。コスパ最高ですわ」
フィオナは残忍かつ優雅にほほ笑んだ。
北方軍は、対立する軍の中でも最大の懸念だった。"龍災"対応と同時に、周辺諸国と軍事衝突を行うのは不可能だ。そのため、決戦のタイミングまでに安定させておく必要があった。
ベルダドラゴンが軍を容易く壊滅させる力がある、というのはあまりいい情報ではないが、とにかくこれで安心して決戦に臨めることになった。
「国民の様子は?」
「は。多少のざわつきはあるものの、問題なく。祭りの準備も進んでおります」
"決戦"の一週間後には、年に一度の建国祭が控えていた。建国祭だけあって規模は大きく、外部から商人や芸人を招き、盛大に行われている。
もちろん国民も馬鹿ではない。来るべき戦争の気配は感じている。その不安を打ち消すように、目の前の目標に向かって動いている、という面もあるのだろう。
「"もしもの際"は?」
立ち並ぶ墓をゆっくり見渡しながら、フィオナが尋ねる。
「は。王族専用の転送円は確保しております。部屋は瞬間的な破滅にも、数分は持ち堪えます」
「そいつはいい……ですわ」
フィオナは安堵した。
「姫様は……」
「私は当然、国と運命を共にしますわ。元々そういう命ですもの」
アオイの言葉を遮って言い、フィオナは肩を竦めた。
「……姫様は。よく頑張られていますよ」
アオイが、これまでとは違う口調で、"フィオナ・スン・ガーンバルド"の影武者、フィオナに言った。
「よして下さいませ。私は成すべきを成してるだけだっつーのますわ」
本物のフィオナ・スン・ガーンバルドは、第一の"龍災"、本国にベルダドラゴンが侵攻してきた際、王家の秘宝を発動し、国民の命を守った代償で、今日まで昏睡状態に陥っていた。国民の死者が0だったのは、アザレアの活躍の功績だけではなかった。
「ゴットー。私は死にません。使うことを躊躇わないように」
フィオナは、少し離れたところで警備をしていたゴットーに言った。ゴットーは少し間を置いて、わずかに頭を下げた。
影武者はこのフィオナだけではない。戦乱と共にある城塞王国ガーンバルドは、多くの影武者や、暗殺者を育成していた。アオイやゴットーも、その暗部に深く通じる人員だった。そもそも龍災対策室が環境省に設置されているのも、アオイの役割によるところが大きかった。過去の"龍災"の中には、国内外の何者かによって引き起こされたもの、あるいは未遂に終わったものもあったためだ。
「……とはいえ、私とて命は惜しーですから、皆様には頑張って欲しいものですわ。私権限で何か出しますか……宝物庫から」
フィオナは、とある墓の前で立ち上がり、苦笑しながら言った。
そこに刻まれているのは、彼女の元の名前であり、すでに捨てた名前だった。




