第26話 ~最後の1週間.4──断章.人と龍のこども~
寒く寂しい、山脈のただ中で生まれた。
ただし、はじめは寂しいなんて全く思わなかった。
父に龍、母に人。
それだけがオレの世界で、不満はなかった。
父からは狩りを学んだ。
父は言葉数が少なく、よく大きな手で叩かれた。
龍は体内の魔力を操作し、体の大きさを調整できる。父の場合は最小で3m、最大でガーンバルドの城ほどだ。父は3mほどでいることが多かった。オレと母に合わせてくれていたのだろう。それでもまだだいぶ大きかったので、まともに叩かれると結構な距離吹っ飛ばされた。オレはよく泣いた。
ただ、それが必要なことはわかった。自然界は弱肉強食で、強さとしたたかさ以外は意味がなかった。
圧倒的な力と速さで、容易く獲物を狩る父は、オレの憧れだった。反抗期も多少あったが、相手が強すぎて無理だった。
母からは魔術を学んだ。
正直母の説明は感覚的すぎて、何を言っているかよくわからないことも多かった。
それでも、自身の"龍の血"を活性化させて闘うやり方については、学べることは多かった。
もっとも、母が血を体外に出して使うのに対して、オレはあくまで肉体の硬化、身体能力の強化、毒や魔術への耐性強化にしか使えなかった。それでもすぐに、山の獣やワイバーンたち程度には遅れを取らなくなった。
人間の世界に憧れたのは、10歳ごろのことだった。
きっかけは、母が持ってきたハチミツいっぱいのパンケーキだった。
ウチで料理と言えばもっぱら焼いた肉か魚、それと山菜のスープで、たまに母が持ってくる塩や香辛料でテンションがぶち上がっていた。
甘味に関しては果物は多少あったが、なんというか刺激が全然足りなかった。
そこにパンケーキだ!
口の中に焼けるように押し寄せる甘味。
雲を食べているような、柔らかな噛み応え。
美味しすぎてほとんど一瞬で食べ終わってしまって、オレはもっと欲しいと暴れたが、ただちに制圧された。オレは泣いた。
とにかくパンケーキの登場は衝撃的で、当時のオレがハマっても無理はないと思う。今もハマっている。
それから、オレは人間界の食事に強く興味を惹かれた。
人間界には、ウチにはないものがたくさんある。
建物。通貨。社会。学校。政治。戦争。祭り。
ただ、正直食事以外はピンと来なかった。あまりにも縁がないものだったから。
人里に降りたのは、パンケーキ事件から間もなくのことだった。
父と母は反対しなかった。
龍は群れで行動せず、子の親離れも早い。半獣人はまた別かもしれないが、父はそういう感覚だった。
母は、自分の息子であることは隠したほうがいいとだけ言った。色々な人に恨まれているから、と。
生物の強さとしては、その時点で充分あった。なので不安はなかった。
ただ。
「わたしはね。あの中にいると、弱くなると思った。それで、弱くなるのも悪くないかもって、少し思ったんだ。だから、中にいるのをやめたの」
母のその言葉が、不思議と印象に残った。
それからオレは、なんとかガーンバルドに辿り着き、弱くならないよう軍隊に入隊した。
幸いなことに実力主義だったので、オレは即第1部隊に選ばれ、何年後かには隊長になっていた。
ただ、指示を出すのは未だに苦手で、ほとんど副隊長に任せきりだが。
自分が龍と人との半獣人だということはバレなかった。オレの半獣人としての特徴は瞳だけだったから、エンシェントウルフと人との半獣人だということにしておいたのだ。母との関係が、なるべくバレないように。同じ理由で、母も知らない偽名で生きることにした。
人と暮らして、わかったことは。
人間は面倒くさい。
人間は弱い。弱くて強い。
そして何より、賑やかで豊かだ。
守りたいな、と思った。
---------------------------------------------------------------
「龍相手に"防御"はない。"攻撃"か"回避"に徹しろ」
対ベルダドラゴン部隊の前で、オレは言った。
各部隊からの精鋭が十数名、防衛省大型獣課から十名ほど、"天文台"からの魔術士が数名。
ベルダドラゴンに対して、大軍は意味がない。いや、陽動にはなるが、多大な犠牲が出ることがわかりきっているので、オレの権限で少数精鋭で挑むことに決めた。
「……オレの家庭の事情に巻き込んですまない。今後のことは、"試練"をやり遂げてから決めたいと思う」
すでに"龍災"の人的被害が少なくない数、出ている。
オレの力不足が原因で。
龍の専門家によると、何故かこの国は一定周期で”試練"を受けることになるらしい。
それが偶然なのか、歴史の必然なのかはわからないが、少しだけは気休めになる話だ。
「ってゆーかー、隠し事されてたコトのほうがショックですけどねー」
「終わったらパンケーキパーティーやりましょ、パンケーキパーティー」
「隊長の後ろにいりゃ、ドラゴン相手だって死なないっしょ!」
「お、お父様に挨拶……緊張しますねっ!」
隊員たちが口々に軽口を叩く。
オレよりは弱くとも、頼もしい仲間たちだ。
龍は群れない。
でも、オレは群れてもいいと思う。
オレが弱くなったか。
それが、もうすぐわかる。




