第25話 ~最後の1週間.3──断章.”天文台"は厳かに~
全てが魔力から成るなら。
私のこの感情も、いつかは数字になるのだろうか。
-----------------------------------------------
天文台では、テレーゼにより"S級危険事態宣言"の宣告許可申請が行われ、上位42座の魔術士の内24名が許可、総ポイントが490と過半数452ポイント以上となったため、正式に宣告された。
『説明、私はノット対策を担当する。龍対策も国にとっては重要だが、私にとっては最早どうでもいい。誰かやっておいて。補足、こちらは対価として、ノットの魔術に関するあらゆるデータを、求められる限り公開する。補足2、時間がないので、ノットの魔術を攻略できる確信がある人間だけ協力を求む』
この宣言を受けて少なくない数の魔術士が動き、テレーゼを中心とした臨時対策チームが結成された。
この非常事態にあっても、天文台はおおむね平時と同様に運営されていた。
それは王国内の国民の生活にも同じことが言えたが、意味合いは大きく異なる。
そもそも、国民には一週間後のことは知らされていない。ただ世界樹については"世界樹の息吹"を使用する際に誤魔化しようがないので、龍災への備えとして試運転を行う、と通達してある。
もちろんそこにきな臭さを感じる国民は少なからずいたが、それはもう仕方のないことだった。
対して、情報を秘されている国民とは異なり、天文台の魔術士たちはみな事情を把握していた。
事件を起こしたのが他ならぬ天文台の魔術士だったのだから当然と言えば当然だが。
彼らは外界への無関心さか、自信または慢心か、はたまた誇りによって、変わらず魔術研究を続けていた。
結果として、天才的な魔術士たちの貴重な数日を費やしての研究の結果、ノットの"宇宙の雨粒"の原理は解明された。魔術仮想再現宝石によって再現性も確認され、同時に、その特殊性から、魔導具なしで発動できるのは現状ノットのみらしいということもわかった。
ただし、"宇宙の雨粒"に対抗するために、わざわざ"宇宙の雨粒"が使えるようになる必要は全くない。
ノット対策チームは、主に"宇宙の雨粒"生成手順の妨害、ないし生成された"宇宙の雨粒"の崩壊を可能とする専用魔術及び魔導具の作成を行うと共に、ノットの"血"そのものに対する対抗手段の研究に専念した。
-----------------------------------------------
「……そうですか。ノットが……」
テレーゼの説明を聞いたアザレアは、深く息を吐いて天を仰いだ。
『質問、あなたがノットの味方をするのか知りたい』
テレーゼはすぐに問いかける。テレーゼに他人の感情の機微は理解できない。
「……仮に、味方をすると言いましたら?」
アザレアは穏やかに微笑みながら尋ねる。
『結論、しばらく拘束する。補足、こちらには嘘を見破る手段がある』
「まぁ……それでは嘘はつけませんね。もちろん、後ろめたい嘘をついたことなどございませんが……」
アザレアは少し、子供のような屈託のない笑顔になってから、
「ノットは、昔からいいところだけを持っていくタイプでございました。才覚と美貌と強運を併せ持ち、周囲の人間を振り回して……ある種の愛嬌は認めますけれども。しかも結構な額のお金を踏み倒しております。"教会への寄付"という形で、返したつもりになっているようですが……。
ともあれ、正直に申し上げて、使命でも依頼でもなければ、彼女の味方をする理由はございません」
穏やかながら、不思議な圧を感じる口調で言った。
『質問、では、あなたが龍の味方をするのか知りたい』
「今回の"龍災"は"龍の試練"なのでしょう? ならば立ち向かうのが使命というものですわ。どちらがどれだけ殺そうと、私はその死をこの身が耐えうる限り掠め取りましょう。……ああ、それと、そうですわね……」
アザレアは熟れた唇の前に、指を一本立てて、囁いた。
「ノットを一発殴る機会がありましたら、喜んで行わせて頂きたいですわ」
-----------------------------------------------
テレーゼは元々、この星を分解したいと考えていた。
テレーゼの水晶玉は、魔力を取り込むほどにより大きな魔力を取り込むことができる。
つまり、魔力の分解、吸収を続けていけば、理論上はあらゆるものを取り込むことができるようになる。
そこに野望はなかった。ただ好奇心だった。
一旦、水晶玉の強度不足でノットに破壊されたが、既に現代の技術に基づき、より高性能な素体を作成した。新しい水晶玉は、今まで以上の速度と安定感で成長していく。今回の"龍災"も、魔力を回収する絶好の機会でしかなかった。
ただ、テレーゼはノットに関しては、直ちに言語化し難い感情を抱いていた。
テレーゼとノットの関係は、金銭的な利害関係であった。
主に、ノットが冒険で狩ってきた魔物の死骸を、テレーゼが買い取って研究に活用していた。
ただしノットは金遣いが荒く、たびたびテレーゼに十日に一割で多額の金銭を借り受けていた。それは彼女がいくら魔物を狩ってきても足りるものではなく、テレーゼが途中から記録を放棄するほどで、これには散々困らされてきた。
それでも、研究一筋のテレーゼが最も人間的な交流をしていた相手は、ノットだったのだ。
『結論、……借り逃げされると、損、かな』
自分の研究室の片隅。
ノットが狩ってきた魔物たちの、「その内使う機会があるかと思い取っておいてあるが、その機会は未だに訪れていない」パーツの山を見渡しながら、テレーゼは呟いた。




