第22話 ~その手にまどろむ~
「ん……」
意識を取り戻したヤイは、はじめに頭に柔らかい感触を感じた。
ゆっくりと目を開く。
目の前に、ノットの穏やかな顔があった。
ヤイは驚きつつも──その微笑みから、なんとなく今は亡き母を連想した。
「生きてるのね……あたし」
「うん。お前の勝ち。よく頑張りました」
ノットの手がヤイの頭を撫でる。赤子をあやすように。
そこではじめて、ヤイは自分がノットに膝枕されていることに気付いた。
先ほどまで自分を殺そうとした相手だ。拒絶するのが普通だが、ヤイはもう指一本動かせそうになかった。
それに、ノットにはもうこちら攻撃する意思はなさそうだ、という奇妙な確信もあった。
「でも、最後のは……?」
全ての手段を使い果たしたヤイは、最後の攻撃で間違いなく死んだと思った。
『結論、私が助けた。理由、助けてはならないとは言われなかったから』
ヤイは首を動かし、少し離れた場所にいるテレーゼを見上げる。
テレーゼは水晶玉の破片を手に持っている。ヤイは少し考えて、それが、テレーゼが持っていた一番大きな水晶玉の成れの果てであることに気付いた。
「まさかテレちゃんが手を貸すとはねー。水晶玉、育て直しでしょー?」
『回答、それはそう。補足、ノウハウがあるので、前回よりは早く育てられる。また10年はかからない』
「ふふ。短命のクセに、気が長いんだから。ってゆーかホントは、なんで助けたの?」
『回答、……ともだちの、人殺しは、あまり直視したくない』
「……ぷっ! あはは、何それ! そういうのもあるんだ!」
ヤイはまだぼんやりとしながら、2人の会話を聞いていたが、大事なことを思い出した。
「そうだ、ザウは!?」
「あー……それなんだけど……」
ノットは申し訳なさそうに目を逸らした。それから、ひょいと何かを持ち上げた。
「これ」
手のひらサイズの、スライムのような、やや赤みがかった黒い物体。
ふよふよと動いている。なんとなく人の形を模そうとしている雰囲気もある。
「ず……随分、ちっちゃくなったわね……」
「いのち? は多分繋がってるから、基本影に入れて、ごはんいっぱい食べさせてあげてー。わたしの血、あんまりあげすぎると変わっちゃいそうだから」
ノットが黒い塊をヤイに渡す。
ヤイはそれを両手で丁寧に受け取る。
黒い塊は、ヤイの手のひらで何やら動いている。何かを主張しているようにも、踊っているようにも見える。
「ふふ……ありがと」
ヤイは黒い塊に唇を近づけ、軽く触れた。それから、ちょっと大胆だったかしら、と照れながら、黒い塊をそっと自分の影に誘った。黒い塊はすっとその中に消えた。
「共存してるねー。そこは強いよね、人類」
うんうん、とノットは楽しそうに頷く。
「結局……ええっと……まだ、"試練"はあるの……?」
ヤイは、聞きたいことが多すぎると思いながら、真っ先に聞くべきだと思ったことについて尋ねた。
「うん、もう1回だけあるよー。まだあの子の全力を見てないからね」
「あの子って……ダロウ……?」
ヤイは、真っ先に思いついた名前を挙げた。ノットは首を振る。
「ううん、デレム。でも偽名使ってると思うから、合ってるかも」
響きが似ていることもあるが、多分合っているだろうな、とヤイはなんとなく思った。
ヤイはおぼろげな思考をまとめる。
ノットの見た目年齢なら、ダロウ──デレムくらいの子供がいてもおかしくない。
そこまではわかりやすい。問題はその先だ。
"龍の試練"。
デレムの口ぶり。
ノットは元々は人で、いつからか人ではなくなった。
龍との繋がり──人と魔物との間に生まれる、半獣人。
つまり──
「デレムは────あなたと、ベルダドラゴンの子供……!?」
「ん。そうだよー」
ヤイの驚きをよそに、ノットはすんなり頷いた。
「で、でも……サイズが違いすぎるんじゃないの……!?」
ヤイは思わず身もフタもないことを聞く。
ノットはキョトンとして、
「別に問題ないよー? 異種間の子作りって、魔力を受け渡すだけだから。やったことないの?」
「ご、ご心配なく!!」
ヤイは誤魔化した。実際はそのあたりの知識は大変乏しかった。
「こほん。ええっと……それじゃあ、そのドラゴンと」
「エンヘル」
ノットが素早く割り込む。
「え?」
「パートナーだから。『人間』じゃ落ち着かないかなー。あ、『影の国のもの』かな?」
「そう……ね。失礼。じゃ、エンヘルさん……とは、アザレアさんとパーティーを組んでる時に出会った、ってこと?」
「そうそう。あ、長くなるよー?」
「じゃ、簡潔に……正直、今にも気を失いそうなの」
抜けるような青空を見上げながら、ヤイはなんとか意識を保っていた。
治癒術士に治療してもらった(ようだ)とはいえ、魔力は先のドラゴン戦以上に消耗していた。
「わたしたちのパーティはね、当時さいきょーで、でもエンヘルには勝てなかった。ただ、その時の"試練"は彼をすり抜けて奥の扉にたどり着くだけでよかったから、わたしとアザレアだけ生き残った。
で、最後の扉2つの選択で、わたしは当たりを引いた。アザレアは大当たりを引いた。そういう関係」
「なる、ほど……?」
「でさ、帰りの足が死んじゃったからエンヘルに送迎を頼んだら気に入られちゃってさー。それが馴れ初め!」
ヤイは、そろそろ失いつつある意識の中で、なんとか頷いた。
「次は……いつ……」
「うーん、そっちの彼が治るころ……7日後かなー。最後は正面から行くから、デレムによろしく。期待してるよ、人類にも!」
ノットはヤイの眉間をさする。
母が赤子にするように。
デレムにもしていたのだろうか──そんなことを考えながら、ヤイは穏やかな眠りに落ちた。




