第21話 ~死の雨に濡れて~
その初撃を、ヤイは遅滞する認識の中で明確に捉えた。
ゆっっっくりと。
ノットの指から現れた血が、"宇宙の雨粒"に侵入する。
その中で、回転する。
1,2,3,4,5…689101121418305060100300700たくさん。
速度を増し、さらに炎属性を得る。
そこから弾き出される攻撃は、瞬きよりも早いだろう。
ということはわかった。
ヤイは動けなかった。
認識だけが追いついて、攻撃された、とわかったのだ。
実際は、1秒にも満たない時間だった。
ノットの血が、ヤイの体に触れるまで。
ばちゅん、と。
泥が弾けるような音がした。
「ザ──」
着弾は心臓。
だが、ヤイには傷ひとつなかった。
だから、ザウが受けたのだ、とわかった。
ドラゴンの攻撃を何発も受けたザウが、1発で剝がされた。
ザウの存在が後方に吹き飛ばされるのがわかる。
ヤイは不覚にも、この死地にあってなお、ほんのわずかザウに視線を向けようとしてしまった。
「っ、のぉおおおっ!!」
顔を正面に戻すより先に、体を沈み込ませつつ可能な限り大きく右に避ける。
ひゅん。
風切り音が、彼女がいた場所を通過した。
背後で、壁一帯が凍り付く音がする。
「いいね。おっと」
3発目の攻撃が、ヤイとは別の場所に放たれる。位置としてはザウが飛んでいったあたりだ。
「治すのは1分経ってから。ってか、その子に治癒術は意味ないよ」
どうやら、ザウを治そうとした術士を牽制したらしい。
あからさまな隙に、ヤイは攻撃を分析する。
とにかく早い。攻撃には属性が付与されているが、そこは実際どうでもいい。どの属性でも当たったら致命傷なのだから。
ただし、属性によって攻撃範囲が異なることには注意が必要だ。
「次、いくよー」
着弾。
ヤイは避けた。
後方で雷が裂けたような轟音。
「へえ」
ノットは感心したように八重歯を見せて笑った。
「そういえば、趣味でやってたから……標的を狙ったことなかったなー。よけられるもんなの?」
ノットはヤイから視線を外し、四角で囲われたフィールドの外で見ているテレーゼに声をかける。
『結論、私は無理。補足、私なら避けずに受ける』
『る』の瞬間に、ノットの射撃がテレーゼに放たれていた。
暴風。
テレーゼの髪が舞い上げられる。
「へえ」
『……教授、今30秒』
大きな水晶玉に当たった攻撃は、テレーゼの水晶玉に吸い込まれて消えた。
ノットはふひゅー、と下手な口笛を吹いた。
「しょうがない。じゃ、そろそろ──」
ノットが正面に向き直ると、そこにヤイの姿はなかった。
「っと」
ノットは左腕で顔面を庇う。
衝突音、衝撃。
左腕から出血。
「こっちも攻撃、アリよねぇええっ!」
「もっちろん! いいね!」
ヤイの右脚による空中蹴りは、ノットの左腕に傷を負わせたものの、弾かれた。
それこそ龍の鱗を蹴ったような硬質さ。
その正体は、恐らくノットの血液の魔力濃度の高さだとヤイは推察した。
「はぁあっ!」
ノットが気合いを入れた。
それだけで生じた魔力圧で、ヤイは空中に弾き出される。
そこに1,2,3撃。
だが、ヤイの姿はもうそこにはない。空中機動はお手のものだ。
「見てから……じゃないなー。見てるのは指のほうか」
ノットは察したようだった。
血が"宇宙の雨粒"に入ってからの回避は不可能。
なら、指から血が出た瞬間に回避行動をとるしかない。
それでもかなり危険だが、幾度となく死線を潜り抜けてきたヤイには可能だった。
『……教授、後20秒』
「じゃあ……これならどう?」
血が"宇宙の雨粒"に入り──"宇宙の雨粒"として出てきた。
「な──」
複製。
それが6つ。合わせて7つ。
デタラメにも程がある。
「こん──のぉおおっ!!」
もはや血の発射を確認するヒマもない。
ヤイは魔導義足の全力を発揮させ、縦横無尽に駆け回る。
流星が飛び回り、破滅的な"雨"がそれを追う。
"天文台"最高の強度を誇るらしい第1実験場の、壁という壁があらゆる属性攻撃で損傷し、破壊され、天井が崩れてきた。
ヤイは思考を、回避と残り秒数のカウントのみに限定した。
残り12秒。
避けきれない射撃を、右手の盾で弾く。盾が蒸発する。
残り8秒。
左義足が雷属性攻撃を受け、麻痺して使い物にならなくなった。パージして2撃を受けさせる。
残り6秒。
右義足で最大限の跳躍。天井は壊れている。
追ってきた5属性の攻撃が義足を粉々に砕いた。
残り4秒。
装備を全て失い、落下する。
そこに迫る無数の攻撃。
「どぉおおぉおおっ……りゃっ!!」
ヤイは防御を捨て、全魔力を自身の体外に流し、魔力が通りやすい流れを作った。
ベアリウスの技の応用。
ノットの攻撃がほとんど全て、その流れに沿って、上空に飛んでいく。
瞬間、熱を伴う激痛。
「んっ、ぐうぅうっ!」
逸らし切れなかった数発が、ヤイの腹部を貫通する。ヤイは喀血した。
残り2秒。
攻撃が止む。
「ジャストかな?」
残り1秒。
全ての"宇宙の雨粒"から、同時に全力の攻撃。
ヤイに打つ手はない。全ての手段を使い果たした。
全弾が衝突した。




