第20話 ~ノットの試練、"宇宙の雨粒"~
ノット・ゾートレスが屈託なく笑うと、尖った八重歯がちらりと見えた。
人間と魔物の間に生まれた半獣人、ですらない、ただの人間。
振る舞いも、勝手ではあるが攻撃的には見えない。
だというのに、何故冷や汗が流れるほどの威圧感があるのか。
「……初めまして。実験なら協力しますよ。どのような魔術を試すんですか?」
ヤイは近づきながら言い、笑顔を作る。
所属を明かすと話がこじれる可能性があるので、自己紹介は省略した。
ノットは駆け引きのなさそうな満面の笑顔になった。
「輻輳魔術だよー。これまでの同魔術同時詠唱じゃなく、別魔術同時詠唱。そろそろ干渉し合わずに撃てそうなんだよねー」
「……ええっと。つまり、通常の魔術士の三倍、魔術が飛んでくると思えばいいんですね?」
ヤイの言葉に、テレーゼが一歩前に出て首を振った。
『異議、その認識では死ぬ。彼女の魔術は単発でも一般の魔術士の五倍強く、二倍速く、拡張性がある。具体的には、範囲と追尾力と副次効果を意識的に増減出来る。補足、彼女にはそれを高速で処理する頭脳があり、作業道具を大切に扱うという発想がない』
「……なるほど。彼と協力しても?」
ヤイはザウをちらりと見やる。
「え? そりゃ前提でしょー。死にたいの?」
脅しではなさそうに、ノットはさらっと言う。
ザウの性質も当然お見通しのようだった。
「ではそれで。……報酬ですが。こちらの質問に幾つか素直に答えて頂く、というのは?」
「いいよいいよー。っていうかそっかー、そういう件かー。じゃあ、段階的に試したいから……一分計ろう。この実験場の中なら、好きに動き回っていいよ。テレちゃん、治癒術士呼んできてー。時間内まで生きてたら、死んじゃうのもったいないもんね」
無邪気な、子供のようなノットの声。
ヤイはノットの振る舞いに、何か思い出されるものがあった。
’「龍は、何かの証明のために落とす命に頓着しない。これは、自身の命も含む。だから……残酷とは違うのだと思う」‘
ダロウの、龍の価値観に関する発言だ。
しかしノットは龍ではない。半獣人でもない。
かと言って純粋な人間でもなさそうだ。
だがそれ以上は、推測するより直接聞いたほうが早そうだ、とヤイは諦めた。
「ザウ。無茶な動きをさせてもいいわ。とにかくあたしを生かして」
「ま、二人であいつを襲うよりは勝率ありそうだけどなー。一回戻ってみんなで来ちゃダメなのか?」
ザウは気乗りしない様子でソワソワしている。
わかるのだろう。
相手が先のノースランドドラゴンと同等、否、それ以上に危険であることが。
「もうバレてるわ。次も会ってくれるとは限らない。ま、そこはあたしのせいだけど……どうせ元から隙なんてなかったし、みんなで来ても逃げられるだけでしょ」
「相手は約束、守ってくれるのか?」
「魔術士は、約束や契約に関する言葉は適当に言えないのよ。お互いなんでもアリになっちゃうからね」
「ふぅん。ま、やるならやるぜ」
そして、ザウがヤイの影に入り、ヤイがウォームアップと武装の装備を済ませ、テレーゼが治癒術士を呼んで来て、ノットが元々の的を片付け、準備が整った。
ヤイは魔導義足を嵌めた右足を振るい、自分の周囲に円を描いた。円は白く輝く。
「"特化変形"!!」
さらに両足で、地面を踏み鳴らす。
タタタタタタ タタタタ
円が虹色に輝いた後、緑のみが強く輝く。
タッタタタタ タタッタタッ
軽快な足取り。
義足が滑らかに組み替えられ、左右への瞬発移動に優れたフォルムに変形する。
帯びる属性は、風が10。完全に速度のみに特化させている。
さらに、義足と連動している彼女の右手首の義手が、魔術を受け流す小さな盾に変形する。
「へぇー。その足、神経が繋がってるようなもんでしょ? 壊れたら気絶ぐらいする?」
ノットは興味深げにヤイの武装を観察する。獲物の弱点を見極めようとする獣のように。
「ご心配なく。慣れてますから」
ヤイの魔導義足は、魔力を通じてヤイと直接繋がっている。
そのため、破損は当然だが、変形でもそれなりの痛みを伴っていたが、ヤイはいつも歯を食い縛って感じないフリをしていた。
そんなヤイの様子を見て、ノットは感心するようにうんうん頷いた。
「人はさぁー。頑張ってるよね。弱っちぃ体、短い寿命。魔力も単体じゃ雑魚なのに、こんなに増えてさ」
ノットがふー、と口から息と、血を吐く。
魔力で空中に浮かんだ血が、様々な形を作る。丸、四角、人、剣、杖、盾、龍。
自在な血の変化。
最後にそれは、円状の転送円の形を取った。
「!!!」
それはもう、自白のようなものだ。
否、そもそもノットに隠すつもりなどないのだ。
武力行使になっても、負けると思っていないのだろう。
「でも、龍と比べちゃうとどうにもねー。頼りないよね。そんなんでやっていけるの? って思っちゃうわけさ」
ノットが人差し指をヤイに向ける。その先端に血は集中し、炎・水・風・土・雷・木属性の現象を極小で発生させながら高速で切り替わり、複合し、破綻している。
世界がひび割れるような音がする。
それが不意に、ピタリと止んだ。
「だからさ、試してるの。お前たちがあの子を強くするかどうか」
完成したのは、白黒二色の完全円。等分に混ざり合っている。
超高速で回転するが故に、完全に静止しているように見える。
見通せない奥行があり、全てを引き込むような質量が感じられる。
ヤイは円から目を離さず──離せば死ぬ──、気配だけでテレーゼに問いかける。
テレーゼは無言で首を振り、『結論、こんなものは見たことがない』という意思を伝えた。
ノットは、女神のように微笑んだ。
「では人類代表。"宇宙の雨粒"、楽しんでね?」
それが開始の合図となった。




