第19話 ~輻輳魔術士ノット・ゾートレス~
ノット・ゾートレス。
"天文台"第5座。
輻輳魔術の使い手。
『理由、彼女は何度かアザレアとパーティーを組んで冒険を行った、と信頼性の高い記録にある。また、龍信仰系教会に多額の寄付を行っている。天文台の人間としては珍しいこと』。
それが、テレーゼからなされた、ノットを"犯人"候補に挙げた理由の説明だった。
それから数日後、休息を挟み、テレーゼから『会う準備が整った』と聞いて、ザウとヤイは"天文台"は訪れていた。もちろんこの件はアオイに報告済みである。
「へえー。なんか面白い形だな」
"天文台"の建物は、上方部がブドウのように球体が連なるような形で作られていた。また、最上部は傘を逆さにして置いたような装置がいくつも乗っかっている。
『理由、コストを度外視して機能性を追究した結果。ただし、コスト以上の成果は上がっている』
誇らしげに胸を張りながら、テレーゼは言った。
「まあ、予算の使い方が不透明すぎて度々問題になってるんだけどね。ほとんど治外法権だし」
ザウにだけ聞こえるようにヤイが呟く。ザウは「あー」とだけおざなりにリアクションした。
『予定、この後第一魔術実験場でノットと合流。事情聴取……訂正、お茶会を行う』
「なるほど」
つまり、テレーザは『お茶会』という名目でノットを呼び出した、ということだ。あからさまに"龍災"の件について聞きたい、と言えば逃げられたりはぐらかされたりするのは目に見えている。
「ちなみに、我々のことはなんと?」
ヤイはテレーゼに尋ねる。
魔術士同士なら雑談をすることもあるが、ザウやヤイは完全に部外者だ。たまたま『お茶会』に参加する、というのは不自然だろう。
テレーゼは、瞬間止まって、首を傾げた。
『結論、考えていなかった。到着までに考えておく』
「え……それじゃ、話してないってことですか……?」
『結論、そう。呼び出すまでが役割だと考えていた』
「あー……いえ、それでも充分です。こちらでも考えますね」
三人は"天文台"の入り口である、歴史を感じられる、細かい意匠が散りばめられた分厚い木製のドアを開いた。ギィイイ、と重々しい音が三人を歓迎する。
"天文台"の一階は、広々とした円形のホールになっていた。明らかに外から見た時以上の大きさがある。
内装は、扉から想像した古めかしいものとは違い、小奇麗なものだった。天井は高く、壁や床はよく磨かれた白い大理石が美しく輝いているし、通路には赤い絨毯が敷かれている。
また、入って正面に見える大理石の白壁には、魔術文字で無数の情報が表示されており、それが高速で切り替わっていく。
ヤイは魔術文字には詳しくなかったので、時々出てくる図解などから、何かの作業の人手の募集や、どこかの施設の稼働状況などが表示されているのだろうな、とあたりをつけた。
ホールからの道は、正面と左右に続いている。行き交う魔術師たちはほとんど左右の道を使っており、正面の道に向かう者は稀だ。
魔術士たちはみな、本や謎の荷物を持ちながら早歩きで移動している。その少し上空を、動物や、動物を模した使い魔が飛び交っている。
歩きながら議論を交わす魔術師も多く、騒がしい、というより活気がある、と表現するのがしっくりくる、上品な賑わいがあった。
『説明、上位42座までが専門の研究室を持てる。それまではグループでの研究か、42座の研究材料……訂正、研究助手を勤めることで成果を出す』
ホールの音に負けないためか、テレーゼは少し背伸びをして、耳打ちするようにヤイとザウに話す。
つまり、正面は専門の研究室が集まるエリアなのだな、とヤイは理解した。
「あの、受付とか警備とか……そういうのはないんですか?」
『結論、ない。各研究室、自己責任で防衛している。補足、"天文台"では過剰防衛が適応されない』
大陸でも最上位の魔術師たちによる、容赦のない防衛機構。
それが侵入者にどのような危害を加えるか、ヤイは想像しないことにした。
「こわー。俺、隠れてよっかな」
ザウが身震いすると、
『結論、非推奨。隠れているもののほうが暴きたくなる』
テレーゼが指でちょいちょいと通行人を指す。ザウとヤイが注目すると、その人物たちはあからさまにか、あるいはこっそり二人、というよりザウを意識していた。わかる人間には、ザウが異物、あるいは影の国のものだと一目でわかるようだった。
彼ら、彼女らは、気付かれたとわかるとさっと目を逸らしたり、三人に手を振ったり様々なリアクションを見せた。
『教授、構っている時間はない。こっち』
テレーゼは正面の道に進む。二人は人並みをかき分けながらついていく。
テレーゼの周囲を回っている水晶玉が、時折通行人に当たっているが、テレーゼは一向に気にする様子を見せない。相手も慣れっこなのか、迷惑そうな顔をしても絡んでは来なかった。
大きなゴーレムの脇をすり抜けたり、変形移動する階段を何度か上り下りして三人がたどり着いたのは、スポーツに使われそうな四角く広い空間だった。
その中で、何者かが的らしきものを配置している。射撃訓練だろうか。
『ノット』
テレーザが声をかけると、何者かは顔を上げて屈託のない笑顔を向けた。
「ちょすー。テレちゃんじゃん。どしたの?」
薄い金色の瞳。やや垂れ目がちだ。
髪は魔術士にしては短く、サッパリしている。
カットオフのデニムパンツに、ハイネックのトップス。シャープなシルエットのジャケット。
魔術士というより、モデルのような体型と衣装だ。
『回答、約束の時間通りに、約束された場所に来た』
テレーゼの言葉に、ノットは頭をポリポリ掻いた。
「あー、そだっけ。ごめんごめん忘れてた。ラッキー、会えたじゃん」
『補足、これから一緒に茶をしばく予定』
「ええー? これから輻輳テストなんだけどなー。そんな急に言われてもなー」
『異議、予定では既に終わっている時刻』
「しゃーないでしょ、思いついちゃったんだから。見といたほうがいいよー?」
『質問、内容は?』
「見たらわかるよー。ただ的が動かないのがつまんないんだよね……。おやっ」
ノットは、少し遠くで見ていたザウとヤイに目をつけた。
「いるじゃん、丁度いいのー。的やってよ的。報酬は出すからさ」
「ザウ……あの人、どう見えてる?」
ヤイが尋ねる。
ザウは「う~~~ん?」と悩んでから、
「人間……だったと思うぜ。元は人間。その後、なんかあったんだろうな。すげえ美味そうなんだけど、食う前から胃もたれしそうになる」
「そ。あたしにはさっきから──獣にしか見えないわ」




