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第1話 ~秘書選び~

 ということでザウとアオイによる、龍災対策室長、つまりザウの秘書を決める面接が始まった。

 時間は昼過ぎ、会場は環境省塔内にある第一待合室である。


「君が一人目だね。まあ、座って座って」


 ザウとアオイは柔らかいソファーに座っている。

 テーブルにはお茶とお茶菓子が用意されており、ザウが想像していたのより和やかな雰囲気だった。


「はい。それじゃあ失礼しますね~」


 一番に入ってきたのは、ヒューマンほどの大きさを持つフェアリー、いわゆるビッグフェアリーの女性だった。

 穏やかな性格を窺わせる垂れ目、豊満な胸。胸元と背中が開いた服装は、背中から銀色の四枚羽が生えている彼女たちの種族独特のものだ。


「それじゃまず、名前と所属を」

「はい~。外務省の、文化交流・国外広報課の~、ファニン・ノークエスです~」


 間延びした喋り方に二人はいきなり毒気を抜かれた。


 先に気を取り直したアオイが、わざとらしく咳払いをしてから質問を始めた。


「ええっと……君は外務省の推薦、じゃあなくて、自推だったよね?」

「はい~。龍による被害は他の国でも稀にありますから、そういった資料を集めるお手伝いが出来るかと~」

「なるほど。過去の解決策が見つかれば確かに有用だ」


 アオイはちらりと隣りに座るザウを見る。

 ザウはフードにすっぽりと隠れて俯きがちで、ファニンのほうを見ているのかもわからない。

 そういえばザウは人見知りなんだった、とアオイは思い出し、彼の今度を心配せざるを得なかった。

 ファニンもザウを数秒不思議そうに見ていたが、特に何を言うこともなく正面にいるアオイに向き直った。


「しかし今の仕事と兼任、ということになれば、結構大変になると思うけど」

「他の国からの情報収集なら、やることはだいたい同じですから~。

 それに、環境省のお墨付きがあれば、他の国の環境調査の名目で~、伝承と合わせて実地調査もできますし~」

「ああ……」


 それが狙いか、とアオイは内心舌を巻いた。

 大いなる自然には、それにまつわる伝説や物語がつきものだ。

 その逸話の中には、自然と共に生きるフェアリーが出てくることも多い。恐らくその辺りに彼女の拘りがあるのだろう、とアオイは思った。


「ところでフェアリーから見て、龍ってどういう存在なんだい?」

「う~ん、基本的には、怖いおじいちゃんって感じですね~。敵ではないけど、近寄り難いというか~。

 闘おうっていう気持ちにはなりませんね~、勝てませんから~」

「ふむ……」


 それからいくつか質問をして、ファニンの面接は終了となった。



「あ、最後に」


 アオイは部屋から出て行こうとするファニンを呼び止めた。


「はい~、なんですか~?」


 ファニンが振り返る。

 アオイは珍しく、歯切れ悪く、口を少しすぼめて


「その……ビッグフェアリーって、みんなこう……大きいの?」


 それとなく両手で胸を表すジェスチャーをした。

 ファニンはきょとんとしてから、


「いえ~、わたしは小さいほうですよ~?」


 特に他意はなさそうにそう言ってから、「ありがとうございました~」と一礼して部屋を出て行った。

 後に残されたのは、自分の平坦な体をぺたぺたと触るアオイ。


「あれで…………小さい……?」

「アオイさん?」

「……いや。別に? なんでもないけど?」


 アオイはいつものしれっとした表情に戻ると、ソファーに深く座り込んだ。


「さあ次だ次。サクサク行こう」

「そ、そうっすね……」


 ザウは深く追及しないほうがよさそうだ、と察した。



「防衛戦闘局・大型獣課のヤイ・ゴックスよ。よろしく」


 ヤイはそう言うなりどっかりとソファーに座り、腕組みをして、足も組んだ。

 いきなりの態度に、二人は先ほどとは別の意味で仰天した。


「あー、ごほん。さて君は防衛省推薦……あれ、書類では自薦ってことになってるな。確か推薦って話だったと思うけど」


「別にいいでしょ?そんなこと。

ウチ(防衛省)が助けてあげるって言ってるんだから、感謝しなさいよね」

「はあ? 随分偉そうだな」


 ヤイの高圧的な物言いに、温厚なザウも少しイラッときた。

 しかしヤイは喧嘩腰のまま、


「偉そうなのはどっちよ。人と話す時はフードぐらい外したら?」

「……ふん」


 ザウはしぶしぶフードを外した。

 ちなみに先ほどファニンと話していた時もザウはフードを被ったままだった。それをファニンが指摘しなかったのは、彼女の性格がおおらかだから、というよりは、世の中には様々な文化や事情を持つ種族がいる、ということを重々承知していたためだった。


 閑話休題。


 ザウがフードを外す。

 そこにはいかにも清廉潔白、凛々しい顔立ちの青年の顔があった。少し日に焼けたような色合いをしている。


「……っ、へえ、噂通りの顔ね」


 ヤイは言葉の割には動揺を隠せておらず、赤面を隠すように口に手を当てた。


「これでいいだろ」

「ま、まあそうね。ほら、でも結局、あの龍を退治するなら結局ウチの力は必要でしょ?」

「うん、それはそうだ」


 アオイは頷いた。


「あの龍を退治するにしても、他の何らかの手段で対応するにしても、防衛省の助力は必須と言えるだろうね。あの龍が話し合いに応じるとしたら、こちらが相応の力を見せた後だろうし」

「話し合いぃ? 会話が通じる相手じゃないでしょ、あんなの。

 闘って! 倒して! なんぼでしょ!」


 ヤイはフン、と鼻を鳴らした。

 しかしアオイはずい、と身を乗り出して


「いやいや、そんなことはないんだ。

 今でこそ汎用ヒューマン語を他の種族も使うようになったから言葉が通じるけど、昔はそうじゃなかった。

 龍は万年単位で生きている種族だ、知能はむしろヒューマン以上というのが専門家内の通説だよ。

あの大きさの龍なら間違いなく古龍語だ、後はせめて生息地さえわかれば絞れるんだけどなあ!」


 興奮気味に捲し立てた。


「ちょ、なんか怖いわよ落ち着きなさい!」

「え? ああ、ごめんごめん」

「とにかく! ウチを通さずになんとかしようなんて思わないことね!」


 ヤイは椅子から勢いよく立ち上がりながら言った。それからザウを見て、


「それとあんた! あんたねえ……それズルだからね! あたしは認めないんだから!」


 と、ザウの顔を、黒い手袋を嵌めた右手で指差しながら言い放ってから、足早に去って行った。


「……ズルで悪かったな」

「ま、気にしない気にしない」


 ザウが現在の容姿になったのにはとある事情があった。

 そのあたりのことはアオイも承知しており、ぽんぽんと肩を叩いてザウを慰めた。


「ありゃ多分、牽制だね」

「牽制?」

「そもそも龍災対策室が環境省に設置されるまでにすったもんだがあってね。一番強敵だったのは防衛省だ、他にもいくつか立候補はあったけど。結局、議会が『龍を討伐すべき』で一致しなかったから環境省の預りになった。何故だからわかるかい?」

「そりゃ、龍が神聖な生物だからでしょ?」

「それもある。実際、龍を絶対的な存在としている団体や種族は数多くいる。『万が一』あの龍を彼らの目の前で殺しでもしたら、どんな反発が起こるのかは想像したくないね」

「でも、このまま放っておくわけにもいかないでしょう」

「もちろん、もちろん。だから丁度いい落とし所を探すのがわたしたちの役目、と言えるかな。まあ他にも色々問題はあるんだけど。

 えーと、なんの話をしてたっけ。ああそうそう、防衛省か。

 つまり彼らは、『防衛省抜きで話を進めるなよ』と言っている。

 それと、ここで我々が彼女を秘書にすることを断れば、後々防衛省に力を借りる羽目になった時、『あの時断ったじゃないか』と主張してアドバンテージを取るつもりなんだろうね。かと言って彼女を秘書にすれば、防衛省よりの判断をされることは目に見えている」

「なんつーか……めんどくさい話っすね」

「まあまあ、とにかくひとつひとつ解決していくしかないね。とりあえず今は、秘書選びだ」

「……そうっすね」



 というわけで、三人目の面接が始まった。


「大臣、失礼致します」

「はーいメルリちゃん、入って入って」


 アオイは入ってきた少女を気安い態度で手招きした。


「知り合いっすか?」

「うん。そりゃそうさ、だって彼女環境省だもの」


 メルリと呼ばれた少女は、ぺこり、と丁寧にお辞儀をした。


「まあ座って座って。ほら、お茶もお菓子もあるよ」

「はい。それじゃ、失礼しますね」


 メルリは緊張した様子もなく、自然体で着席した。

 一見するとただの背の低いヒューマンだが、触り心地のよさそうな猫の耳がぴょこんと生えている。

 彼女はヒューマンの血が濃い猫人族だ。


「彼女はメルリ・ラキーニャ。環境省自然環境局野生生物課の職員でね。

 ここでは、野蛮な防衛省とは違って、言葉が通じないような生物とも可能な限り共生を図っている。

 彼女は優秀で、掃除もできるし料理も上手だ。あとこっそり近付いてみると結構な確率で鼻歌を歌っているから必聴だよ」

「ア、アオイさん! 自己紹介できますから! あと最後のは余計ですー!」


 メルリは恥ずかしがりながら怒っているが、全く怖くない。彼女がいるだけで周囲の空間に和やかなオーラが溢れているようだ。

 なるほど、動物に好かれそうな人だな、とザウは思った。


「ほら、ザウから聞きたいことは?」

「あ、ああ、そうっすね。あー……メルリは、あの龍が街を襲っている理由ってなんだと思う?」

「はい、そうですね……」


 メルリは眉にしわをよせ、少し考え込んだ。


「そもそも、龍が街を襲うことはあまりありません。

 ベルダドラゴン種については希少すぎて、生態調査はそれほど進んでないんですけど……。

 それでも、他の龍種とそこまで極端には変わらないはずなんです。

 龍は基本的に、森や雪山、とにかく自然の深いところ――つまりマナが豊富なところです――に巣を作り、そこでじっとしています。空気中のマナを取り込むだけで餌は足りるので、街を襲う理由がないんです。

 だとすれば、まず『彼』の住処に何かあったか。地震、洪水、大規模な山火事……色々ありますけど。

 あ、別の龍との縄張り争いに負けた、というのもあるかもですね。

 でも、住処を追われたからといって街を襲うかと言われると、うーん。

 他には、街にある何かを狙っている可能性ですね。

 一番可能性が高いのは、マナの源とも言われる世界樹だと思います。

 ただ、世界樹はこの街が生まれた時からこの街と共にありますから、龍が世界樹を狙うなら、もっと昔から頻繁に龍の襲撃を受けていないと、辻褄が合わない気はします。

 そういう意味では、この街には高いマナを含む宝石や特別な神器がありますから、そちらを狙っている可能性も否定できませんね。

 あとは……恨み、でしょうか。

 ヒューマンやヒューマンと共に生きる種族に住処を追われたか、家族を……奪われたか。

 ただ、龍を『そうする』には軍隊レベルの戦力が必要なので、それだけの大勢力が動けば、内偵の密告があったはずです。そのあたりの事情は、防衛省に聞いてみたいですね。


 あ、すみません、話が長くなっちゃって。

 えーっと、つまり……情報が少なくてわからないけど、龍さんにも色々あるよね、ってことです!」


 ぱん、と軽く手を叩いて、メルリはふわっと結論付けた。


「なるほどなあ。その辺の原因が断定できれば、対処法もわかりそうだ」


 ザウはメルリの分析力の高さに感心していた。

 例えば住処を追われたのなら、新たな住処を用意すればいい。

 宝石が欲しいのなら差し出すか、代わりのものを用意すればいい。

 もちろんそう簡単にはいかないだろうが、交渉の余地を見出すことはできるだろう。


「どうだどうだ? すごいだろういいだろう、メルリは」

「なんでアオイさんが得意げなんすか」

「わ、わたしなんてそんなことないですから! アオイさんの刀捌きに比べたら……」

「いやあ、きみの書類捌きには負けるかもしれないよ」

「いえいえいえ」

「いやいやいや」

「あー、ちなみに、メルリは、なんで龍災対策室に? アオイさんが言ったから?」


 謎の譲り合いが始まったので、ザウは強引に割り込んだ。


「あ、はい! えーっと、それは……」

「そういえば、それはわたしも聞いてなかったな。メルリが志望してくれたから、渡りに船だと思っていたんだけど。やっぱり正義感かい?」

「じ、実は……」


 そこでメルリは、少し俯いて、小さく


「……一回、龍の背中に乗ってみたくて」


「…………」

「…………」


「話がうまくいったら、一回ぐらい乗せてもらえないかなー……って」


「……なるほど」

「……うん、わかるよ、わかるわかる」


「ご、ごめんなさいっ! 公私混同ですよね!!」


「ま、まあそれぐらいはいいんじゃないかな。ねえ、ザウくん?」

「ダメってことは……ないでしょう。うん。はは……はっはっは」


 意外な理由に、二人は思わず笑ってしまったのだった。



 というわけで、三人の面接が終了した。


「さてザウくん。今の三人の中から、秘書を選んでくれたまえ」

「そりゃ……うーん、選択肢があるようなないような」

「まあ、面接ってわりとそういうものだよ。具体的に言うとアレだからぼかすけど」

「それもちょっと、なんつーか、アレですね……」


 ザウは秘書を一人選んだ。


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