第18話 ~閑話休題 "秘録の湯"~
かぽーん。
「ふぅ……気持ちいい……」
ガーンバルド城塞王国北部の秘湯、"秘録の湯"。政府の庁舎にほど近く、使用出来る者が限られている特別な温泉だ。
ヤイも普段は使用できないが、今回はアオイの許可で特別に利用していた。
この温泉はきちんと効果が確認されており、治癒魔術での治癒が手遅れになった肉体の傷や疲労はもちろん、魔力回復にも少しずつではあるが効果がある。
ヤイは湯舟に浸かって、外の景色を楽しむ。遠くに雄大な山、眼下には賑やかな街並み。
他に人はおらず、実質貸し切り状態だったので、足でパチャパチャと行儀悪く水を叩くなどしていると、
がららっ。
「やあ。調子はどうだい?」
もちろん裸のアオイが入って来た。
「えっ……あ、どうも……」
誰かが入ってくる想定はしていたものの、知り合いが来たのでヤイは動揺を隠せない。
アオイは手早く髪や体を洗ってから、掛け湯をかけて、ヤイの隣にやってきた。
「お邪魔するよ」
ざぷん。
「……」
ヤイはなんとも言えない気持ちになりながら、軽く会釈した。
対してアオイは、いつもの朗らかな笑顔で、
「そんなに警戒しなくてもいいよ。労いに来ただけさ」
「いえ……すみません。信頼していないわけではないんです。ただ……」
「なんだい? 言ってごらん」
「……ザウとは、どういった関係なんですか?」
ヤイはしっかりアオイのほうを見て尋ねた。
ヤイが疑問を抱いたのは、ザウとヤイが戦場から帰ってきた時のアオイのリアクションだった。
もちろん戦場は危険な場所で、そこから帰還した兵士を熱く抱擁するのは、人情としてはおかしな話ではない。
しかしこれまでのアオイから感じた人柄からは、多少外れていた。と、ヤイは感じたのだった。
「ああ……そうだね。そろそろキミも無関係ではないか……」
アオイは天井を眺める。水に濡れた長い黒髪が艶やかに垂れる。
「……今、思ったんですけど…少し、似てますね。顔立ちというか……」
ヤイは、ザウはともかく、アオイの顔をじっくり眺める機会はこれまでなかったので、二人の顔が似ているだなんて発想にも至らなかった。
アオイはゆっくり顔をヤイに向ける。
そこに浮かぶ表情は微笑み。
しかしその内には、言葉にならない複雑な感情が仕舞われているように見えた。
「もちろん、我々に血縁関係はないよ。私は人間、彼は影の国のものだ。うーん……まあ話せば長くなるんだけど。端的にまとめるとね……」
アオイは一度言葉を切って、目を閉じた。それからゆっくりと開いた。
「私は家族を影の国のものに殺された。だから結構な数を殺し返した。その時殺し損ねたのがザウだ。その時彼は、まだ意思らしい意思を持っていなかった。人間で言うと、赤ちゃんだったのさ」
「……」
ヤイは何も言えない。
影の国のものは、暗殺能力に非常に優れている。そのため、各国で暗殺者として非常に重宝されている。
ただし数は限られているので、使いどころは限られている。標的は重要人物か、その周囲だ。
「で、なんかついて来たから、もったいないから育てたのさ。そしたらある日、私の家の写真から息子の体を真似てね。影のものは擬態能力があるが、体の擬態は一人分に限られる。やめろと言っても後の祭りさ。事情は、そんなところ」
「……そうでしたか……」
アオイがザウをどう思っているのか。
ザウがアオイをどう思っているのか。
外野のヤイには想像することしかできないし、とても正解に近づけそうにない。
見た限りでは、悪いものではなさそうだ。しかしただ仲良しというだけでもないだろう。
「ザウに……いえ、影の国のものに、家族のような概念はあるんでしょうか?」
「わからない。ただ、私たちにとっての家族も、人それぞれだと思う。だから、いいんじゃないかな。……もっとも」
アオイはゆっくりと首を振った。
「そんな怖いこと、ザウには聞けないよ」
そう言われて、ヤイはハッとした。
影の国のものにも、家族があるとしたら。
アオイが殺した影の中に、それに当たる存在がいないとも限らない。
「す、すみません」
「いいって。重い話を始めたのはこっちのほうさ。……それより──」
アオイは鋭い視線をヤイの胸元に向ける。
「──キミ、着痩せするタイプだね?」
「──っ、そそ、そういう発言、セクハラですよっ」
「いやぁ、保護者としては気になるだろう? あの子が大きさを気にするタイプかはわからないが…ぶっちゃけ、どこまで行ったんだい? 私にも心の準備ってものが……」
「まだどこにも行ってません!! 何も始まってません!!」
「ふふ。その言い方だと、脈はありそうだね」
「脈はぁああああ……あったらいけませんかっ!? 失礼しますっ!!」
ヤイは勢いよく湯舟から出ると、ぺたぺた足早に去っていた。
アオイは顔に飛び跳ねた水滴を拭いながら、
「……やれやれ。こんなんだから私は、あの子に心の機微ってものを教え損ねたのかな?」
遠くを眺めながら、そんなことを呟いた。




