第12話 ~急襲、影を帯びて~
ヤイとアザレアがしばらく話し込んでいると、教会のドアがやや乱暴に開かれた。
オルガンの音が止む。
「緊急でち! 緊急でち!」
現れたのは、ヤイの腰ほどの身長の少年だった。
ヤイはその人物に見覚えがあった。先の会議で机やら椅子やら飲み物をセットしていた、環境省総務課のデッチだ。
「ん? どした?」
ザウは歩み寄ると、デッチはザウに駆け寄り、背伸びをして何事か耳打ちした。それを聞いたザウは驚きながらヤイとアザレアのほうを指さし、それを受けてデッチがヤイのほうにもやって来る。
「ヤイ殿! 緊急でち!」
「まあ、まあ!」
アザレアは嬉しそうに手を叩き、今日一楽しそうな声を上げる。小動物を愛でるような笑顔だ。
デッチのある種の可愛さには同意できるヤイだったが、今はそれどころではなかった。
「なに?」
ヤイは屈んで、デッチに耳を寄せる。
「王国に帰還中だった、第一・第二部隊が襲撃を受けてるでち!」
「なんですって? 相手は?」
「それが──ワイバーン多数と、龍二頭! 突然部隊の真ん中に現れた模様でち!」
「やっ……ばいじゃないっ!」
もうヤイもデッチも大声で話していたので、近くにいるアザレアどころか、教会にいた他の国民にも丸聞こえだった。ざわざわ動揺が広がる。
「すみません、失礼しますっ──なんですか?」
駆けだそうとしたヤイの腕を、アザレアが掴んでいた。咄嗟に振りほどけないほどには強く。
「私も参ります。必要でしょう?」
短くも、決意を纏った言葉。
「っ、確かに……。デッチ、場所は!?」
「ミュール平原北西部! 転送可能距離! 転送円同期は出来てるでちが、いつまでもつかは不明とのことでち! 急ぐでち!」
「ではアザレアさんも同行お願いします! 本部の判断を仰ぐことになりますが!」
転送円間での瞬時の移動を可能とする転送術。
その起点となる転送円は防衛省内に存在するが、当然ながら場所も詳細もA級軍事機密だ。
「杖と馬を!」
アザレアが叫ぶと、教会職員の一人がばたばたと杖を持って来た。
高身長のアザレアよりもなお長い、豪奢な装飾を施されたヤナギの杖。樹齢100年を越えたものから切り出されたものだ。
さらに屈強な男四人が人が座れる台座を担いで現れ、慣れた手際でアザレアを乗せた。
「えっ」
さしものヤイも驚いたが、「ふふ、ふふ。この"馬"は、早いですよ」とアザレアに楽しげに言われたので、「で、では行きます!」とツッコまないことにした。
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"馬"は実際早く、ヤイの全速にしっかりついてきた。ザウは建物の影を渡って先回りした。
「こちらへ!」
ヤイはアザレアの手を取って先導する。さすがに"馬"を防衛省内に入れるわけにはいかなかったので、入り口で解散してもらった。
ヤイが戻ってきた時点で上層部での話し合いは済んでいたようで、アザレアの転送円使用はすんなり許された。アザレアに各種説明がなされている間に、ヤイは素早く武装──魔導拡張義足_灼嵐_八一丙型を装備した。
ザウ、ヤイ、アザレアは第二転送円を使用することになった。
王国で現在運用されている転送円は三つある。
転送円は一度使用するとしばらく使用不能になる上に、一度に転送できる人数は限られているため、数は多ければ多いほうがいい。しかし高等で厳密な魔術なため、転送円を精緻に描くこと自体が至難だが、それを起動できる魔術師も貴重だった。
そのため、ガーンバルドほどの規模を持つ王国でさえも、三つを稼働させることで精一杯だった。
現在は緊急事態のため、第一・第二転送円を援軍転送に使用、第三転送円を重要人物の帰還に充てていた。
「疾く乗れ、未熟者!」
第二転送円には、ベアリウスと、三人の防衛省大型獣課が乗っていた。三人一組のパーティを組んで活動しているメンバーだ。
ザウ、ヤイ、アザレアも円に乗る。円を囲むように配置された転送術師たちが詠唱を開始する。
ベアリウスが檄を飛ばす。
「龍種はノースランド種! 若い龍だ、死ぬ気でかかれば殺しうる! 我々で一頭かかる! 影の、龍には届くか!?」
「デカすぎるとムリす。爪とか牙とか、部分的ならワンチャン」
「そうか。では三人組と崩しを手伝え! 我が組みつく、未熟者が仕留めろ! ただしベーリオは、アザレアも死守せよ! 彼女の死は万の民の死と思え!」
「「「「了解!!!」」」」
大型獣課組が呼応すると同時、転送円が輝き、転送魔術が発動した。
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戦場特有のむせかえる匂いがした。大地と、人が焦げる匂い。
「散れっ!!」
転送された瞬間が最も危ない。全員転送を確認した瞬間に素早く動き出す。
雨が降っていた。大降りの雨だ。兵士たちの怒声に紛れて、遠くない雷鳴も響いてくる。
空は分厚い雲に覆われ、その中を少なくない数のワイバーンが飛び交っている。
「こんなのもう……戦争じゃない!」
ヤイは雨除けのバイザーを装備してから駆け出し、ワイバーンの火球を避けつつ目標の龍を探す。
するとすぐに信号弾が上がった。ヤイたちの転送に合わせたものと察してそちらを注目すると、目当ての龍を発見できた。
推測するに全長20メートル、全高5メートルほど。ノースランド種としては小さめだ。
灰色がかった白い体躯が空中を駆け回り、急降下からの鋭い牙や鉤爪で兵士を薙ぎ払っている。この環境下では空に溶け込んでおり、注視していてもすぐに見失いそうになる。
「ザウ! 影入れるんでしょ!?」
「ああ。いいのか?」
「いいから早く!!」
ザウがヤイの影に紛れる。背筋に何かが這うような違和感に、ヤイは思わず「んっ」と声をあげたが、すぐに気を取り直して走り出した。
ヤイたちが転送されたのは、第二部隊のエリアだった。王国の第二部隊となればさすがに練度が高く、やや混乱がありつつも、ワイバーンの攻撃に対して、攻撃が届かない兵士は防衛・護衛に徹し、弓兵や魔術師がすかさず反撃を行っている。
それでもノースランドドラゴンの凍息は防ぎきれず、氷漬けにされた兵士が段々と周囲に増えていく。
「まずは注意を引きつけないと!」
義足を装備したヤイは、頭ひとつふたつ抜け出している。
ヤイは戦列の隙間を流れるように走り抜ける。義足が土を跳ね上げ、吹き荒れる風が顔を叩く。
ノースランドドラゴンの凍息は、ワイバーンの火球より射程距離が長い。ワイバーンほど近づいてこないため、凍息を放つ硬直を狙うことは難しい。狙うなら直接攻撃での交錯時だ。
しかし雨のせいでヤイは思うように速度が出せず、ノースランドドラゴンの動きについていけずにいた。
「ええい、滑る!」
「ああ、そっか」
ザウの声が聞こえると、すぐに足場が多少安定した。
「水分だけ吸っとくぜ。腹いっぱいになるまでに頼む」
「ん、ありがと!」
ヤイは一段と前傾姿勢を取り、矢のように飛び出した。
ノースランドドラゴンが兵士を狙って鋭く降下する。
その横合いから、ヤイが勢いのまま飛び蹴りを放つ。
ギィインッ。
戦場に響く甲高い衝突音。
「グギィイイイッ!」
ノースランドドラゴンの、困惑が混じっているようにも感じられる咆哮。
明らかにヤイに目をつけた。
「来なさいよ、チビっ子!」
ヤイは回転しながら華麗に着地、衝撃に痺れた右足をブラブラ振りつつ叫ぶ。
自分の何倍もの大きさを持つ敵と正面衝突していては、体がいくつあっても足りない。
それでも逃げる選択肢はなく、恐怖は微塵も感じなかった。




