第11話 ~S級蘇生術士、アザレア=フォローレンス~
現在城塞王国バーンガルドに登録されているS級の冒険者は七人であり、"七覇人"と呼ばれている。
その内の一人が蘇生術士、アザレア=フォローレンスである。
ただでさえ蘇生術士は適性のある人間が少なく貴重だが、その中でもっとも多くの魔力を持ち、絶大な成功率を誇る聖人。
件の"龍災"の際にも、その力は遺憾なく発揮された。
------------------------------------------------
~~環境省塔 地下一階 龍災対策室~~
「ふわぁ……」
ザウは今日何度目かのあくびをかみ殺した。
「ちょっと、真面目にやりなさいよ」
眼鏡をかけたヤイはザウを小突く。
「んぅ、ごめんて……」
ザウはぶるる、と肩を震わせた。人間の動きとして見れば身震いに見えるが、液体の震えのようにも見えた。
ここ数日、二人はアオイの指示でティエチェ聖龍教会の内部事情や、最近の動向について調べていた。
正確には、龍信仰を掲げる教会全般に対する調査指示だったが、特にティエチェ聖龍教会を重点的に、ということだった。
理由としては、"教会関連施設に不自然に被害が少なかった"というものだった。
アオイの指示に対するヤイのリアクションは、「正直たまたまじゃない? と思うけどね。しっかりしてる建物が多いから耐えたようにも見えるし。ただ蘇生術士の働きのおかげで、結果としてティエチェ聖龍教会の名声は増したし、悪くはない線かしら……」という温度感だった。
しばらくアオイから提出された書類と睨めっこしていたヤイは、うーん、と腕を組んで天井のシーリングファンを見上げた。ぐるぐる回っている。
「仮に龍信仰の宗教団体の中に犯人がいるとして……目的がわからないのよね。他の宗教団体を攻撃させるわけでもないし、何かしら宣言があったわけでもない。龍の脅威を国民に知らしめる、にしては被害が中途半端だし……」
「うまく操れてねーんじゃねーの?」
「のわりには、現れ方と去り際が鮮やかなのよね。突然現れて突然消えて、痕跡が全然残ってない。いや、正確には前の機密レベルAの書類が見れてないから、そこに何かあるんだろうけど……」
「図体でかいと大変だもんな」
「隠蔽魔術か転送魔術か……近い内"天文台"の人との交渉があるから、そこで詳しい話を聞きたいわね。それはさておき……」
アオイはすっと立ち上がった。
「これ以上は行ってみないとわからないわね。ほら、行くわよ」
「んえぇ? どこに」
「決まってるでしょ。ティエチェ聖龍教会よ。まだいるみたいよ、S級蘇生術士──アザレア=フォローレンス」
------------------------------------------------
白と黒、二対の龍に祈る人が描かれたステンドグラス。
静謐な空間に、パイプオルガンの厳かな音色が響いている。
「あら、あら。よくいらっしゃいました」
二人の前に現れたのは、純白の司祭服に身を包んだ身長の高い女性だった。
その胸は豊穣だった。
くすんだ長い金髪は、くるくるとウェーブがかっている。
両手は手袋で隠れており、帽子から垂れるヴェールが顔を両側から隠しているため、素肌はほぼ見えない。
その両目さえ、黒い包帯のようなもので覆われている。
そしてわずかに見える顔の素肌は、不気味に黒く蝕まれていた。
「お初にお目にかかります、アザレア=フォローレンスさん。防衛省・防衛戦闘局・大型獣課、ヤイ=ゴックスです」
ヤイが差し出した名刺を、アザレアは一礼しながら受け取った。なんらかの方法で見えてはいるようだ。
「大型獣課……でございますか」
アザレアは名刺を顔の前に持ち上げ、思案げに首を傾げた。
「龍を討伐、あるいは捕獲する……というような話ではありません」
ヤイは慎重に先手を打った。龍を信仰する人間に、大型獣課がどう思われているかは想像に難くない。
「まあ、まあ。ではどのような……?」
「先日の"龍災"についての、詳しい状況をお伺いできればと」
「そうですか、そうですか。私がたまたま帰国したタイミングで、誠に幸運でした」
アザレアはゆっくりと、穏やかな口調で話し始めた。包み込むような声だ。
「ただ、ええ。私は、いつも通りの行いをさせて頂いただけですけれども……。祈り、捧げ、受け取ったのです。命の損失がなかったのは、皆の助けあってこそのこと、ですわ」
「ご立派です」
定型の相槌を打ちながら、ヤイはアザレアに恐れに近いものを覚えていた。
アザレアの言葉にどこか白々しさを感じる。当たり障りのない言葉で、本心を隠している。──ように感じる程度なら、よくあることだ。別段何も感じない。
ヤイが注目していたのは、アザレアの体から感じられる魔力の不気味さだ。
人が持つ魔力は、大小の差はあれど通常一種類だ。これが他生物との混血となると、二種類の魔力が混じり合ったような印象になる。
だがアザレアから感じられる魔力は、二種類でありながら、それらの魔力が完全に分離していた。
混血と似て、しかし明らかに異なるもの。まるで体内に別の生物を飼っているかのような。
何よりその"二種類めの魔力"が、人の魔力で覆い切れないほど、禍々しい気配を湛えているとなれば──
「恐ろしいですか?」
アザレアが微笑みながら言い、ヤイは咄嗟に答えに窮した。
「ふふ、ふふ。私の体内に巡るのは、"死"そのものです。蘇生魔術の大いなる力、その副次なる効果です。これに満たされた時、私の体は主に捧げられることでしょう」
「……すみません」
ヤイは素直に頭を下げた。
蘇生魔術は、宗派によっては禁止されたり、忌むべきものと扱われたりする。その代償は様々だが、総じて死に直結するものだ。
ヤイも書類上では理解していたが、こうして目の当たりにするのは初めてだった。
「いえ、いえ。私の命が捧げられる時、それは即ち私が使命を全うした証ですので。心待ちにしているくらいなのですよ?」
神託を告げるように、両手を祈りの形に組みながら、アザレアは言った。
それが本心なのか強がりなのか、ヤイにはわからなかった。
「……」
二人の会話を、ザウは少し離れた場所から眺めていた。アザレアに対して、会話はおろか近づくことすらしたくなかった。
ザウの"影"の本能が、絶対に"アレ"を食べてはいけない、と告げていた。




