第9話 ~山菜エビ天ソバ 三人前(経費)~
「そこの」
会議室を出たザウは、ベアリウスに呼び止められ、足を止めた。
「なんすか?」
ザウはベアリウスを見上げる。熊のようなずっしりとした巨体だ。
ベアリウスはヤイと同じく防衛戦闘局・大型獣課に所属している。しかしむしろベアリウス自身が大型の獣そのものだな、とザウは思った。
「未熟な掃除屋め。誰を一番殺し損ねた?」
ベアリウスは歯を見せ、獰猛に笑う。牙のようにギラリと光る。
(まあそりゃバレてるだろうな)
ザウが全員を"掃除"するシミュレーションを幾度となく行っていたことは、会議室にいたメンバーの内、アオイ、ゴットー、ベアリウスは気付いていた。
それは殺気ではなく、ためらいのない好奇心として彼らの全身にぴたぴたと触れていた。
「ゴットーさんすね」
「誰に一番殺された?」
「アオイさんす」
「では、我は?」
「……あんたを殺した回、俺も全部死んでます」
「ふん。面白い!」
ベアリウスはザウの肩を強く叩く。
ぬるっ、とその肩が影のように溶けて、すぐ戻った。
「確かにこれは、殺し難いな」
ダッハッハ、と嗤って背を向け、ベアリウスは歩き去って行った。
「怪我ない?」
少し離れたところから見ていたヤイが、ザウに声をかける。
ヤイはベアリウスのやり口を知っているため、ひどいことにはならないだろうと見守っていたが、それでも会話が終わって内心ホッとしていた。顔には出さないものの。
「ちょっと痛かった……」
ザウは肩をさする。外傷は特にない。
「ははは。労災は降りないから気をつけてね」
長い黒髪を後ろでひとつにまとめたアオイが、かつかつ歩いてきた。帯刀はしていない。
「アオイさん」
「おっと、わたしは気にしてないよ。よくあることだからね。それよりお昼ご飯だ。今朝も食べる暇がなくてね。山菜ソバでいいかい?」
「天ぷらつきます?」
「よかろう。キミは?」
アオイはヤイにも聞く。ヤイはちょっと驚いてから、「同じもので」と答えた。
「よし、それじゃわたしの部屋で」
アオイはほんの一瞬、近くをうろちょろしていたデッチに視線を向けてから、さっさと歩き始めた。
デッチは慌てて小走りで去っていく。出前を頼みに行くのだろう。
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環境大臣執務室で、ザウ、ヤイ、アオイは届いた山菜エビ天ソバをすすっている。
遠巻きに南と北を山に挟まれた城塞王国ガーンバルドの市場には豊富な山菜が並び、国民の食事に彩りをもたらしている。ソバは栽培に適した気候のガーンバルドで栽培されたもので、ソバの実がつきにくい気温の高い国々に輸出されており、好評を博している。
「くう~。ワサビが効くぅ」
ソバツユにワサビを入れるタイプのアオイは、鼻の奥に響くワサビの辛さに嬉しそうに顔をしかめた。
「…………」
「…………」
そんなアオイを見ながら、ザウとヤイは黙々とソバをすすっている。ザウは勢いよく、ヤイは音が出ないほど控えめに。
「さて、食べながら聞いてくれ」
早々に食べ終えたアオイが、つまようじで歯の隙間を掃除しながら話し出す。偉い人ほど食事が早いのはどこの部署も同じね、とヤイは思った。
「"龍災"に人の意図が絡むのは、むしろ好ましい事態だ。人をなんとかするほうが千倍楽だからね。ただし、人だとしても脅威なのは間違いない。どんな人が想定できる?」
「すごく強いヤツ」とザウが言い、
「優れた血統を持つ一族」とアオイが言った。
アオイは満足げに頷く。
「龍を一代か、あるいは何代かかけて従わせたか、どちらにせよ恐ろしい相手なのは間違いない。しかし厄介なのは、それらの人物は大抵高い地位にいる、ということだ。探りをかけるのも楽じゃない」
「つまり俺の出番、ですか」
食事の真似事を終えたザウは、いつもと変わらぬテンションで言った。アオイは頷く。
「犯人がアクションを起こしたくなるように、こちらから策をいくつか講じてみよう。機密保持の観点から詳細は内緒だけど、いつ誰をどこを監視して欲しいかは教える。なぁに、一回引っかかってくればいいんだ。簡単なことさ」
「あの、その場合あたしは何を……ん……?」
口を挟もうとしたヤイは、ふと何かに気付いたように考えこんだ。
「どうかしたかい?」
「……いえ。やっとわかりました。あたしは囮を手伝うのか、とか考えていましたが、全然違いますね。そもそもこの"龍災対策室"自体が、犯人に対する囮だった。おかしいと思いました。古龍の対処に、新米二人しか割り当てないなんて」
ヤイは鋭い目つきで睨み、アオイはわざとらしく首をかしげてとぼけた。
「さて? そうだという確信はなかったし、今もないよ。それに、駒を動かす時に意図がひとつしかないほうが珍しいと思うけどね。キミたちの役割は、まだまだあるよ」
「……この人選にした理由も、わかってきましたよ」
やれやれ、とヤイは肩を竦めた。
ザウは二人の話は聞いていたが、アオイの人遣いの荒さや扱いには慣れていたので特になんとも思わなかった。それより、ヤイが最後までとっておいたエビのテンプラをこっそり取ろうとして「めっ」その手をピシリと叩かれた。




