運命不良者 神辺旭~その7
「おい。」
俺の声に、蹲っていたあいつが、顔をあげる。
「なんで、泣いてんだよ。」
「泣いてないもん。」
おいおい、わやくちゃの顔で、何言ってんだよ。
「あいつか?」
首を横に振る。
「駄目だよ。向こう、六年生だよ。あさ君、殺されちゃうよ。」
おいおい、そこまで、俺は弱いのか。
「ふざけんな。だったら、尚更そんな奴が、お前を虐めるなんて、許せねーよ。」
―――――――
「ほらぁ………」
俺は、痣やら、腫れやらでぼこぼこの顔を、あいつと母親に治療してもらう。
「あんたねぇ、いくら恵梨香ちゃんの為だからって、2つも年上の子に、勝てる訳ないだろう?
そういう時は、母さんか、先生に言いなさい‼」
母親が、うるさく小言を言ってくる。
「くっそー、ちょっと年上だからって、あんなに力に差があるなんて、信じらんねー。
畑山とか、セレス小林の試合だと、もっと歳離れた奴にも負けないのにな。」
「バカだねー、あっちはボクシングのプロの話だろ?」
「…………」
「そうか…………」
「プロだと……………勝てるんだ。」
――――――――――
「あさ君、一緒に帰ろう?」
「ああ、いいけど、俺道場に行くから、すぐそこまでだぜ?」
「ああ。神辺、小金原の夫婦が歩いてる。」
クラスメイトが、こちらにそんな事を言ってくる。
「やっだー、夫婦だってーー。どーしよーあさ君‼」
「茶化されてんだぞ。全く。」
俺は、喜ぶあいつに、呆れる。
「道場、ついてっていい?」
「駄目。」
「なんで?」
「なんでも。」
「ケチ。」
「……………」
――――――――――――
「あさ君。」
「何だ、お前も、帰りか?」
「えへー、そう。」
「…………お前、まさか、俺を待ち伏せてたんか?」
思えば、こいつの高校は、俺の高校の反対方向だ。
「…………あさ君‼寒い‼」
「………はぁ?そりゃあ………お前、冬なんだから、当たりま………おい⁉」
突然、あいつは、俺のマフラーを引っ張ると、自分の首に巻き始める。
「はぁ、温かい。」
「お前な。」
俺は、そのまま
その距離のまま
ポケットに入っていた映画のチケットを取り出した。
「何か、本屋のくじで当たった。お前、見たがってたよな?」
あいつが、まじまじとそのチケットを見る。
「う。」
「うそ………あのあさ君が………」
「あたしの為に?」
…………
「いや、違う。たまたま、手に入っただけ………」
勿論、それは嘘だ。
「嬉しい。」
「ありがとう、あさ君。」
「…………うん。」
「じゃあ、期末終わったら、行こうね。忘れちゃ嫌だよ?絶対行くんだよ?」
「……………うん。」
顔が、やけに熱く感じるのは
きっと、気のせいじゃないな。
――――――――――――
「映画、楽しかったね。」
俺の稽古が遅くなった為、夕方からの開演にしか間に合わなかった。
映画が終った頃には、すっかりと外は暗くなっていた。
俺は、或る決意をその時、していた。
「なぁ、公園通って帰ろうぜ。」
「え?…………うん、別にいいけど…………」
街灯に照らされる、遊具達は見慣れた姿と違う。
「なぁ、恵梨香。」
「なに、あさ君。」
「笑わずに、聞いてくれよ?」
俺は、振り向く様に、あいつの向かい合わせになる。
「ふわ~~~、お熱いね~~お二人さーーん。」
突然、人相の悪い同学年程の男が、こちらに絡んでくる。
「可愛いねぇ~中学生?」
「あさ君………」恵梨香が、俺の傍に隠れる。
「帰ろう。」俺は、手を掴むと、男と反対側に向かって走る。
「おい、人が挨拶しとんのに、無視かい。」
三人、更に俺達の行き先を塞ぐように現れた。
「躾じゃ、おらっ。」
「うぐ‼」いきなり、腹に蹴りを入れられた。
「あさ君‼」
「おっとぉ、あさ君は、今いい子になれるかの瀬戸際だから邪魔しちゃ駄目だよ?
君は、向こうで僕達と良い事しよう。」
「いやっ‼あさ君‼」
「へっへっ、どうするよ?あさ君?あん?」
ふざけた様な面で、蹴りを入れた奴が俺を見てくる。
「こ。」
「後悔するなよ。」
その言葉を言うと同時に、その男の両目に、平手を喰らわせて怯ませる。
顔を下にするのを確認すると、そのまま後頭部を右手で押え、膝を顔面に入れる。
「まず、一人。」
「てめぇ‼」
殴ろうと、振りかぶった奴に、そのまま突っ込む様にカウンターを合わせる。
そうなると、隣の奴は、もう状況を把握出来ない。
ゆっくりと、近付き、股間を蹴り上げてやる。
「あさ君……………‼」
「て、てめぇ………何しやがる‼」恵梨香の肩に手を掛けている最後の男の言葉に俺は、思わず笑った。
「ジャマしたのは、てめえらだろうが。」
「汚ぇ手で、いつまでも恵梨香に触ってんじゃねぇ‼」
走って、そいつの手を掴むと、関節と逆方向に捻って重心のコントロールを奪う。
「ぎゃあ、いてぇ‼やめてくれ‼」
許し乞いを無視すると、俺はそのままそいつの顔に膝を喰らわせた。
「怪我はないか?恵梨香?」
その言葉に、恵梨香が俺に飛びついて来た。
「怖かった。」
「すまん、もっと早く助けたらよかった。」
「ううん、すごく強いあさ君………怖かった。」
「………………乱暴者は、嫌いか?」
「……………」
「ううん。」
「あさ君は特別。」
「そうか。」
俺は、強く恵梨香を抱きしめた。
「好きだ。」
「これからも。」
「お前を守ってやりたい。」
丁度、雪が降っていた。