運命不良者 神辺旭~その6
「あさ君、なに聴いてんの?」
俺は、イヤホンであいつの声が聞こえないふりをする。
「む~。」
そうすると、あいつが俺の耳からイヤホンを取るからだ。
「何だよぉ、今、サビなんだよ。」
そう、俺が言うと、外した方のイヤホンをあいつが俺とは逆の耳にはめる。
「あ、ケミストリーの君をさがしてた。だ‼ アルバム買ったの?あさ君‼貸して‼」
イヤホン、一つの距離で繋がるこの時間が
最高に好きだった。
皮肉なものだ。
数カ月ぶりに病室以外に行けた場所が。
あいつの葬式だなんて。
「旭君…………」
恵梨香の両親が、俺と俺の親に気付いて、近くまで来てくれる。
「怪我は、大丈夫なのかい?」
「……………」
「おじさん、おれ…………」
言いかけた俺の両肩をおじさんが思いっきり掴む。
「痛…………」しかし、俺はその言葉を飲み込んだ。
「止めてくれ。旭君、君が悪いわけじゃない
君も、助けようとして
こんなに、大怪我を負わされたんじゃないか。」
それは
それは、おじさんの
『大人としての姿』だった。
俺の逃げ道を
俺が逃げれる様に
目を反らしてくれたんだ。
本当は
俺が、あいつを映画に誘わなければ
あいつの「もっと遊ぼう」と言う誘いを断っておけば
夜の公園なんか、通らずに、人気の多い帰り道を選んでおけば
この出来事を回避できたかもしれないのに。
俺は、堪らず親に「トイレ。」と嘘をついて、その場から逃げた。
葬儀会場の外で、花壇を眺めていた。
聞くでもないのに、葬儀に参列した人の声が聞こえてきた。
「小金原さんの娘さんの事件、結局示談成立らしいわ。」
「しょうがないわよね、犯人の一人、有名な政治家の息子さんだったって噂よ。」
「そんな子が、この地区に居たのね。」
「隠し子だとか。」
「それよりも。」
「気の毒ね。まだ、15くらいでしょ?」
「ええ、去年から高校生だったそうよ。」
「私の子どもと、変わらないわぁ。若いのに…………」
俺は、下を向き、耳を塞ごうとした。
「恵梨香ちゃん
『妊娠』してたそうよ。」
………………
冬は、少し前に過ぎた。
だが
俺の身体が小刻みに震える。
その
あいつが直面した現実に
不安に
恐怖に
戸惑いを
考えると
頭が真っ白に………
―――――――――――――
俺は、ゆっくりと怪しい恰好の二人組に視線を合わせた。
「解りました。では説明させて頂きます。
今から行われる『運命の修復』は、解りやすく言わせて頂きますと
貴方の過去の時間に戻って『本来在るべきだった運命』になる様に行動を起こして頂く事になります
つまり、この世界の『映画』とかによくある『タイムワープ』とかに似た現象ですね。」
俺は、唾を飲み込んだ。正直、この少女の説明と存在の浮世離れ具合に、頭が付いていかないからだ。
だが。それでも。
「俺のその運命の修復とやらで。」
二人が、真剣な眼差しで、俺を見る。
「本当に、恵梨香が生き返るのか⁉」
その言葉に、男の方が口を開く。
「正確には『生き返る』と言うより『死なない』運命に彼女は導かれるんだ。
お前の本当に迎えるべきだった『運命』でな。」
あいつが死んでからの日々。
忘れようと
何度も思った。
だけど。
あの日の事を
『後悔』しない事なんて一瞬も無かった。
「やれ‼俺を、その『運命の修復』とやらに‼」
女の子の方が、自分自身を落ち着かせる様に、深く息を吐いた。
「よろしいですか?その運命が貴方にとって『本当に良い運命』とは、限らないかもしれませんよ。
彼女の命が助かったとて、貴方のその後に大きな変化があるかもしれないのです。」
「構わない。」
俺は即答した。
「あいつが死ぬ、こんな運命なんて
俺は、要らない。」
一瞬、男の方が身体を硬直させたように見えた。
「解りました。」そう言うと、怪しい恰好の女の子………確かアズメとか言ったか?
その子は、ギターケースを後部座席から持ちだした。
「良き正しき運命の旅を…………‼」
そう言って、ギターケースを開くと、眩い光が車内を包み込む。
眩む目を手で庇いながら、俺はうっすらと見える二人の影に問い掛けた。
「なぁ、あんた達………神様ならさ。頼むよ。あいつの運命を。」
「幸せなものにしてやってくれよ。」
その俺の言葉に、大きな方の人影が返した。
「俺達は『時間屋』だ。お前が望み、考える様な『神』じゃない。
あくまで『運命』の間違いを正す事にしか力は貸せない。
彼女の『運命』を幸せにするか、どうかは。」
眩い光に歪みが加わっていった。
「お前次第だ。
神辺旭。」
光が
歪みが
俺を
包み込んでいく。