運命不良者 神辺旭~その3
会社から帰る時刻は、予想より少し遅く、外はすっかりと暗くなっていた。
更に
「おいおい、雨かよ。」
空から、ぽつぽつと冷たい滴が落ちてくる。
「雪に変わらんかったらいいが………」
俺は、今朝のチビとの事も忘れ、既に明日の仕事の事を考えていた。
これが、大人の現実なのだ。
帰宅途中、ビルの様な建物の光を見る。
『大住空手道場』
看板が、窓から洩れるその光に、うっすらと照らされている。
人は決して過去に戻る事は出来ない。
未来へなら、寝てるだけでも進むのに。だ。
だからこそ『後悔』と言う概念が生まれるし
『生きる』事に対して、人は一生懸命になれるのだろう。
擦り切れる様に、良い事なんてろくにない
そんな人生に、一生懸命に慣れていくのだ。
俺の頬に、涙が落ちる。
この頃、ようやっと忘れたと思っていたのに
今日は、朝から少し疲れてしまったのかもしれないな。
安っぽい映画の文句の様な言葉が、自分の心で囁かれる。
「もし、時間を巻き戻せるなら、どうする?」
ハハハ。と、思わず自分で笑う。
バカな夢物語を、言うなよ。
そんなもの。
あの運命を変えるに決まってるじゃないか‼
「なるほど。では、説明がしやすそうだな。」
俺は、思わず、助手席に目をやる。
そして、運転中にもかかわらず、思いっきりその場でケツを浮かして驚いた。
「わっ、わっ。ま、前前。」
「心配はいらん、アズメ。既に周囲の時は止めているよ。」
俺は、慌てて車のドアを開けようとした。しかし。
開かない。石の様にドアの引きノブが、動かないのだ。
「まぁ、そんなに怖がるな。とりあえず、深呼吸をして気持ちを落ち着かせろ。」
俺は、首を振り、頭を冷静に切り替える。
何だ?こいつらは?いつから車の中に居た?
改めて、そいつらを見る。
助手席には、怪しい大きな男が居る。古臭い緑色のコートに、顔が隠れるほどの大きな帽子。
そこから溢れる銀色の髪が、この日本では不自然で、恐怖を感じる。
「突然、おじゃまして、すいません。」
後部座席にもう一人居る。
こちらは子どもだ。見た所、中学生くらいだろうか。
しかし、格好は奇妙だ。まるで、助手席の男と同じ格好をしている。
「な、なにが目的だ…………カージャックなんて、この国では滅多にないんだぞ………あんた達の国では知らんがな………」
男は、俺の言葉にため息をつく。
「アズメ。」
「はい、先生。」
その呼び掛けに、後部座席の女の子が助手席と、運転席の間に身を乗り出した。
非常に顔の距離が近い。
「私達は、天界の時間制定支部、運命の修復使です。」
「私はアズメ。こちらの人は…………私の先生です。」
「先生………」俺は、呟く様に、少女の言葉を復唱する。
「まぁ、簡単に言うと……………貴方達の世界では、私達は『神様』とかに近いイメージを持って頂ければ、と思います。」
「神様………」
「ええ。実際に、今の周囲の状況を見て頂けたら理解ると思います。」
「おいおい、お前も、車の心配してたろうに。」
男が、からかう様に、少女の言葉に横やりを入れる。
「先生は、黙っててください‼」
俺は、その言葉で『今、自分が運転中』だったという事実を思い出し、車外の様子を見る。
「なんだ………これは…………」
その光景は、俺の32年の人生で初めてのものだった。
何と表現すればいいのだろうか。
それは
世界が一枚の写真になった様な。
まるで機械の世界に突然放り込まれたような
そんな感覚。
そう。
それは。
時間が止まってしまった。
そんな有り得ない世界の姿だったのだ。